第5話 公園

 翌週、木曜日の夜。

 久しぶりに、真理子の家に祐輔が来る予定になっていた。

 真理子はその日、できるだけ早く仕事を切り上げて退社すると、材料をたくさん買い込んでずっとキッチンに立っていた。一人の食事だと、めったにきちんとした料理はしないが、今日は特別だ。……いろいろな意味で。

 

 祐輔は合鍵を使って家に入ってくると、慣れた動作でスーツを脱いでネクタイを外した。かなり上背があるので、体格の小さい真理子との対比が際立つ。

 脱いだジャケットとネクタイを荷物と一緒に寝室に置いてきた祐輔は、食卓を見るなり目を丸くした。頬のあたりに笑みが浮かぶ。


「ひゃー、豪勢な食事だなあ。こんなすごいの久しぶり」

「そう?ちょっと気合いを入れすぎたかな」

 

 キッチンに向かったまま答えながら、……こんな感じだったっけ?と妙に焦って確かめる胸の裏側。どきどきと心臓の鼓動が早まる。

 いつもだったら、こんなに久しぶりに会うのだから、祐輔が来るなり飛んでいって、他愛無い話をしたりしていたような気がする。

 しかし今、真理子は祐輔の目をまともに見ることすらできなかった。……もちろん、後ろめたいからだった。


 祐輔はそんな真理子の様子には全く気付く様子もなく、食卓に座って寛いだ。ふーっ、と伸びをして首を回す。

 祐輔は真理子より一つ年上だから、今年で29歳になる。スーツがよく似合うやり手のビジネスマン、といった風体だ。早速、いただきます、と手を合わせて料理を食べ始め、美味いなあ、としきりに唸りながら箸を動かす。

 合わせて料理を食べ始めながら、……また真理子を襲う焦燥。

 いつもこうして祐輔と向かい合ったとき、どんなふうに食事をして……何を話していたのか全く思い出せなかった。

 喉が渇く。いくらお茶を飲んでもからからだ。

 話をしながら、何気なく視線が合う度にどきっと胸が鳴る。こちらを見る祐輔の眼に、自分の皮膚が透けて……涼平の唇が触れた跡が見えるような気がした。

 

 涼平には、祐輔と別れる気はないとちゃんと言ったし、私の心は祐輔を裏切ってはいないはずだ……。

 いくらそう言い聞かせても、どうしようもなく蘇ってくるオフィスの、仮眠室の記憶。

 

 体は立派に祐輔を裏切ったのではないの?

 あんなに感じて、声をあげたでしょう?

 ……どこかから、冷ややかに聞こえてくる声。


「真理子、今日はすごい元気だな。なんかいいことでもあったの?」

「えっ?……いや、別になにもないけど」

 

 今までの「普通の態度」がどうしても思い出せない。

 楽しそうにしなきゃ、祐輔に楽しんでもらわなきゃ……という思いにばかり駆られて、食べ物の味もよくわからなかった。


「そうなの?変な奴」


 祐輔は笑った。いつもの穏やかな笑顔に、一瞬真理子は息をとめて――そうっと、息をまた吐き出した。

 この笑顔が好きだといつも思う。

 祐輔は穏やかな物腰とその笑顔で誰とでも公平に接したし、誰でも分け隔てない、そのバランスのとれた優しさが側にいて心地よかった。少しだけ、張り詰めていた緊張が解けてほっとする。


 と、携帯のメール着信を知らせるアラームが鳴った。

 ちょっとごめんね、と真理子は席をはずし、携帯を手にする。

 差出人の欄に「松下涼平」という文字が見えた。

 

 涼平だ。


『今週の土曜日は、午後1時に永山公園の正面入り口でいい?

