第10話 それぞれの聖夜

 田代は唇だけで微笑した。


「ものわかりがいいね」


 そのままくるっと後ろを向くと、歩き出す。逃げたいならどうぞ逃げてください、と言わんばかりのその態度に、真理子は唇を引き結んだ。――それでも、ついていくしかなかったから。

 

 田代はエントランスの奥にある警備員室まで歩いた。そのままドアを開けて中に入る。

 入ってすぐの部屋は、壁一面にモニターが埋め込まれており、ビル中の防犯カメラからの映像が映っている。田代は何気なく、一つのモニターを指差して真理子のほうを振り返った。


「ほら、このカメラ」


 田代が指差したモニターには、紛れもない真理子のオフィスの廊下が映っていた。すぐ左手に、社員のデスクが並べてある部屋のドア。そして正面の突き当りには、仮眠室のドア。

 このカメラに、映ってしまっていた。そしてそれを宿直だった田代に見られた。……そんなこと、冷静に考えれば当たり前のことだ。何でもっと、よく考えて行動しなかったのだろう……。


 そのモニターが並べられた部屋を抜けると、奥は警備員用の宿直室を兼ねた休憩室といった部屋だった。6畳の和室に、テレビと小さな冷蔵庫。隅には布団が畳んで置いてある。

 田代は、部屋に入るのを躊躇していた真理子の手首をつかんで、部屋の中に引き込むと、そのまま力任せに真理子を部屋の中に放り出した。思わずよろめいて、真理子は膝をつく。

 田代は真理子の腕を掴んで、乱暴に真理子を仰向けにさせると、黒のスーツ姿だった真理子のブレザーを剥ぎ取るように脱がせた。下に着ていた水色のブラウスも、ボタンが外れるのが先か、ちぎれて飛んでいくのが先か、というくらいの荒っぽさで前を開ける。キャミソールとブラジャーが露になった。

 

 真理子は突然、首根っこを掴まれたような恐怖に駆られた。

 覚悟して、自分でついてきたはずなのに、現実は頭の中で考えていたものよりもずっとずっと生々しかった。田代のこの力と、舌なめずりをしているような、欲望に駆られた顔つき。


「や、やめて!いやっ!」


 思わず、真理子は叫ぶ。――と、田代はバチン!と、真理子の頬を打った。ジーン、という痛みが頭に響き、真理子の眼に涙が浮かんだ。痛みと――屈辱とで。


「――あんた、あんなところでセックスするなんて、相当淫乱だよな」


 田代は薄ら笑いを浮かべて言った。


「いや、やめて、やめて……っ」


 涙声になりながらも、真理子はさらに叫んだ。

 田代はちっと舌打ちすると、おもむろにちゃぶ台の上に乗っていた台拭きを手に取り、丸めて真理子の口に詰め込んだ。ゴホッと咽て、苦しくて涙が出て……でも、声が出せない。

 さらに田代は制服のポケットから手錠を出すと、真理子の両手首を後ろ手に回してカチャッと固定した。


「こんなおもちゃの手錠、いつ使うんだって思ってたけど……けっこう使えるわ」


 田代は言うと、ぐいっと真理子のキャミソールとブラジャーを上にずり上げた。その弾みに跳ねるようにして出てきた真理子の胸に、田代はむしゃぶりついた。


「う、うう……っ」

 

 痛い。田代の歯が立てられている。

 田代は力任せに胸を揉みながら、片方の乳首を吸い上げていた。はあっ、はあっ、と田代の荒い息遣いが聞こえ、真理子の背筋にぞわっと寒気が走る。長身の田代に圧し掛かられ、全く体を動かせない、その重量にまた恐怖と嫌悪感が込み上げた。

 胸の上を這い回るその手の感触が気持ち悪い。熱と湿り気を持った、べたべたした手。部屋の中は暖房が効きすぎて暑かった。田代に熱い体を密着され、そして恐怖と屈辱感から体中に変な汗が噴き出し、自分の肌もじっとりと汗を持ってきているのが、また気持ち悪さを加速する。


