第14話 キモチ、初夜
キモチ、初夜
真理子は、会社から歩いて行ける距離にある、小さなアパートの部屋を借りていた。
部屋に向かい、ゆっくり歩きながら、二人はぽつぽつと話をした。東京の会社の様子や、同期たちの様子。真理子は福岡でどんな仕事をしているのか。普通ならまず最初にするであろう、そんな他愛無い話を全くしていなかったことに内心呆れる。
涼平を家にあげようと決めたら、急に現実的な問題ばかりが頭に浮かんできた。食べるものは昨日作った料理の余りでいいかとか、脱衣所に散乱している服をどこに隠そうとか、あの狭いベッドに二人で寝れるのかとか、……そして真理子は、何やら緊張してきた。心なしか隣の涼平も、急に静かになったような気がする。
真理子の部屋に入って、……ほんとに汚いね。と涼平は率直な感想を漏らした。
「だから言ったでしょっ」
ミもフタもない、と真理子は涼平を睨み、急いで靴を脱ぎながら、
「ちょっと片付けるから、そこで待ってて、……絶対見ないでよ!」
真理子の剣幕に、涼平は少し笑って、わかったよ、と壁に凭れた。
たっぷり15分は片付けて、やっと真理子は涼平を部屋に招きいれた。それだけでどっと疲れた。部屋は8畳の部屋が一つに小さなキッチン、あとはトイレとバスルームだけなのに、なんでこんなに時間がかかるんだ?食卓がわりの小さなちゃぶ台の前に座り込む。涼平は適当に荷物を置いて、きょろきょろと部屋を見回している。
「ご飯食べよっか?余りものだけど」
んー、と涼平は真理子の横に座った。
「……まだいい」
そう言うと、涼平は真理子の首に手を回して顔を引き寄せ、唇を重ねた。
その手の熱さと、一瞬目に入った涼平の瞳に、どきっと胸が鳴って、……どきどきとそのまま心臓の鼓動が早くなる。涼平の舌が真理子の唇に触れて、その形を確かめるように動いていたが、やがてするっと自分のテリトリーに戻っていった。
「……なんかすごい緊張するんだけど」
唇が離れると、真理子は緊張と気恥ずかしさを紛らすためにそう言って、……俺も、と涼平が苦笑するのが見えた。
真理子は、シャワー浴びていい?と呟いた。……少しでもきれいな体を抱いてほしいと思ったのだ。
梅雨の夜は湿度が高い。シャワーを浴びて汗を流すと、真理子は涼平と交代して、ベッドの上に座り、髪を乾かしながらぼうっとしていた。
ベッドの横には窓がある。電気も点いていない暗いままの部屋で、その窓から普段通りの景色を眺めながら、同じ空間に涼平がいるというだけで、こんなにも景色が違って見えるものなんだな、という、新しい驚き。
これまで毎晩のように降る雨は、いつも泣いているようだった。忘れたい思い出を洗い流すための無駄な努力をしながら、泣き続ける空。――でも今は、その透明な水滴が、二人のいるこの空間を洗い清めてくれているような気がする。
たくさん、いろんなことがあって、二人ともまっさらではないけれど、……でも、ここからまた始まる。またここから、雨で洗われた白いキャンバスに、色が落ちていくのだ。
涼平がシャワーを終えて出てきて、髪を拭きながら真理子の隣にそっと腰かけた。
「――髪伸びたね」
そういえば、福岡に来てから切ってないな、と思い当たって、……いや、今年に入ってから切っていない。全く、気付いてもいなかったけれど。
自分は涼平と離れてから、何一つ前進できなかったのだろうな、
そう思い当たって、真理子は自分の阿呆さ加減に、苦々しい笑みが唇の端に浮かぶのを感じた。……自分の時間はずっと止まったままだったのだ。たった今、この瞬間まで。
涼平の手が、生乾きの真理子の髪にそっと触れて、真理子は思わず体を硬くして、……涼平の体からも同じシャンプーの匂いが漂ってくる、そのこそばゆさに耐える。
と、……その手が、するっと伸びてきて、肩に回される感触に、さらに体が緊張で竦んだ。
「あの、……触ってもいい?
