エピローグ ボクが勇者に選ばれた理由

 ロランとラルの二人はその後色々あって、王国軍の将リナルド、魔王討伐の道中で出会ったシスターのオリヴィアをパーティーに加えた。

 現在は、城塞下の街で宿を取っている。魔王軍四天王の一人、ディアボロスと激突する前の最後の休息である。


「わたくしの名をかたるのはいただけませんが、人のなすことに神は干渉できませんね……どうしたものか」

「女神さま、また地上を覗いておられるのですか?」

「ええ。オリヴィアについて、気になる動きが」

「たしか、女神さまを信仰するカルト集団によって、筋力を補う魔力を捻出するために寿命を縮める改造手術を受けたシスターでしたか」

「不審な行動をしていらっしゃいます」


 オリヴィアはパーティー唯一の女性であり、単独行動を詮索されにくい。彼女はそれを利用して、路地裏で怪しい黒ローブの人物とコンタクトを取っていた。


「……作戦は順調、何事もなければ数日後に教会本部へ向かう見込みです。勇者はさえない見かけ通り女性に免疫がなく、少し優しくすれば、言いなりですから」

「決行の日は間もなくか。オリヴィア、手抜かりはないな?」

「はい。勇者は必ず教団の手中に」

「そうなれば、世界中が教団にひざまずくしかなくなる。我々の悲願は君に懸かっている、命を惜しむな」

「ええ、私の命は教団のために」

「ではオリヴィア、敬虔けいけんなる教徒、君に女神ドジリエルの祝福があらんことを」


 相手が見えなくなると、オリヴィアは何度か咳き込んだ。口元を拭った袖は、赤く染まっている。


「そう、あと少し……」

「おーいオリヴィアさ~ん!」

「……!」


 背後からラルの声が聞こえて、オリヴィアは慌てて魔法で出血の痕跡を消した。


「勇者さま、奇遇ですね、こんなところで」

「リナルドさんが、心配だから見に行けって。あまり食事もとっていないみたいだし、倒れているのを見たって……」


 本当はリナルドはまったく関係なく、ラルが自発的にやってきた。倒れているのを見たのもラル自身だ。目線の動きで、オリヴィアはすぐに嘘だと見抜いている。


「私のことはお気になさらず。食事をとらないのはシスターとしての習慣、倒れていたというのも大げさで、道でつまずいただけですから」

「でも」

「……それとも、例のお話が破談にならないか、心配なのですか?」


 妖しい微笑みを浮かべたオリヴィアが、周りが見えなくなるほど距離を詰めると、香水の匂いに、ラルの胸がドキドキし始める。


「ディアボロスの討伐後に教団本部に立ち寄り、魔物を退治していただけたら、勇者さまの願いを何でも一つ聞き入れる、秘密のお約束。……私にできることに限りますが」

「う、うん……」

「勇者さまは、私に何をしてほしいのですか?」

「それは……あの……」


 いつの間にかラルは逃げられないように壁に追い詰められていて、真っ赤になって目を逸らすのがやっとだった。


「……さて。心配されていらっしゃるようですから、私はリナルドさまに元気な姿をお見せしなくては」

「あ、えっと、そのことなんだけど……」


 早足でサッと大通りに歩いていったオリヴィアは、ラルの言葉など聞いていない。

 心臓の鼓動が治まり、肩を落としたところで、ロランがニヤニヤしながら現れた。


「フラれたかい、勇者さまよ」

「ちっ、ちがうよ?」

「だろうな……百パー成功じゃない限り告白する勇気もないのが、ウチの勇者さまだよな」

「あうぅ……というかなんで女神さまは、こんな勇気すらないボクなんかを勇者に……」


 落ち込みモードのラルの肩を抱いて、ロランは優しく微笑みかけた。


「俺は、考えてラルを選んだと思う。古今東西どの伝記でも、勇者は何度も辛い目に遭って、正面から乗り越えたもんだ。ラルだって、村でどんな痛い目に遭っても、やり返さずに悪ガキどもと仲良くしようとしていただろ? 女神さまも、そういうトコを見て、ラルに決めたのさ」

「ロラン……ありがとう」

「そう信じてるって話さ」


 勇気も力もないけれど、誰よりも苦痛を我慢し、みんなのために自分が傷つくのをいとわない青年ラル。女神さまはひょっとしたら、彼のような者こそ勇者にふさわしいと考えたのかもしれない。


「……という説明でごまかしませんか?」

「それで良しとしても、女神さまは勇者の斬新な戦闘法を授けた女神として永劫語り継がれますよ」

「そこはわたくしの考えではございませんのに!?」

「地上の民が何でも良いように解釈してくれると思ったら大間違いですぞ」


 勇者たちの冒険はこのあとも続くのだが、女神さまは当分引き籠もったそうである。

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勇者の剣 鯛焼きいかが @oishiitaiyaki

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