episode 002:砂漠


「待て待て待て待て待て!!!! どうしてこうなったんだよおーー!!」


 湊斗は砂漠の中を駆けていた。一心不乱に駆けていた。時々、足を砂に取られつつも駆けていた。

 ふと、後ろを向く。すると、地面の膨らみがもりもりと追ってきていた。大体十分ほど走り続けているだろうか。本当に、どうしてこうなってしまったのか。湊斗は砂漠に放り出された瞬間の記憶を振り返り始めた。


  ♢♢♢


「また、景色が変わった。今度は、砂漠かよ」


 気づけば湊斗は灼熱の大地立っていた。燦燦と照り付ける太陽が大地を焦がす。あたりには何もなく、永遠と砂の世界が続いていた。砂の焼けた匂いが鼻腔を刺激する。


「まるで意味がわからないな」


 自分の理解を超えた現象にため息が出る。困惑や、戸惑いを通り越して、湊斗は呆れていた。


「というか、あっっつい」


 制服のネクタイを緩めながら、湊斗はそうぼやく。

 真上から降り注ぐ陽光が肌をチリチリと焼きつけてくる。今まで経験したことがない暑さに穴という穴から汗が吹き出す感覚を覚えた。


「制服が年中長袖でよかった。半袖だったら今頃、腕が丸焦げだろうなあ」


 大量の情報を一度に与えられると、かえって冷静になるというのはどうやら本当らしい。どうでもいいことばかりに目がいってしまう。


「周りには人どころか、痕跡すらない。当然、砂漠用のサバイバルキットなんて持っていないし」


 そんなものがあるのかどうかは不明なのだが。


「とりあえずは……。動き回る以外の選択肢はなさそうだ」


 まず大事なのは、やはり人に会って助けを求めることだろう。

 予想以上に冷静に回った思考。それに沿って湊斗は動き始める。

 そうして、湊斗は三十分ほど頭なく砂漠を彷徨い続けた。


「もう、無理……」


  独り言をポツポツと呟きながら、気を逸らしてはいたがそれも限界。


「この暑さ、強すぎる日差し、乾ききった空気、一向に見当たらない人の痕跡。こんなのむりだっ!!!!」


 悲痛の叫びを上げながら、湊斗はその場に倒れた。直接砂に触れた部分が、熱されたフライパンに触れたような痛みを訴えてくる。しかし、それに対して、湊斗が取れる行動は砂にできるだけ触らないようにすることだけ。もう、立ち続けるだけの気力すら出てこなかった。


「まずさ。身体能力が超絶優れた新人類ですらこれだけ疲れるのに、本当に人はいるのかよ。いるわけがないだろ」


 半分は、言い訳。もう半分は、本気。


「あー。ここで寝続けたら、死ぬんだよな。まーじでありえない」


 『死』というものに対して全く実感が湧かないせいで、この状況がどれほどまでに危ないのかがいまいち理解できない。


「こっちで死んだら、学園都市側でも死ぬんだろ? 意味わっかんねぇー」


 必死に考えているつもりでも、どこか他人事のような感覚がある。

 実は、これは夢で目を覚ましたら、普通に学校でしたー。とか、そういうことがあり得るんじゃないかとどこかで期待してしまっている。

 でも、そうじゃないと直感が強く訴えてくる。


「どうすればいいんだよ……」


 力なく口から漏れた言葉。

 ぐったりとしているとゴゴゴゴゴという地面を割くような音が、どんどんと近寄ってくることに湊斗は気がついた。


「地震? いや、違うっ!!」


 湊斗はその場から急いで離れた。次の瞬間、元いた場所から、巨大なバケモノが地面から飛び出し、空中へ。あたりには砂埃が舞う。

 体長約三メートルほどの茶色い体毛のないモグラ。そう形容するのが一番ふさわしい。


「はぁ!?」


 今まで生きていて、見たことがない生物の登場に湊斗は思わず、悲鳴を上げた。

 ドーンという大きな音を立てて、モグラが地面に着地する。そして、獲物を捕らえれなかったことに気がつくと、すぐさま地中に戻っていった。

 湊斗は一瞬、逃げてくれたんだ。と安堵したが、現実はそう甘くなく。

 地面の膨らみが、自分に向かってモリモリと進んできた。

 それを見て、湊斗は満身創痍の体に鞭を入れて走り出した。行く宛てがあるわけではない。


「だけど、こんなバケモノに食われて人生終わりとか、絶対に受け入れられるかよ!!」


  ♢♢♢


 そうして、意気込んだのが大体十分前の出来事。今ではすっかり気力をなくし、ただ走り続けるだけのロボットにさなってしまった。


「俺を食っても美味しくないぞー」


 気力のきの字もない覇気のない言葉。

 疲労が溜まった体はすでに悲鳴を上げていた。


「やばいっ」


 湊斗は柔らかい砂に足を取られ前方へ倒れ込む。熱々の砂が湊斗の顔を押し付けられた。


「ペッペッ!」


 予期せず口に含んでしまった砂を吐き出そうとするが、口内に張り付き一向に出て行く気配がない。汗ばんだ顔にも同様に砂がつつ付着していて、気持ちが悪い。

 体を上下反転し、空を見上げる。雲一つない壮大な青い空が続いていた。

 今まで走ってきた方を見ると、足跡が一定の間隔で続いていた。よく見ると、地面の膨らみもこちらにゆっくりと近づいてきていた。


「こんなとこで、死にたくない。まだ、始まってすらいないんだぞ」


 湊斗の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

 しかし、モグラはそんなこともお構いなしに先ほどよりも大きく飛び上がった。


「ここまで逃げ続けただけでも、凄かったよ。湊斗」


 自分を励ます言葉をかける。すでに、湊斗は諦めていた。できることはもう、何もないのだから。覚悟を決めて、目を瞑った。次の瞬間。


「たぁぁぁぁぁっ!!」


 鈴のような掛け声とザシュッという何かが斬られた音。少し遅れてモグラの断末魔が響いた。


「大丈夫? 少年。いや、青年と言った方がふさわしいかな」

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