……嫌な気持ちになったりしない?」
覗き込まれ、至近距離で視線がぶつかった、涼平の瞳に浮かぶ、心配そうな色、
……以前、乱暴されてから、その傷が残っていないか心配してくれているのが、よくわかった。
隠しきれない熱が、後ろに見え隠れして、それでも自分を気遣ってくれるその表情。肩に回された手の熱さ、柔らかく響くその声、……自分はどのくらい、焦がれていただろう……。
胸が絞られるような切なさとともに、……大丈夫、と首を横にふって、そのまま、額を、涼平の胸に寄せる。
肩に回された腕に力がこもり、そのままぎゅっと抱きしめられて、……それから、涼平は、真理子の頬を手のひらで包み込むと、そっとキスをした。
心のこもった挨拶のような、真理子の唇の柔らかさを確かめるかのような、優しいキスのあと、そっと唇の間から入ってきた舌の感触に、真理子の全身にぞわっと鳥肌がたった。
――ずっと、ずっと待っていた。この感触を。真理子はそう思わずにはいられなかった。
否応なしにその動きが激しくなる。口の中をすべて自分の唾液で染め上げるかのようなその動きに、真理子も自分の舌を絡めて応える。
涼平の唇から、唇を合わせられなかった時間、心を通わせたかったのに通わせられなかった時間、積もっていた思いが堰を切ったように流れ込んでくるのを感じた。そして自分の気持ちも。……これまでずっと、誤魔化していたけれど、止められない、……それにしても、キスってこんなに気持ちいいものだったっけ……?
真理子はだんだん、押し寄せる快感の波に思考が停止しつつあった。息があがっていた。涼平の唇が離れると、はあっと息を漏らす。
シャワーを浴びたあとに、簡単に着ていたシャツを脱がされて、下着だけの姿になる。涼平も着ていたTシャツを脱ぐと、また真理子を包み込むように抱きしめた。
そのまま、優しく真理子をベッドに押し倒すと、その手のひらに自分の指を絡ませる。
「……やっと」
涼平の囁きは、ほんの少しだけ、よく聞かなければわからないほどだったが、心の声をそのまま絞ったような切ない震えを帯びていた。その響きに、胸がじんと痺れて、そこから全身に広がっていくような感覚。
涼平は真理子の耳たぶを優しく噛む。
「……んんっ」
声をあげながら、ぶるっと震えて、首を捻り逃れようとする、その甘い抵抗に、ますます体の奥からどろどろと熱い情欲を引きずり出される。真理子の手に絡ませていた指に力がこもっていく。
涼平は丁寧に真理子の耳と首筋を愛撫した。少しずつ、押さえた声が漏れ始める。
真理子ははあっと息をもらした。涼平の肌が熱い。そして自分の体も。
涼平の手が、すいと自分の腰のあたりを撫でる感触に、びくっと体が震えた。ちろちろと胸のふくらみの根元あたりを舐められる。もうほとんど本能的に、その舌から逃れようと身を捩っては、押し止められる。
ブラジャーの上から、胸を手のひらに包み込まれ、……ぐしゃっと握りこまれる。下着の布が胸の先端を擦り、真理子は思わず息を詰めた。
「ひゃ、あうっ」
涼平はわざと胸の先端を外しながら、ゆっくりと胸に触れ、時々思い出したように布越しにその先端を掠めるたび、声が漏れて身を捩った。焦らされて、知らず、その腕を掴む。
「いや……もう」
じっと見下ろされるその眼元が、わずかに上気していて、口許が、ほんの僅かに持ち上がっている。
「……もう……ねえって……」
「……何?」
真理子はますます顔を上気させ、蕩けそうな瞳を涼平に向けた。
「直接、……ちゃんと、さわって……」
その言葉に、涼平は人差し指で、さわっとその胸の先端を擦った。
「ひゃ、……んっ!」
「……ここ?」
「あ、……あっ」
乳首が硬くなっているのが、布越しでもよくわかった。涼平はそっと擦りながら、時折指を布の下に潜り込ませて、……そのたびに、体が反応して震えるのがよくわかった。
「……勃ってるよ」
真理子は顔を真っ赤にして、……その言葉にさらに胸の先端から、全身が痺れて、震えるのがわかった。