 田代は真理子の胸から少し体を離すと、制服のズボンとトランクスをもどかしそうにずり下げた。膝まで脱いで、片方の足を抜いて自由にする。

 ペニスは、すでにいきりたって、天を向いていた。吐き気さえ込み上げる気持ち悪さに、息を詰める。

 田代は真理子のスカートを上にたくし上げた。真理子の脚を折り曲げ、膝を立たせると、ショーツをその脚に沿って勢いよく脱がせる。

 両手で脚を力任せに開けられる。真理子の秘部が露になり、田代に晒される恥ずかしさと苦しさで、真理子は逃れようと体をよじった。……しかし、体は全く動かせず、声を出そうにもくぐもった声が台拭きの詰め込まれた口から漏れるばかりだ。

 

 田代はいきなり、真理子の蜜壷に自分の肉棒を突っ込んだ。 

 そのものが入り込んでくる、痛みが真理子を襲った。


「うぐ、ぐぐうっ!」

 

 はっきりとした痛みに、思わず身を捩ろうとするが、田代の体重で動けない。田代は構わず腰を気が狂ったように振り出した。その度に、ずりっ、ずりっ、と中が擦れる痛みに、呻き声が漏れる。

 

 知らず、涙が頬を伝っていた。

 こんなところで。

 ……こんなところで、手錠されて、警備員にペニスを突っ込まれて、腰を振られて、……

 いったい自分は、どこで道を過ってしまったのだ?

 今、この建物には涼平がいるのに。同じビルの中で、自分はこんなことをしている。

 半ば強制ではあったけれど、逃げようと思えば逃げられたはずだった。涼平のところに走ることもできたのに、……涼平なら、自分とこの状況を受け止めて、何とかしてくれたに違いないのに……。


 ――でも、ダメだ。

 涼平を巻き込むわけにはいかないのだ。

 

 田代の腰の動きがますます早くなった。


「濡れてきたじゃん。――あんた、ほんと淫乱だよ」


 荒い息の下から言葉を漏らす。物理的な刺激に、真理子の膣は素直に反応していて、……その突き上げにも、びりっ、びりっ、と、痛みだけではない感覚も増してきているのがわかって、ますます気持ち悪さも募った。吐きそうだ。涙も止まらない、……もう情けなさすぎて、どうしようもない……。


「ああ、気持ちいい。イクよ、イク」


 そう言ったとたん、どく、どく、と真理子の中で田代のペニスが痙攣した。

 

 この男の体液を受け入れてしまったと思うと気持ち悪くて、鳥肌が立って……全身を叩きのめされたかのような悪寒に襲われる。

 真理子は、セックスで中に出されるのは初めてだった。相手の精子で自分の子宮の中を染められ、自分の体がもう完全に相手のものにされてしまったような感覚。

 これからどれだけ精子を体に受け入れても、最初の汚染は洗い出せないような気さえした。……それが、この警備員だなんて。

 ――ふっと、ゴムがないから入れないよ、と言った涼平の顔が頭をよぎった。

 受け入れたのが涼平のものだったら、どんなによかっただろう。

 そう考えて、真理子はまた……また違うところから、涙が溢れてくるのを感じた。

 

 ばっ、と田代は脱力している真理子から自分のものを抜き、体を離した。真理子は畳の上に横向きに倒れる。真理子の蜜壷から、どろっと田代の精液と、真理子の分泌液が混ざったものが流れ出した。

 田代は涙でぐちゃぐちゃの真理子の顔を見やると、恍惚の表情を浮かべた。


「イイ、イイよ、日浦サン……俺、こんな気持ちいいの初めて」


 言いながら、田代はすぐにまた真理子に覆い被さると、乳首を吸い始めた。

 警備員の帽子を脱ぎ捨て、夢中で真理子の乳首を吸っているこの男は、真理子の想像以上に若いようだった。大学に入りたてか、下手したらまだ高校生くらいだ。この未熟で自分本位な愛撫の仕方や、さっき果てたばかりなのにすぐに力を持ち始めているペニス。そしてその尋常でないセックスへの渇望。  