 絶対にスカート穿いてきて。

 それじゃ楽しみにしてます』


 了解です、と簡潔にメールを返し、食卓に戻りながら、……しかし、祐輔と食事しているときにメールとは、絶妙のタイミングというか、なんというか、……ますます肩に力が入るような感覚。

 

「祐輔、友達からメールでね。

 土曜日の午後に遊びにいくことになったの」

 

 思わず自分の口から出た「友達」という単語にどきっとする。

 これまで、自分の予定を祐輔に話すときに「友達」という不特定多数の呼称を使うことはなかったような気がしたのだ。慌てて真理子は言葉を重ねた。


「大学のときの友達」


 祐輔はテレビを見ながら、わかった、と答えて、真理子のほうを振り返った。


「珍しいね。大学の友達と遊ぶときは、大抵北木ちゃんが入ってるのにな」

「……」


 北木実菜子は、真理子の大学時代からの友人である。祐輔と同じ会社の同期で、その縁で二人は出会ったのだ。

 どきっとした真理子の心中も知らぬげに、北木ちゃんと言えば……と祐輔は続けた。


「二、三日前に食堂で会ったけど、真理子にまた飲もうって伝えて、って言ってたよ。久しぶりだからって」


 話が逸れたのにほっとして、真理子はそうね、久しぶりだもんね、と唇を笑顔の形に曲げた。


「土曜日、夜は早いの?泊まりに来てもいい?」

「……あ、夜はたぶん食事するから、遅くなると思う。ごめんね」


 祐輔の言葉に咄嗟に答えて、昼間だけではなく夜も予定を空けてしまったことに真理子は自分で驚いていた。

 ……私はいったい、土曜日に何を期待しているんだ?

 そして、あまりの後ろめたさに、また咄嗟に付け加える。


「代わりってわけじゃないけど、今日泊まってかない?

 ね、久しぶりだし」


 祐輔は不思議そうな顔をした。


「俺はいいけど。

 でも真理子、平日はゆっくりできないから週末がいいっていつも言うだろ。珍しいな」


 サッと背筋が冷たくなった。顔に動揺が出ないように全神経を集中させる真理子を尻目に、しかし祐輔は笑顔になって続けた。


「でも久しぶりだもんな。泊まってくよ」




 ベッドに入ると、祐輔は当たり前のように真理子を求めてきた。

 もう日常の営みのなかに組み込まれている、いつものセックス。それなりに気持ちよくて、祐輔に抱きしめてもらうのが幸せで、暖かい。

 型どおりに全身を愛撫し、ほどほどに真理子が濡れたら、裕輔の固くなったものを挿入する。


「――真理子、今日はすごい気持ちよさそうだね。

 俺もだよ。久しぶりだから」

 

 真理子の中に自分のものを突き入れながら、裕輔がはあっと息を荒げる。真理子も切れ切れに声を漏らし、裕輔の背中に腕をまわす。

 自分の中をこする祐輔のものの感触に、自分でも驚くくらい……理性を無視して、全身にゾクゾクと鳥肌が立つのを止められない。

 後ろめたくて、いつもより感じるふりをしているのだと最初は思っていた。……実際、前戯のときはそうだったと思う。

 しかし、祐輔のものが真理子の中に入れられ、突き上げられる度に、びりっと体がふるえて声があがって、……その向こうから押し寄せてくる、ある実感。


 先週、涼平が挿れなかったからだ。……きっと。

 

 真理子はそう認めざるを得なかった。

 あのときオルガズムに達し、体の疼きは驚くほど消えたが、やはり体はあれからずっと、体の中心を埋めるそのものの存在を求めていたのだと思う。


 祐輔じゃ、だめなの?

 真理子は自問自答する。

 今だって、すごく気持ちいいし、幸せだ。……これじゃ、だめなの?

 わからない。自分でも何もわからない。

 

 どろどろと混乱して、答など見えないその混沌の中で、……しかしひとつだけ、はっきりとわかっていることがあった。

 

 自分は必ず、土曜日に涼平に会いに行くだろう。

 

 真理子は目を閉じ、頭からその思考を追いやった。

 考えたくなかった。……この快感だけを追っていたかったのだ。


 ……低く呻いて、祐輔が真理子の中で果てた。


 


 土曜日、待ち合わせの場所に現れた涼平は、シンプルなシャツとセーターにジーンズという格好だった。その上に紺色のコートを羽織り、鞄を斜めに掛けている。

 

「ごめん。待った?」


 涼平はいつものように、口元に少し笑顔を浮かべて真理子に声をかけた。 

 完全に、デートの待ち合わせをしているカップルにしか見えないだろう。公園の入り口のベンチから立ち上がり、……ううん、と首を振りながら、真理子は自分と涼平のあまりの普通さに微かに眩暈がした。

 

