episode 005:キーホルダー
湊斗はすっかり
湊斗が自分の右手に視線を向ける。そこには蛇のキーホルダーがあった。ボールチェーンを持って目の前に垂らす。
緑色の鱗が妙に生々しく。けれども、目はくりくりで、口元はにっこりと笑っていた。
キモ可愛い。その言葉を当てはめるのが、一番しっくり来る。
「落ちてたから、拾ったけど……」
職員室に行く前、これを廊下で拾った。担任の先生にどうすればいいのかを聞いたのだけど「自分で探したらどうだ?」と一蹴されてしまった。
意外とこの学校の先生は薄情なのかもしれない。けれど、あの時の先生の妙な笑顔が少し引っかかる。
「流石に持ち帰るのはやばいよなあ。とは言っても、持ち主を探すのは骨が折れそうだし」
八方塞がりだ。
湊斗が頭を捻らせ、「うーん」と唸っていると、
「あ、あの! ごめんなさい!」
精一杯に絞り出された少女の声が中庭に響いた。
「? 何?」
キョロキョロとあたりを見渡す。
「こっちです!」
再び聞こえた声の方を見る。声のありかは廊下の中。そして、声の持ち主は朝見かけた水色髪の少女だった。
「どうした?」
「実は──いや、ここじゃ、話しにくいので、今からそっちに行きます!」
彼女が廊下の中を小走りに駆けていく様子を窓越しに眺める。が、すぐに木の影となって姿を見失ってしまった。
数秒待っていると、少女が昇降口から慌ただしく出てくる。
「ごめんなさい。お待たせしました」
肩で息をする少女。胸元のリボンが青色。ってことは、同じ一年生?
始業式の時に見た各学年の制服を思い出す。
「大丈夫か?」
「えぇ、はい。ごめんなさい。もう大丈夫です」
顔を上げた少女。そのくりくりとした大きな瞳は赤みがかった黄金で。全体にふっくらとした顔にはまだまだ幼さが残っていて可愛らしい。かなり小柄で、その身長は湊斗の首下に届くか、届かないかぐらい。それに対して、純白の制服の下に眠る双丘は主張が激しく。体格も相まってより大きく見える。長い髪を束ねることなく後ろに流している。少し、怯えたような雰囲気を全身から出す少女は、気弱そうに見えた。
「なら、よかったです。それで、どうしたんですか?」
妙に緊張してしまい彼女の口調に引っ張られ、気付かぬうちに敬語になる。
「そのキーホルダーよく見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい」
簡素な答え。それと同時に、差し出された少女の手に自分の手が触れないよう、慎重にキーホルダーを置く。
もらったキーホルダーをじっと見つめる少女。少し首を傾げて。
「これは、あなたの?」
「いや。拾った物。このまま持ち帰るのも、やばいなと思って悩んでいたところ。もしかして、君のもの?」
「そ、そうなんです。私の、ヘヴィちゃん、です」
「へヴィ、ちゃん…?」
「はっ。ごめんなさい。気にしないでください」
彼女は、はってして口元を塞ぐ。
「とりあえず、持ち主が見つかったみたいでよかった。これで、俺も泥棒って言われなくて済む」
「あはは……」
呆れたような笑みを浮かべる少女。
その後流れた静寂。こそれがどうにも居心地が悪い。どうにかして、場を繋がねば。そう思って、紡いだ言葉を口に出した。
「そのキーホルダーかわいいよね」
その言葉を境に、下を向いて少女はぷるぷると震える。その姿が、怒りを必死に堪える姿に見えて。
やべ、もしかして、地雷でも踏みましたか……?
そんな焦りが、湊斗のの思考を満たす。実質的には、五秒も経っていないはずなのだが、それがとてつもなく長く感じられて。本当に、居心地が悪かった。
「ですよね!!!!!!」
唐突に声を大にした少女に湊斗は体を震わせた。
「そうなんです。そうなんです。やっと、考えを共有できる仲間を見つけました!! このフォルム、手触り、質感、その全てがけ──」
饒舌に語り出した少女に湊斗は、地雷を踏んだわけではないと気がつき安堵。
「あ、ごめんなさい。つい、好きなことになっちゃうと……」
「いやいや。気にしないでください。好きな物っでどうしても語りたくなっちゃいますよね」
語ってしまったのがよほど恥ずかしかったのか、少女は再び俯いてしまった。
「まぁ、とりあえず。持ち主が見つかってよかったです」
「はい。この子と会えてよかったです。ごめんなさい。迷惑をかけて」
「本当に気にしないでくださいね」
「はい……」
気にしないでっていうのもどうやら無理そうだ。
湊斗は少女のおどおどした様子からそう感じとった。ふと、自分の腕時計を見ると、時刻は一時を回っていた。あ、やばい……。
「じゃあ、今日のところは、さようならということで」
「あ、あの! すみません。最後に聞きたいことが……」
「なんです?」
「あなたの名前はなんですか? わたしは、
「俺は、天宮湊斗」
「そうなんですね。付き合わせてしまってごめんなさい。ありがとうございます。さようなら、天宮さん」
「じゃあ、伊波さん」
今日何度目かわからない自己紹介。さようなら。と、手を上げて湊斗は急足でその場を後にした。
「あぁ。緊張した。こんなことなら、女の子耐性というか、免疫をつけておくんだった」
そんなダサい言葉を残して。
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