 田代は体を起こすと、自分のものを真理子の胸の間に擦り付けた。さっきの射精で、少し柔らかくなった田代の肉棒は、またすぐにカチカチに固くなり、天を指す。

 田代は真理子の腰を掴んだ。体をうつぶせの状態にしながら、田代は後ろからペニスを真理子の中に突き刺した。


「うっ、ぐ……」


 また無理矢理にそのものをこじ入れられる感覚。痛みはさっきよりも鈍い、……痛みだけじゃない、すべての感覚が、どこか遠い場所にあるような感じがした。 

 後ろ手に手錠をされたままうつ伏せにされたので、顔と肩で体重を支える形になり、自然尻が後ろに突き出る形になる。その尻にペニスを突き刺して、また田代は狂ったように腰を振っていた。

 

 今にも意識が飛びそうになりながら、真理子は1ヶ月前、涼平に後ろから貫かれたときのことを思い出していた。

 ……あのときは、涼平に征服されていることで、あんなに感じたのに、今はどうだろう。

 痛みと、屈辱と、……でももう、その全てがぼんやりしてきて、痺れているような感覚があった。

 その痺れの奥にあるもの、……絶望とか、そういうもののような気がする。

 さっき射精したばかりなので、2回目は長かった。田代の突き上げは永久に続くかと思われ、粘膜を擦られる痛みと、痺れが、否が応にも増していく。


「気持ちいい、気持ちいいよ……ホラ、日浦サンだって気持ちいいんでしょ?おまんここんなにどろどろだよ?

 ――もっと感じろよ、ホラ!」


 半ば叫びながら、田代はバチンと真理子の尻を叩いた。真理子は体を震わせ、うめき声をあげた。

 早く、早く終わって欲しい……。

 やがて、田代はイク、イク、と叫んで2回目の絶頂を迎えた。

 真理子の中に思い切り精液を放出し、ペニスを抜くと、田代は畳に横になってふうっと満足げに息をついた。やっと自由になった真理子は、ぐったりと倒れる。蜜壷から溢れた液体の生温い感覚が真理子の太腿を濡らした。


「あぁ、気持ちよかった」


 田代はちらっと時計に目をやると、何事もなかったかのようにトランクスを穿き、制服のズボンを着た。


「そろそろ巡回だから行くわ」


 真理子の手錠を外す。真理子はぐったりして、全く動けなかった。涙と、汗と、お互いの分泌液にまみれた真理子の姿を見下ろし、田代は冷徹な――興奮が混ざった笑みを浮かべた。


「じゃあ、バイバイ。

 モニターの映像はもちろん保存してあるからね。何かあったらすぐ拡散するからな。覚えとけよ」  


 言い捨てて、田代は出て行った。

 ……後に残された真理子は、のろのろと体を起こした。……次から次へと流れ落ちる涙が、どこから溢れてくるものなのか、止める術もよくわからない。

 


 

 単なる、体だけのセックスとはどういうものなのか、痛いほど悟らされていた。

 同じように貫かれ、同じように弄ばれても、全く違うこの感覚。

 これまで涼平とのセックスは、体だけだと思っていた。体だけが愛し合って、心はまた別のところにあるのだと。

 でも、それはとんだ勘違いだったのだ。

 

 あの日、涼平がどれだけ体だけではなく、心でも自分のことを愛してくれたのか。そして自分も、どれだけ、体だけでなく心でも涼平を求めたのか。

 最初、夜のオフィスで、涼平を求めた自分の心は、確かに体だけが目的だったかもしれない。体の疼きを収めてほしいという欲望だけだったかもしれない。

 しかし、唇を重ね、体を合わせて、いつの間にか真理子は涼平の心も求めていた。自分を愛してほしいと願っていた。そして願いどおりに気持ちを与えられて、幸せだった。あのときの快感は、幸福という感覚と隣り合わせだったのだ。