 自分たちはこれから、先週のセックスの続きをする約束で会っているのに。

 

 涼平の表情はいつもと何も変わらず、……おっ、と真理子の服装を覗き込む仕草をする。


「……ちょっと今日はいつもより女の子らしい格好だね。

 嬉しいなあ」

 

 真理子は服装に関してはいつも無頓着だ。もっと言ってしまえば、大抵の女性が興味を持っているはずのものの大抵について反応が薄い。

 普段の出勤時は、特に服装については規則がないのに、毎日制服のようなきっちりしたスーツを着込んでいく。選ぶのが面倒臭いからだ。

 今日着ていた服は、珍しく昨日散々迷ったものだった。

 体にフィットしたニットと、ふんわりと広がるフレアスカート。今年初めて履いたブーツ。女らしくなりすぎたかなと恥ずかしくなって、かっちりしたコートで隠している。


「……休日ですから」

 

 動揺を覚られないために、真理子はできるだけ冷ややかに答えた。

 今日、涼平に会う前、……いや昨日の夜から。もっと前からかもしれない、土曜日の待ち合わせのことを……涼平のことをずっと考えていたからだ。

 ずっと緊張していた胸のうちを覚られまいと体を固くする。


 涼平は笑いながら、そうですか、と言い、真理子が座っていたベンチに腰を下ろした。何となく真理子も再び横に座る。


「……なんで、ここで待ち合わせなの?」

 

 永山公園は、このあたりではかなり大きな公園だ。……公園というより、複合施設といったほうが正しいかもしれない。

 運動場やプール、ボートで遊べる池なども併設されており、利用者は多い。今日もたくさんの人でにぎわっていた。週末だけあって家族連れの姿が目立つ。

 真理子の問いに、うーん、と涼平は首を捻った。


「トイレもあるし。天気もいいみたいだったし、ちょっとデートっぽくていいかなと思って」

「……デート?」


 真理子の言葉に含まれた僅かな険に気づいたらしい。涼平は少し顔を真理子のほうに回した。


「わかってますって。デートじゃないことは。

 ……別にいいでしょ、少しそういう妄想を取り入れたって」

 

 ……妄想?

 何を言っているのか、訳がわからない、とぼんやり考えていた真理子の横で、涼平はおもむろに鞄を開け、ごそごそと何かを探していたが、やがて手を真理子のほうに差し出した。


「はい」


 涼平の手の上には、うずらの卵のような白いものが乗っていた。

 キーホルダーか何かのように、紐が端についている。

 真理子はじっとそのものを覗き込んだ。


「何、これ?」


 涼平は面白そうに答える。


「や、ローターでしょ」


 瞬間、固まった真理子の表情を見返して、……え?と涼平は呟いた。


 ローター?

 その単語は聞いたことがある。どんなふうに使うものなのかも恐らく知っている。しかし実物を見るのは初めてだった。

 なんでこれが、今、涼平の手に乗っているのだ?

 しかも、はい、って……どういうこと?


 固まり続けている真理子の顔を見て、涼平はあからさまに吹き出しそうになるのをこらえてから、言葉を継いだ。


「そこのトイレで、あそこに入れてきて」


 ……そこのトイレで……あそこ……?


「ええっ!?」


 一瞬間があき、やっと涼平の言葉の意味を理解した真理子は、思わず体を後ろに引いた。首を振りながら眉根を寄せる。


「嫌だよ、何でそんなこと」


 涼平は真理子のほうに少し顔を寄せ、囁いた。


「……言ったでしょ。俺変態だって」


 途端に真理子はぎゅっと心臓を掴まれたような感覚に襲われる。仮眠室の記憶がさっと蘇る。

 ……しかし、この男は、何でこう一瞬で、ここまで空気を変えられるのだろうか……?

