episode 004:始業式
その時、拍手が起こった。
一瞬何が起こったのかわからなかった。けれど、顔を上げてみると、そこには規則正しく並べられた椅子と机。そして、それらに座る生徒たちがいた。
そうして湊斗は気づいた。
「戻ったのか……?」
つい口から漏れる独り言。
「天照。お前の席は一番後ろの空いている席だ。わかるな?」
「は、はい。わかりました」
先生が指で示したのは窓側の席。机と机の合間を縫って、自分の席に座る。
「よし。お前ら、さっきの自己紹介にもあった通り天宮は学園都市に来て、まだまだ日が浅い。これから、いろいろな場面で困ることが多いだろうから、サポートしてやってくれ」
先生が話し始めたところで、湊斗は静かに安堵していた。
自己紹介がうまくいったことにだろうか。それとも、ちゃんと戻ってこれたことにだろうか。いや、おそらくは両方。
いまいちはっきりとしない感情が気持ち悪い。
そして、湊斗の中では一つの疑問が引っかかっていた。それは、なぜ戻ることができたのか、その条件についての疑問。
鐘が鳴ったタイミング──おそらくは、条件を満たした瞬間の出来事を振り返る。
シグリチェと話しているうちに、あちら側からこちら側へ戻ってきた。きっと、この会話に条件を満たす行動があるはず。
そこまで考えたところで、一人の男子生徒が話しかけてきた。
「大丈夫かいな、転校生。自己紹介で緊張しすぎて周りが見えなくなったんか?」
はっと我にかえりあたりを見ると、クラスメイトが立ち上がり続々と廊下に移動していた。
「始業式始まってまうで。ほら、急げや。転校生」
少し棘があるような言葉なのに、ストンと自分の中に入ってくる話し声。
「あ、あぁ」
一旦思考を放棄して、湊斗が立ち上がると、湊斗に話しかけてきた緑髪の男子生徒はそそくさと廊下に出ていった。それにつられえ、湊斗も廊下に出る。
「俺は、どこに行けばいいんだ……?」
既に並び終わったと思われるクラスメイト。その中で湊斗だけがオロオロと自分の居場所を探していた。クラスメイトは湊斗を見捨てたわけではなく、彼らもどうするべきなのか決めあぐねているようだった。
「こっちおいでや転校生。とりあえずはここにいたらええんちゃうか?」
そうして、自身の前に空間を開ける緑髪の彼。
「ありがとう。助かった」
湊斗は素直な気持ちで謝辞を述べた。
♢♢♢
「今日の日程はこれで終わりだが、明日からは普通に授業がある。気持ちを切り替えていけよ。いつまでも夏休みを引きずるんじゃないぞ。連絡は以上。質問は、ないよな。じゃあ、解散。さよなら」
先生が教室を出て行く寸前。
「ああ、それと天宮はこの後職員室に来い」
それだけを言い残して去っていった。
姿が見えなくなると、突然教室が騒がしくなる。
疲れた、面倒臭いなどの負の感情がクラスメイトの会話から感じ取れる。湊斗もほとんど同じ気持ちだった。
「はぁ……」
大きなため息を吐く。
「どったんや。まるで、転入初日から始業式に参加して、その後、職員室に呼びだされ、気分が落ち込んどるみたいなため息をつきよって」
「『まるで』。じゃなくて事実なんだけど?」
声の方を向くと、廊下に並ぶすることを伝えてくれた青年がいた。薄い緑色の髪と、同じく緑色の瞳。喋り方にクセがあるのがわかりやすい。
「そうやったな、転校生。ワイは
ケラケラと笑いながら自己紹介をする翔太郎。
「俺は天宮湊斗。呼び方は、普通に湊斗でいいよ」
「自己紹介したばっかやってのに、もう一回とは律儀なやった。こっちこそよろしくやで湊斗はん」
「はん……?」
「気にしなさんな」
お互いに話し終えると、一瞬の静寂が流れる。
「とりあえず、職員室に行かないと」
「場所は知っとるんか?」
「教室に来る前に一度、行ったからね」
「そなら、大丈夫やな。今日はさよならや。また明日やで」
「また、明日。翔太郎」
湊斗は荷物を持って、教室を後にする。
「確か、こっちだったよな」
記憶を頼りに長い長い廊下を進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます