episode 003:出会い

「大丈夫? 少年。いや、青年と言った方がふさわしいかな」


 その声に導かれるように瞼を開き、上体を起こす。すると、そこにはすでにき息絶えたモグラの上にい仁王立ちする影があった。逆光で影のみしか見えないが、その立ち姿は凛々しさに満ち満ちていた。


「もう一度聞く。大丈夫? 青年」

「え、あぁ、はい」


 妙に凛々しく、クールな声。


「そうか、ならよかった」


 モグラに突き刺した長剣を引き抜き、剣を一度振ってから鞘にしまった。その流れがとても優雅で、逆光で姿が影になっていても、相当な実力者であることが窺える。


「うわっ」


 短い小さな悲鳴。それは影のものだった。どうやら、モグラから降りる時に、足を滑らせてしまったらしい。高さは一メートルほど。体制を崩したまま落ちて行く。


「危ないっ!」


 湊斗はその声と同時に、影の下へとは滑り込んだ。


「ぐっ!」


 背中に衝撃が走り、顔をしかめた。


「ごめん!」


 背中を押す力が消えたのをな確認して、湊斗は起き上がった。


「気にしないで。俺が勝手にやったことだから」

「うん……。ありがとう」


 気まずそうに湊斗に目線を合わせるためにしゃがむ少女。


 少女の年は、湊斗と同じ十六、七歳といったところ。栗色の長い髪の毛と、海のように深い青色の瞳。衣服に隠されながらも、所々見える肌は日焼けもなく真っ白で。とびきり整った容姿に、湊斗は目を奪われた。


「大丈夫……?」

「え、あぁ、大丈夫」


 さっきまでのクールな声とは打って変わり、今度は穏やかな優しい女の子の声。こちらの話し方と声の方がすんなりと入ってくるので、おそらくはこちらが素なのだろう。


「ええっと。本当に、ありがとう」


 気を取り直して、湊斗は少女に礼をいう。


「あ、うん。どういたしまして。こちらこそ、ありがとう」


 深々と頭を下げる少女。顔を上げた少女は、健やかな笑顔を浮かべていて、湊斗も自然とこ頬が緩んでしまった。


「あー……。結構、砂がついちゃってるね。いま、ら払うから少し待っててね」


 そう言って、少女は腰についた小さなカバンをごそごそと漁る。そして、中からち毛のついたブラシのようなものを取り出した。


「少し、くすぐったいかもだけど、我慢してね」


 彼女は湊斗の服についた砂を丁寧に払い落として行く。


 ありがたくはあるのだけれど……。目のやり場に困るな。これは。


 少女が着ていた服は、体のラインが出やすい戦闘服。そのため、強調された胸の膨らみが目の前にきて極めて不健全。気のせいかもしれないが、心なしかいい匂いもするような気がする。


 ダメだとわかっていながらも、目の前の不健全領域から目が離せない。


「表側の服はこれで大丈夫そう。顔にも、砂がたくさんついちゃってるけど……。どうする? 払う?」

「あぁ、はい。お願いします」

「はーい。じゃあ、目を瞑っててね」


 唐突に話しかけられ、少し驚いた湊斗。だが、少女の言葉通りに目を閉じた。


少女の反応からしておそらく、湊斗が領域をガン見していたことには気づいていないだろう。


 砂を払うために、毛先で顔をを撫でられて少しむずかゆい。


「はい。おっけー。じゃあ、次は後ろ向いてね」


 少しの名残惜しさを感じながらも、湊斗はクルリと回る。


「お疲れ様。とりあえず、上半身の砂は一通り取れたかな」


 少しすると、そう声をかけられた。


「ありがとう。助かった」

「いえいえ。と困ってる人を助けるのが、わたしの役目ですから」


 少女はえっへんと言わんばかりに、腰に手を当て胸を張る。その後、彼女は湊斗に手を差し出した。 


 一瞬、なんのことかわからず頭に『?』を浮かべた。


 それを見て、少女は少し呆れた顔をして、湊斗の手を握った。


「!?!?」


 あまりにもいきなりのことで、湊斗は顔を赤らる。


「よいしょっと」


 そう言って、少女は湊斗の腕を引っ張って、、立ち上がらせた。


「あぁ……。そういうことか」

「? どうかした?」

「いや、なんでも」


 頬を赤くした自分が恥ずかしくて、湊斗は顔を逸らす。


「それで。君の名前は?」


 手を握ったことについて、なんとも思っていなさそうな少女は頭をかしげる。


「俺は湊斗。天宮湊斗」

「アマミヤミナト? 珍しい名前だね。それに、その服も見たことがない感じだし……」


 しまった。あまりにも普通に会話できていたから、そんなところなんて意識していなかった。もし、転移者だとバレたら、ペナルティが……。 


「おとなりさんの人か」


 少女がぽんと両手を合わせる。


「へ?」


 緊張してこわばっていた体から、力が抜け落ちたのを感じる。


「あれ? となりの国では、そんな感じの名前や服が流行っているんじゃなかったっけ?」

「あぁ、そうなんだよ」

「へー」


 湊斗の言葉を噛み締めるように、少女は首を縦に振る。


 どうやら、勘違いしてくれたらしい。よかったと、心の中でほっと安堵する。


「ところで君は?」

「私? 私は、シグリーチェ・フォア=メイス=ディフィア・アテストラメント」

「長い名前だね」

「まぁ、そうだね。ちなみに、姓はディフィア。名はシグリーチェね。あ、そうそ。今から、街に戻るんだけど、君も行くよね?」


 その言葉を聞いて、湊斗は無言で目を輝かせた。


「肯定ってことだよね。だったら、ひとつだけ忠告? というかお節介」


 首を傾げる湊斗。


「いまちょーっとばかし、街がピリピリしてて、おとなりの国の人だとバレると面倒かもしれないの。だから、今度から名乗るときは『ミナト』ね」

「わかった。『ミナト』だな」

「じゃあ少しの間、よろしく。ミナト」


 そう言って、再び右手を差し出すジグリーチェ。


「うん、えっと……」

「シグリチェって呼んで。みんなそう呼んでる」

「わかった。シグリチェ。こちらこそ、よろしく」


 その瞬間。三度目の低い鐘の音が鳴った。

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