 すうっと周囲の温度が低くなったかのようなその声音に、ほとんど無意識のうちに真理子は体をぶるっと震わせていた。


「――よくやるの?こういうこと」


 やっとの思いで平静を装い、尋ねる。

 ううん、と涼平は何でもないことのように首を横に振った。


「初めてだよ。ちょっとやってみたくて。

 入れてきて。

 ……続き、してもいいって言ったよね?」


 また最後のほうは顔を寄せて、低く囁いたその声音には、確固たる……何か抗えないような響きがあった。

 

 観念して、真理子は無言でローターを涼平の手のひらから摘み上げた。

 ……仕方ない。これをしないと、先に進まない。

 もう、と涼平の顔を見ながらわざとらしく眉を寄せ、トイレに向かう。

 本当を言えば、……このまま拒んで、何もなく帰ることだけはしたくなかったのだ。


 トイレで下着を下ろすと、ローターをぐいっと膣に入れ、また下着をあげる。

 ヒヤッとした違和感があった。冷たさはすぐに消えたが、何か引っかかったような感じが残る。

 トイレは週末らしく、人でごったがえしていた。誰にも見られていないのはよくわかっていたのに、どこかで誰かに見られていたら……と、変な汗が滲み出そうになる。

 真昼間の公園のトイレで、こんなものを自身の秘部に入れている自分が恥ずかしい。トイレから出てからも、顔にのぼってしまいそうな熱を必死で抑え、平静を装う。

 ……その恥ずかしさが、ひりついたような感覚を下腹部に残していることも、何となく判っていた。

 

 真理子が戻ってくるのを見て、涼平はすぐ立ち上がった。


「じゃ、行こう」

「……どこに?」

 

 自分の秘部に異物を入れている、という感覚が、早くも真理子を支配し始めていた。

 そして恐らく、真理子の知識が正しければ、……ローターの動作は涼平が握っているはずだ……。

 

 涼平は何気なく真理子の手を握った。


「この公園の東出口から出たらホテル街だから。そこまで散歩がてら歩こう。

 ――それくらい、デート気分を味わったって構わないでしょ?」


 歩き出しながら、涼平はにっと笑うと続けた。


「……動作確認しとく?」


 途端に、じいんと鈍い感覚が真理子の秘部を襲った。


「きゃっ!」


 真理子は思わず膝を閉じ、少し前のめりになる。

 涼平はコートのポケットにリモコンを忍ばせているらしい。すぐにその刺激は消えた。


「はは、いいね」

 

 涼平は顔中で笑った。……会社では見せたこともないような、晴れやかな笑顔だった。

 その笑顔は、抜けるような青空のもと広がる、その公園の風景とよくマッチしていた。

 ……と同時に、現在の二人の状況にはおよそそぐわなかった。

 

 こんな場所で、こんなものを体の中に抱えながら、手を繋いで歩くなんて、これでいいのか、何かがとてもおかしいような気がしたが、

 少しずつ、……どうでもいい、と考えることを放棄し始めた自分がいた。

 真理子は手をとられて歩き出しながら、自分の中で静かに時を待っている爆弾の存在に、頭の奥のほうが痺れてくるのを感じていた。


 

 

 永山公園の正面入口から、西側のほうはメインの公園や運動場などがあり、大勢の利用客で賑わっている。

 しかし、涼平と真理子が歩き出した東側は、遊歩道のような造りになっていて、うっそうと林が茂る中に細い道が張り巡らされているだけで、格段に静かだった。奥に向かうほどその人影はますます疎らになっていく。

  

 涼平は真理子の手を引き、大そう楽しそうだった。


「俺、こういうとこ散歩するの好きなんだよね。森林浴って感じで」


 珍しくいつもより饒舌な涼平は、これまた珍しく楽しそうな笑顔を真理子のほうに向けてこぼす。


「ねえ、涼平、誰か知り合いに会ったら大変だし……」


 いくら静かだとはいっても、週末の昼間だ。全く人影がないということはない。

 真理子は気が気でなく、涼平に握られている左手をむずむずさせるが、涼平はまったく手を離す様子がなかった。


「大丈夫だよ、職場からも遠いし。会わないって」


 自信満々の声に、何の根拠もないくせに……と思ったそのとき、また体の奥でくぐもった震動が真理子を襲った。

 わっ、と言いかけた声を辛うじて飲み込んで、……しかしびくっと体が震える。涼平がまた気まぐれにローターのスイッチを入れたのだ。

 