涼平はブラジャーを外した。闇に白く浮かび上がるそのふくらみをじっと見つめる。ぴんと先端が立ち上がり、甘い熱と香りを発して、……押し流されてしまいそうな熱情に、何とか耐える。
「や……見ないで」
胸を隠そうとする真理子の手をぐっと押さえる。
涼平は、この綺麗なものをめちゃくちゃに征服してしまいたいという欲求をこらえて、そっとその乳首を摘んだ。
「あ……!」
瞬間、体がしなる。涼平は、片方の乳首に手で優しく刺激を与えながら、もう片方の乳首を口に含んだ。組み敷いた全身が、ひときわ大きくびくっと跳ねた。
「ああっ……ん……」
涼平の舌がその先端を転がすたびに、真理子は声を漏らした。その声に否応なしに煽られていく本能と、衝動に苛まれながら、胸への愛撫を続ける。
「……もっとして」
ふいに真理子がそう言った。涼平に聞こえるようにはっきり発音した、その切実な響きに、思わず涼平は顔をあげる。真理子は続けた。
「もっと。……全部忘れるくらい」
恐らく、きっと、あの警備員に乱暴されたことを言っているのだろう、と、すぐに理解する。
何をされたのかまでは知らないし、知ろうとも思わない。けれどきっと、……想像をはるかに超える苦痛だったに違いない。真理子はそれを黙って一人で抱え込んでいた。自分に迷惑はかけられないという、その思いだけで。
結果的に、その秘密に自分も苦しめられたのは確かだけれど、涼平はその真理子の強さと優しさを愛しいと思った。
胸を愛撫するのを中断して、涼平は真理子を抱きしめた。……抱きしめると、その体が細かく震えているのに気付いた。
「いいよ、……すぐ上書きするから」
目には見えない傷。完全にその傷を、記憶を消すことができないのはよくわかっているけれど、そんな記憶を凌駕するくらい愛することは、できるはずだ。
「……そうね、3日くらいで」
真理子はおかしくなって、思わず笑いを漏らした。
3日なんて、何を根拠に言っているのか、 ……きっと、全てわかっていて、冗談を交えようとしてくれている、その気持ちがありがたくて、愛しい。
涼平は胸への愛撫を再開する。びりっ、びりっ、と全身に走る電流に、切れ目なく声が漏れた。
涼平は真理子の下着の隙間から、するっと指を入れて、真理子の性器をなぞった。ビクンと体が反応する。
「きゃっ!……ああっ」
久しぶりだ。性器に触れられるのは。
「……びしょびしょだな」
もうその場所はたっぷりと分泌液を滴らせているのが、よくわかった。涼平の言葉に熱がさらに高まり、奥がまた濡れるのがわかる。
涼平は下着の上から、その沁みの線にそって手を往復させながら、何度かその指先でクリトリスを引っ掛けた。そのたびに、ぎゅっと体が反って、涼平の腕をつかむ手に力がこもる。
下着が脱がされ、その膝の間に体を入れて、脚を広げる。自分の性器が涼平の視線に晒される恥ずかしさに、また体の奥が熱くなるのがわかった。
その割れ目をそっと指先が這って、……暇つぶしに触るかのような、その中途半端な感触に、真理子は身をよじった。
「もう……だめって……」
真理子は切ない声を出しながら、無意識のうちに腰を動かした。ぎゅっと涼平の背中にしがみつく。
「もう、涼平、こんな、……いじわるだったっけ?」
息も絶え絶えな真理子の問いかけに、思わず涼平は笑った。
「いじわるだよ。いじわるで変態」
言うと、涼平は指を真理子の中にぐっと突き入れた。
「あっ、あ!」
「……いいんでしょ。ここも」
「……っ……!」
押し殺しきれない声を漏らしながら、真理子は体を仰け反らせた。この柔らかい内側に自分のものを挿し込みたい、という欲求を必死でなだめながら、涼平は指をゆっくり動かしてはまた奥に突き立て、そのとろとろの空間を存分に掻き回した。
奥を突くたび、真理子はぎゅっと体をそらせて声をあげて、……その場所から滴ってくる液が、涼平の手のひらを伝う。
涼平は指の動きは止めずに、少し体を上にあげて、真理子の乳首を唇に含んだ。また真理子の体がビクンと収縮するのがわかった。
「――挿れてもいい?」
唇を離し、問いかけられたその声が、微かに掠れているのに、またどこか、鳥肌が走る。
