第4話

 浅草警察に通報が入ったのは、夜の11時過ぎ、休憩の3時間を過ぎて延長するのか泊まりにするのか、電 話をいれても応答がないので、従業員が声を掛けながら部屋の鍵を開けてそっと室内に入ると、女がテレビの 前で仰向けに倒れていて、顔中血だらけだ。ガラスが辺りに散乱していた。相手はいなかった。驚いた従業員 はすぐに110番した。


 丘頭警部が確認すると、入店は午後7時23分と記録がある。それから女性を発見したのが午後11時3分 頃。その間が事件が発生した時間だ。ただ、血液が大分固まっていたので、鑑識は午後8時半ころまでを事件 発生時間と説明した。 監視カメラに映った男は、がたいの大きな中年男性のようだった。しかし、顔は見えなかった。

  部屋に残された包丁はどういう意味なのか丘頭警部にも分からなかった。争いになって、女性が包丁を出した が男性が女性をテレビに叩きつけた、くらいしか想像は出来なかった。 しかし、ラブホテルへ包丁を持っていくなんてあり得ない。女が脅迫者をホテルに誘い、油断させて殺そうと したが、逆襲されたか?とも考えた。

いずれにしても証拠が出てくればはっきりすると気持ちを切り替えた。


  女性は意識不明の重体だった。所持品から阿蘇木物流勤務の経理課長津川敦子とわかった。

丘頭警部は痴情のもつれともあるとして被害者の周辺から捜査を開始した。 包丁やドアノブ、リモコンなど指紋は津川以外のものはでなかった。

社員の証言から最初に浮かんだのは社長の阿蘇木孝介だった。昔の女と言いながらも現在も同社に勤務して おり、愛人ということもあり得る。そこで妻に関係が続いていたことがばれて別れ話がこじれて・・というこ とだってある。 犯人が女だとした場合、あの顔になるまで激しく叩きつけられるかという疑問を持っていた。それを無視すれ ば妻の可憐も容疑者にあげられるが、体型が違いすぎる。他の従業員から恋人などの浮いた話は出てこなかっ た。

 捜査を進めると、社長にはアリバイがあった。午後8時まで会社にいたことを複数の社員が証言している。 可憐は社長夫人の仲間と有名レストランで食事をしていた。

一緒だった夫人らと店の従業員の証言が得られた。

  運転手の川岸と帰りがけ席で話をしていたと証言する社員がいて、川岸に訊くと給与の前借を相談したが無理 だと言われたとのことだった。体型的にはホテルの監視カメラの映像と一致するが、ラブホテルに一緒に行く 理由が見当たらない。 そして、川岸は午後8時半には渋谷の自宅近くの居酒屋で食事をしていた。これも馴染みの顔を店員が覚えて いた。ただ、6時半過ぎには社を出ているので、1時間ほどでそこへは行けるはず。約1時間の空白がある。 南千住と渋谷は電車だと40分以上だが、タクシーだと約30分の距離だ。歩いた時間を加味しても1時間あ れば事件は起こせる。

川岸は現在56歳。一人暮らしだ。昨年離婚も成立したらしい。

疑いを持ったが証拠がでなかった。捜査は行き詰った。

  それから数カ月、事態は急変した。

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