第6話

 夜の1時の留置所でのこと。

「うわ~助けてくれ~刑事さん!」

突然の叫び声とガツン、ドスン、ギャーという物凄い音に泊まりの係官も 驚いて様子を見に行くと、被疑者が顔で壁を激しく叩いている。 いや、両手で壁に顔がぶつからないように壁を押さえているように見えるが、激しく顔を壁にぶつけて血を流 している、そして体が後ろへ大きく跳ねてドスンと床に落ちる。そして悲鳴が上がる。 そしてまた、顔から壁に激突する。そのガツン、ドスン、ギャーという衝撃音と悲鳴が繰り返されている。 係官は同僚を呼んで二人で被疑者の身体を押さえる。それでも、身体は壁に激突しようとする。

係官はさらに仲間を呼んで4人がかりで体を押さえた。 当人の意識は既に無く、顔から激しく出血し、腕が変な曲がり方をしているので、救急車を呼んだ。


 丘頭警部は自宅で寝ていたが緊急の呼び出しで、署に向かった。 留置所内には監視カメラが設置されていて、被疑者の様子を見ることができる。 刑事課で、警部ほか佐藤や留置所の係官らとその動画をみると、川岸の身体が宙を飛んでいる。顔を壁にぶつ けるとき反動はつけていない。真っすぐ立った状態から、物凄い勢いで顔から壁に激突している。 始め警部は被疑者が留置所から出たいがための工作ではないかとの眼差しで見ていたが、理屈ではあり得ない 衝突の仕方。で、跳ね返って床に叩きつけられるのも一人の力ではできない不自然さがあった。 被疑者以外に人がいるはずもなく、全員首を捻るだけだった。 佐藤は「やっぱり、生霊だ!」などと叫んでは、周りのひんしゅくを買っている。 入院するときの被疑者の顔は、津川敦子と同じように血だらけで片目は潰れていた。


 1週間、意識は戻らなかった。手や足を5カ所も骨折していた。ほか、眼球損傷や顔の皮膚や筋肉はコンクリ ートで切り刻まれ、皮膚移植だけではどうしようもないほど深くえぐられていた。


 川岸の意識が戻った日。丘頭警部は面談しその日のことを聞いた。

「何故、あんなことをしたの?」

顔中包帯で口端しか動かせない状態でもごもごと喋る。

「ちがう、俺じゃない、奴が俺を殺そうとして、壁に俺を叩きつけたんだ。とうとう殺されるんだ!助けてく れよ」力なく語り、涙を見せた。

「でもねぇ、どうすりゃいいのか?わからないんだ。あんたは逮捕された。罪を償うんだ。仮に被害者の生霊 だとしてもよ、何故、あんたを殺すんだ?自分は殺されていないんだよ」

「女だから、じゃねーか」

「女は執念深いって?こんだけ痛めつけたら、もうおしまいじゃないのか?」

「そんな、甘いよ。流石に、霊魂じゃ警察は手も足もでないか?」

「そんな犯罪、聞いたことない。絶対なにかあるはずだ。突き止めるわ」 丘頭警部は強気で言ったが、内心はお手上げだった。信じられないことが実際起きているんだ、と心から恐れ た。


 その夜の病院。夜中の1時

「うわ~、助けて~」悲鳴でドア外の刑事が中に入る。 川岸がベットの上で立っている。しかも、足が浮いている。

「わ~くるなあ、俺が悪かった。謝るから、もう、助けてくれ!」何もない空間に向かって、必死に喋る川岸 の姿を二人の警官が目撃した。

「どうした。川岸!」ふたりで川岸の身体を掴んだ。ベッドに戻そうとした。 しかし、物凄い力が川岸をさらってゆく。警官も引きずられたが離さなかった。窓のそばまで二人の警官を引 きずった川岸の身体がドサッと床に落ちた。

「ぐうぇっ」と唸り声を上げた。

騒ぎを聞きつけて看護師が部屋に飛び込んできた。


 その1時間後、丘頭警部もベッドの横に立っていた。新たな骨折などはなかったが、川岸が恐怖で暴れるの で鎮静剤で眠らせたと聞いた。 二人の警官から事情を聞いた丘頭警部は、信じられないが認めるしかなかった。

 次の夜は端から刑事を4人ベッド脇に待機させた。


  深夜の1時。川岸が騒ぎ出した。天井を指さして

「ほら、天井から血だらけのあいつが来た。降りて来る!止 めろ!」全身を痙攣させるように震えている。 刑事には何も見えないが、川岸の手足を4人でがっちり掴んだ。

「わ~、離せ、あっちへ行け~っ」そう叫んだ川岸の身体が天井方向へ物凄い力で引っ張られた。手足は刑事 が掴んでいるが頭と胴体は上へ上へと持ち上がる。 バギッバギッっと川岸の両腕が折れた。刑事が慌てて手を放した。足を掴んでいた刑事も手を放した。

「止めろ~っ」

それが川岸の最期の声だった。 頭を先頭にして、ガチャーンと窓ガラスを突き破って、川岸の身体が外へ飛び出していった。 数秒の間があって。グシャっとコンクリートの上に落ちた音がした。

  刑事が現場へ行くと、背中から落ちた川岸に頭が無かった。近づいてよく見ると、首が折れて背中に頭がくっ ついていた。顔は地面に叩きつけられていて、ぐちゃぐちゃに潰れて原型を留めていなかった。


 丘頭警部は上層部と相談した。結論は、罪の意識からの飛び降り自殺とした。

死因は全身打撲。

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