episode 006:妹様


「おにぃ、遅いっ!!!」


 お叱りの言葉。家に帰って来た瞬間にこれだ。

 スルーしようと思ったが、今回は完全に自分が悪い。


「ごめん、陽花ひのか。ここまで、遅くなる予定はなかった」

「言い訳ぐらいは聞いてやろうじゃないの」


 強気な口調で物申すのは、我が妹──天宮陽花。実の家族にして、双子の妹。双子にしては似ていない。そう言われる理由は単純に二卵性だからだろう。

 陽花は、長い黒髪を側頭部でまとめていて、瞳の色は漆黒。はっきりとした顔立ちに、しっかりとした肉体。美人さん。かわいい子。そうやって呼ばれる要素はちゃんととそろっていると思う。家族だからという贔屓目もあるだろうが。

 でも、そんなことを言ったらこいつは調子に乗る。だから口が裂けても言えない。


「ほぉ……。そんなことが」


 帰宅が遅れた理由を丁寧に説明すると、陽花は納得したように頭を上下にゆっくりと振った。


「なら、しょうがない──とでもいうと思ったのか、おにぃ!!」

「そこは、言ってくれよ!!」

「かわいいかわいい妹様を空腹のまま、放置し続けるとかありえないでしょ!!」


 むっと顔を膨らませて、陽花は不満を全力で訴えかけてくる。


「へいへい」


 適当に受け流して、俺は靴を脱ぎ玄関を上がる。

 本当に何も変わらない。それが、なんだか懐かしくもあって。


「あ、おにぃの部屋は二階の一番北側。逆側は見てもいいけど、全部ただの物置だから」

「りょーかい」


 陽花の態度が急に変わる。これもいつも通り。いつもと言っても三年前の話になるのだけど。

 湊斗は階段をどこどこと上がる。部屋に入ると、段ボールのまま放置された荷物が積まれていた。


「三年、か」


 最後に見たのは、小学校6年生の時。新人類であることが発覚した陽花は中学校から学園都市の学校に通うことになった。

 中学一年生の娘を一人離れたところに住まわせることに、両親は不安を抱いていたようだった。が、住人の九割が新人類で構成される学園都市に住んだ方が、陽花も変な気を使わなくていいだろう。ということになり、結局は学園都市へ行かせる。という考えに至った。


「成長期の子どもが変わるのには十分すぎるな」


 記憶とは、まるで別人になった妹を思い出して感傷に浸る。それと同時に、衣服が入っている段ボールを開けて、適当に服を取り出した。


「メールとか、全く送ってこなかったから、少し心配だったけど元気そうで何よりだな」


 制服から、私服に着替え湊斗は部屋を後にした。


  ♢♢♢


「いやー。まさか、おにぃも新人類だったなんてね。めっちゃ弱いのに」

「言ってくれるな」


 湊斗たちは遅めの昼食を取っていた。陽花曰く、普段は自炊するらしいのだが、作るのが面倒だったらしく、今日はコンビニ弁当だ。


「なんで、わかんなかったんだろうね。審査の時に。遺伝子を検査するわけだから、普通は分かりそうなものだけど」

「的中率は百パーセントではないらしい。時々、見落とすことがあるって」

「へー。てっきり、おにぃの新人類としての遺伝子が薄すぎてわからなかったのかと思った。お腹の中にいるとき、私に吸われちゃって。実際、私の力は強いわけだし」

 不敵に笑う陽花。

 自分の馬鹿力によほどの自信があるらしい。

「一回黙ろうか?」

「えー。せっかくなんだから、楽しく話してご飯食べようよ」

「俺は、いじられて楽しくないんだけどな」


 大袈裟にゲラゲラと笑う陽花。一回殴ってやろうか。そんな殺意が一瞬湧いた。

 流石に本当に殴ることはしないけれど。


「おにぃ、荷物少なかったね。業者さん来た時予想以上にもの少なくてびっくりした」

「まぁ、特に持って来る物もなかったし。使っていた家具は年季が入った物が多かっただろ? だから新しいのを買いなってお母さんに、お金渡された」

「へぇ〜。ずるいね。おにぃ」

「何か欲しい家具でもあるの? お金多めにもらったから、余ると思う。だから、買ってあげてもいいんだけど」

「いや、特にない」


 「ないんかい」そんなツッコミを入れる。

 ムカつくことはあっても、久しぶりの兄妹会話はやっぱり楽しい。自然と頬が緩む。


「あ、そう。質問」

「なんだい。お兄さんやい」

「学園都市に住む人たちは、全員こんな豪邸に住んでるのか?」


 湊斗は初めて家を見た時に感じた疑問を陽花に投げる。

 だって、教えられた住所に来てみれば、そこにはアニメのお貴族様が住んでいそうな大きな建物があったのだから。


「いーや。なわけないじゃん。おにぃは馬鹿なの?」

「いちいち、人を馬鹿にするんじゃない」


 ツッコミを華麗に無視して、陽花は言葉を紡ぐ。


「普通は寮とか、マンションとか。少なくともこんなに大きな家に住んでる学生はほとんどいないだろうね」

「じゃあ何で」

「都市序列って知ってるでしょ?」

「あぁ。もちろん。決闘の戦績を表したランキングのことだろ?」


 決闘は学生同士が一対一で行う試合のことで、試合の内容は武器、能力などなんでもありの戦闘。勝敗は、どちらかが戦闘不能になるか、ギブアップすることで決まる。


「そうそう。最上位序列者──トップ百位までのことなんだけど。とりあえず、それになるとたっっくさんの特典がもらえるわけでして」

「ほう」

「まぁ、序列七位にもなると、手に余るような家が貰えるわけですよ」

「は??? おま、ちょま──」

「これ以外にも、て特典? 的なものがたくさんもらえるわけでして」

「だから、まてって!!」


 湊斗は少しばかり、声を張り上げてい陽花の話を遮る。


「序列第七位なんて、聞いてないぞ!」

「まだって、まぁ、言ってないし?」


 露骨に視線を逸らす陽花。


「おい、お前、さては忘れてたな。言うことを」

「あー、美味しかった! ご馳走様でした! おにぃも食べたら捨てといてねー。私は、部屋でゆっくりしておきますので」


 そう言って、陽花はそそくさとリビングから立ち去る。


「これは、おとうと、おかあに報告しないとな」


 あの両親のことだ泣いて喜ぶに違いない。そして、おめでとうのメールを大量に送るはずだ。きっと、陽花はそれが嫌で、報告をしなかったのだろう。

 ちょっとだけ、嫌がらせをしてやろう。そう思った。

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