第5話

 丘頭警部の所に川岸徹がすっかり痩せこけ青白い顔をして自首してきた。

「川岸さん。自首したいと聞きましたが、何の事件のですか?」

「もちろん、津川敦子への傷害事件よ」

予想外の展開に丘頭警部は驚いた。

「では、状況を説明してください」取調室のマジックミラーの奥からは同僚も上司も見ている。

「おう、津川はとんでもない女だ。会社の金を着服してるんだ」

「何故、あなたがそれを知ってるんですか?」

川岸はバッグからメディアを出す。

「これ見たら分かる。奴が手提げ金庫から金盗むとこ写ってる」 警部は佐藤刑事にパソコンを持ってこさせて、メディアの動画を映させようとした。

佐藤がドアを開けた瞬間、 川岸は「うわ~」と恐怖に鳥肌を立て椅子をひっくり返して、尻もちをついて部屋の隅で震えた。刑事が川岸 の手を取り椅子に座らせた。

「川岸さん、そんなに驚いてどうしたの?」と丘頭警部が訊くと

「いや、なんでもない」とはいうが顔色を失 っていた。そして丘頭警部が映像を観ながら「なるほど、札を抜いてますね。だけど、これ会社の経費かなんかを支払うために抜いたんじゃないんですか?」

川岸はむっとした表情をして

「見てみろよ、時間!」

表示されている時間は、18時4分。

「就業時間が終わってるってことですか?」

「おう、それに周りにはもう誰もいんべ!」

見る限り人はいなさそうだ。

「あなたは、これをどこから撮ったの?」

「これは、あいつの斜め後ろの飯田ってやつの机の上の書類入れのケースの上に、こっそり置いてあるカメラの映像よ。俺は、1階の守衛室でパソコンから覗いてたのよ」

「どうして撮ろうと思ったの?」

「前に、うわさがあったんだ。金盗んだけど、社長の女だから見逃されたとよ」

「それで、確かめたいと?」

「いや、強請って、分け前貰おうかと、ついでに仲良くなれたらってよ」

「で、これをどうしたんですか?」

「あの日、夕方、あいつの席に行って、南千住駅前で待ち合わせるぞ、絶対来いよって言った」

「お付き合いはなかったんですよね?」

「おう、あいつは社長の女だった。いまでも繋がってたりしたらやばいから、それまでは手はだしてなかった」

「それでよく声をかけられましたね?」

「あいつは犯罪者だ。後ろめたいことがあるからついて来ると思ったんだ」

「なるほど。それで?」

「午後7時に会って、ついて来いって言って、ラブホテルに向かった」

「へ~、津川さんは大人しくついてきたの?」 「いや、ホテルの前で変な顔しているから、早く来いって怒鳴ったらきた」

「それで、あの部屋までいったんですね?」 「そうだ、そしてばらされたくなかったら100万円出せと言ったんだ」

「恐喝ですね!」

「そうかもしらねえが、奴は、勝手にしなというんだ。社長に言うぞって脅しても、どうぞって。それでバッ グから包丁なんかだしやがって、近づいたら刺すぞっていって帰ろうとしたんだ。それで、一発ぶん殴って、 包丁がどっかに飛んだから髪の毛掴んで部屋に引き戻して、それでも暴れるから、首根っこ掴んでテレビ画面 に顔から叩き込んでやったんだ」

「ひどいことを、なんで、そんなひどいことができたの?」

「俺も、脅しが効かないなんて思ってもみなかったから焦ってたし、舐められてたまるかってのもあった。腹 がたって無我夢中ってやつよ。気が付いたら、顔中血だらけで、蹴っても動かないから怖くなって逃げたんだ」 「そう、現場の状況とあなたの証言一致するわね。あなたが犯人ってことで間違いなさそうだわね。でも、ど うして自首を?」

「あいつが、夜中に来るんだ」そう言いながらガタガタと震え出した。

「あいつって?」

「津川敦子に決まってる!」

「ははは、何言ってんの、彼女は重体で病院に入院してるのよ。外出なんて出来るはずないでしょ!」

「お、おれだって、そんなこと分かってる。でも、来るんだ部屋に、顔中血だらけで、お前が死ね!お前が死ね!って言い続けるんだ」

「あなた、罪の意識からそういう夢をみたのね」

「違う!夢じゃない。怖いから、椅子に座ってテレビつけて、ビール飲んでたんだ。決まって夜中の1時頃、 玄関も窓も鍵がっちりかけてんのに、いつの間にか、こっちを睨んでるんだ。そして近づいて来るんだ!死ね!っ て・・・」

「いつから、始まったの?」

「あの日から、2週間くらいしてから」

「そしたら、それから2カ月以上、毎日?」 「そうだ、毎日だ!そして近づく距離がだんだん縮まって、もう顔がくっつきそうなくらいまで来るんだ。手 で払っても何かをぶつけても素通りなんだ。もうすぐ殺されそうなんだ。だから、俺を捕まえて、助けてくれ!」 「あなた、それでろくに食事もせずにいるから、痩せこけたのね」

「ものなんか食えるかよ!それに幽霊じゃないんだあれは」

「どうして?」

「ちゃんと足があるんだ。近づくときも歩いて来るんだ。生きてるんだ。きっと病院から抜け出して俺を殺し に来るんだ!わあ~~」

川岸の腕は鳥肌が立って、歯の根が合わないようだ。犯罪者、特に殺人犯にままある。 「分かりました。あなたを傷害事件の被疑者として逮捕します。今夜は留置所に泊まってもらいます。」

「俺もうあの血だらけの顔に真っ白の目、頭にこびりついて気が狂いそうだ!」

「取り敢えず今日はこれで終わります。今日はなにも出ないからゆっくり休むことね」 そう言って丘頭警部は被疑者を留置所に送った。

警部は捜査課に戻って佐藤に話しかけた。「佐藤、なんか突然で、気が抜けちゃうね。犯人自首なんて」

「そうですね。まったくの予想外でした。でも、彼のあの怖がり方は尋常じゃないですよね」

「精神が参ってるんでしょ。罪悪感がああさせるんじゃないの?」

「いやあ、僕は、生霊なんて思っちゃったりして・・・」

「ばか、いい加減にしなさい。テレビの見過ぎよ!」

「はい、すみません。調書書きます」

「今日中に頼むわよ!」

その日の夜中に事件は起きた。

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