 ローターが動き出すと、低いモーター音が響く。……真理子にはこの音が振動として伝わってくるから、周囲にどのくらい音が聞こえているのかわからなかった。

 時々、遊歩道で人とすれ違う。その度に真理子は緊張で心臓が口から飛び出しそうだった。

 誰か知り合いだったら。そして、このモーター音が聞こえて、自分の中に異物が入れられていることを感づかれてしまったら……。


「ねえ、音聞こえない?」


 真理子は居たたまれなくなり、涼平に訊いた。涼平はちょっと真理子のほうを振り返ったが、首を傾げた。


「どうだろう?耳を澄ましたら聞こえるかもね。

 俺は振動が伝わってくるけど」


 言うと、また涼平はスイッチを入れた。


「ひゃっ!」


 思わず声が出て、慌てて口を押さえて周囲を伺う。

 ……さっきから、声を出さないようにじっと神経を集中していたのに、涼平と話していて油断していたのだ。


 遊歩道には、時々休憩所がある。ベンチが置いてあるだけなのだが、雨風をしのげるよう屋根があり、低い壁で囲ってあった。

 さっきから何回か通り過ぎた休憩所には、大抵腰掛けて休んでいる人の姿があったが、今ちょうど通りかかった場所には人の姿はない。……そういえば、遊歩道ですれ違う人の数も減っていた。だいぶ遊歩道の奥まで来たらしい。

 

 涼平はいきなり、真理子の手を引っ張って、その休憩所に入った。そのまま、入ってすぐの壁に真理子を押し付ける。


「きゃっ」


 驚いて小さく叫んだ真理子は、ふっと首もとにかかった涼平の息に、びくっと体を震わせて息を詰めた。


「……だいぶ感じてきた?」


 涼平は囁くと、真理子のスカートの下から手を入れて、真理子の太腿をさわっと撫でた。その冷たさと感触に、また体が震える。 


「ちょ、やめて……誰か通ったらっ」


 途端に、モーターの回転音があがった。涼平がローターの出力をあげたのだ。


「ひゃ、あんっ」


 堪え切れず、鼻にかかった声が漏れた。


 さっきから、何の前触れもなく突然体の中で蠢くそのものに、単純な物理的な衝撃とは別の感覚も芽生え始めているのは確かだった。

 その震動を感じるたび、じわじわと少しずつその量を増す……甘い疼きを堪えるのに必死だったのだ。


 涼平は手をずらして、真理子の秘部を下着の上から少し押さえた。


「……いい感じ」


 その言葉に、かっと頬に熱があがる。……その場所が、確かに熱と湿り気を帯びているのにも、もちろん気づいていたからだ。

 涼平はちろっと真理子の首筋を舐めて、……またぶるっと体が震えた。

 

 二人ともコートを着ているので、真理子は自分に寄りかかっている涼平の体重は感じても、体の感触はわからない。その曖昧な感触が、ここは外だという実感をさらに鋭敏に伝えてくる。


「ね、ほんと誰かに見られたら困る……」


 体の中の震動に堪えながら、必死で真理子は涼平に哀願した。


「――でも、真理子こういうの好きでしょ」


「え?……なんで?」

 

 涼平が真理子の体から離れながら、妙にきっぱりとそう言って、真理子は目を丸くした。……急に、いったい何の話?

 同時にローターのスイッチが切られて、真理子は無意識のうちにほうっと息をつく。

 また手をとって歩き出しながら、涼平も真理子の顔を怪訝な表情で見返した。


「何でって……すぐわかるよ。

 さっきから感じてるだろ?こないだだって」

 

 ……感じているのは、それは、そうかもしれないけど……。

 きまりの悪い真理子の表情に、涼平は怪訝な顔つきのまま続ける。


「えーと、……予想外に開拓されてない的な?」


 開拓……?

 涼平の言う、こういうの、というのがどういうものを指すのか、あいまいだったが、……ここまで歩いて来る間、自分がこの状況に感じてしまっているのを認めないわけにはいかなかった。

 さっき、休憩所で太腿を触られたときも、恥ずかしさと同じくらい、いやそれ以上かもしれない快感で体が震えた。……そしてその震えも全部、涼平に気付かれているのが、またどうしようもなく恥ずかしくて、涼平の顔をまともに見られない。

 涼平は、自分がどういうことに感じるかちゃんと理解していて、こんなことをしているのか?

 ……もちろん、涼平自身も楽しんでいるのは明らかだったけれど。

 

 祐輔は、……祐輔とは、全然違う、……。


 でも、……何が違うのか?


 ……よく、わからなかった。


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