 

 


 鉛のように重い体を何とか動かす。いつまた、田代が巡回から戻ってくるかわからない。

 乱れた衣服を整えて、真理子は体を引き摺るようにしてビルから出た。――もう3時だった。 

 

 今日はクリスマスだ。

 人生最悪のクリスマスだ、と、真理子は他人事のようにぼんやり考えながら、タクシーを拾った。




 その日、真理子は体調が悪くて休みらしい、という情報を持ってきたのは、涼平の同期の高坂真哉だった。


「珍しいよな、真理子が体調悪いなんて。どうしたんだろ?」

 

 真哉が大げさに眉を寄せ、声を潜める。……真哉と涼平は、見た目から性格から行動から、真逆だというのが周囲の評価だった。

 真哉は長身で、見た目も派手だったが、その第一印象を裏切らず明るく、快活で、周りから煙たがられるくらいよく喋った。話にすぐ首を突っ込み、ややオーバーに物事を捉える癖があり、同僚から半ば諦めを伴った好意で受け止められていた。

 しかし、ここまで正反対なのに、――いやだからこそだろうか、涼平と真哉は仲が良かった。


「……そうだな」


 ほぼ上の空で、涼平は適当に相槌を打った。

 真理子が会社を休むとすれば、理由は昨日の、自分と真理子の会話しか考えられなかった。

  

 昨日から今日にかけて、涼平はだいぶ後味の悪い思いを味わっていた。

 会いたい、といってわざわざオフィスまで来てくれたのに、追い返してしまった。あんな言い方をしなくてもよかったのに、言わなくてもいいことまで全部喋ってしまった。

 

 あのまま……あのまま真理子の要求を受け入れて、抱きしめてしまえばよかったのだろうか?

 ――でもおそらく、それはできなかっただろう。

 何となくわかっていた。……真理子に伝えた言葉通り、自分はもう限界なのだと思う。

 いくら真理子のことを想っても、愛しても、その気持ちは自分には返ってこないことに。そのくせ、自分の決心を揺るがす真っ直ぐさで、自分を求めてくるその瞳に。

 

 ……もしかしたら昨日、真理子が求めていたものは、自分の体だけではなかったのだろうか?

 はっきり訊いたわけではなかったけれど、クリスマスイブの夜に自分のところに現れたのは、自分を選んだという彼女の意思表示だったのか。

 淡い期待にも似た感情が、涼平を僅かに揺さぶって、――しかし、涼平は軽く首を振って、その思いを頭から追い払った。こういう期待が碌な結果を生まないことはよく知っていた。

 

「今日はクリスマスだよなー。ちくしょう、何でこんなときに仕事なわけ?そう思わない?

 昨日のイブ、何して過ごした?おまえ宿直だったんだっけ。だいぶ運悪いなあ。そうでもなけりゃ彼女と過ごしたんだろ?いいよなぁー羨ましいよ。

 なあ、あと少しで仕事納めだよな。涼平、実家に帰るの?――あ、それとも彼女んとこかあ。

 年が明けたらさ、また同期で飲みに行かねえ?ずいぶん久しぶりだろ?新年会ってことでさ、場所考えとくし。いつがいいかな」

 

 さすがの真哉も、涼平がほとんど自分の話を聞いていないことに気付いたらしい。

 真哉は、涼平の顔を覗き込むと、言った。


「――やっぱ真理子のこと心配?」


 涼平ははっと我に返った。


「いや、まあ、うん。

 年末年始ね。ちょっと実家に帰るよ。――それで、何だっけ?」

 

 真哉は、少し前に喋っていた内容を涼平のために繰り返しながら、微妙に肩を竦めた。


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