コクンと頷いたのを確認してから、体を離そうとした涼平の肩に手をかけて、力をこめる。
「つけなくて、いい、……そのまま」
「えっ?」
「――あいつに、中で出された。……ほんとに、気持ち悪くて……」
言いながら、どうしようもなくその記憶が蘇ってくる。悔し涙が浮かんできた。……この震えが、涼平にも伝わっているはずだった。
「……だから、もういっぺん、涼平に、してほしい」
涼平は、真理子の体をしっかりと抱きしめて、頭を撫でながら、それでも迷っているようだった。
「……大丈夫?」
このぬくもりのなかでなら、自分はずっと自分のままでいられる。
……ひとつだけ、涙がこぼれたが、それは悲しい涙ではなく、嬉しいほうの涙なんだと思う。
「大丈夫。覚悟はできてる」
「――や、そういう意味じゃなくて」
涼平は思わず吹き出しそうになって、この場面ではマズイと腹筋に力を込めながら答えた。
「そういう覚悟は、ふつう男がするもんだし」
それから、涼平は改めて、真理子の表情を覗き込んだ。窓から少しだけ入ってくる光で、その瞳だけが辛うじて見える。
「……もしできちゃったら、責任とっちゃうけど。それでもいい?」
涼平の瞳を見ながら、真理子は頷いた。――もう迷いはなかった。
「ん。そうして」
涼平は一瞬、真理子の言葉を咀嚼するように、その顔を見つめたが、もう何も答えず、その瞳に吸い込まれるように、その唇を塞いだ。
……それから、真理子の脚を折り曲げて体の上で押さえ、硬くなったそのものをその場所にあてがうと、涼平はゆっくり、躊躇なく腰を奥に進めた。
「あ……!」
真理子は全身から力が抜けていくような感覚に襲われて、思わず、自分の脚を開いているその腕をぎゅっと掴んだ。
一番奥まで入れると、涼平は少しの間、動かずにじっとしていた。その感触を楽しむかのように、……それから、ゆっくりと腰を動かし始めた。
そのものが、自分の襞に擦れる感覚。避妊具をつけていない、そのリアルな感覚に、突かれるたびに声が漏れる。
――と、ふと、動きをとめると、涼平はふうっと息をつき、……おもむろに手を伸ばして、真理子のクリトリスをぎゅっと押した。
「ひ、……あっ……!
いや、そこ……やめて……!」
ゆっくり擦られる、その感覚が、びりびりと痛いくらいに全身を駆け巡って、……と同時に、腰を強く押し込まれて、一瞬息ができないくらいの、快感に、……体が持ち上げられてしまうような、浮遊感が付きまとい始める。
「も、……いく、いっちゃうから……!」
「いいよ、いって。何度もいかす。……もう離さないから、……俺じゃないとダメにする」
もう、誰にも渡すものか……!
強く揺さぶられて、真理子は切れ切れに声をあげながら、……何か呟いた。
なに?と聞き返すと、さらに体を震わせながら、真理子はやっと涼平に聞こえるような声で言った。
「……もう、なってる……から……」
その言葉を聞いて、不覚にも涼平は涙を零しそうになった。
――かっこ悪い。かっこ悪すぎる。
ぐっと力をこめて、その透明な結晶が眼から落ちないように抑える。
暗くてよかった、……たぶん真理子には見えてない。
黙ったまま、もういちどその場所を強く擦り上げる。
「ああっ、いっ、いく、……!」
言い終わらないうちに、真理子は性器を強く収縮させて、絶頂を迎えた。甘い声を漏らし、何度も体を痙攣させる。
涼平も、抑え込んでいた欲望を開放し吐き出したのがわかった。もうほとんどしがみつかれるかのように、抱きしめられながら、何回も突き上げられて、……そのものが脈打つ感覚が、さらに真理子をどこかに追い詰めるような、どこかから引き上げるような、高揚感に全てを支配される。
やがて、涼平はぺたんと真理子に体をもたせかけた。真理子を抱きしめたまま、体を回転させてベッドに体を預け、ふうっと大きく息をつく。
それから、耳元で、小さく呟く声が聞こえた。
「……俺も」
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