始まりは夜のオフィスで

第4話 辿り着いた出口

辿り着いた出口

　涼平のキスは、さっきのオフィスでとはうって変わってとても優しかった。

　そっとその場所に柔らかい唇を押し当てられ、甘く噛まれて……唇から溶けていきそうな感覚に足下を掬われそうになりながら、……真理子は、胸の奥がちくっと音をたてたその痛みをはっきりと感じ取っていた。

　祐輔と別れるつもりはないと言っておいて、こういうことだけ求めるなんて。……なんて、自分勝手なのだろう。

　俺もそこまでガキじゃないつもりだから、と言ってくれた涼平の気持ちに甘えていた。

　……せめて、涼平にも満足して欲しい。

　そう思う気持ちすら自分勝手なのだと、わかってはいたけれど、……真理子はぎゅっと目を瞑って――脳裏の葛藤にも目を瞑って、そっと、涼平の背中に手を回した。

「――とりあえず、普通のやつね」

　唇を離した涼平は囁いて、おもむろに真理子の体を持ち上げた。思わず涼平にしがみつくその体をベッドまで運び、横たえる。

　そのまま真理子の上に覆いかぶさって、またキスをしながら、涼平の右手は真理子の首筋のあたりから、胸のあたりまでを優しく撫でた。

　さっきまでのオフィスでの愛撫の余熱で、真理子の体はすぐに熱を持ち始めていた。涼平の首筋に添えられた真理子の手が、その余熱を確かに涼平に伝えてきたし、……それに呼応して、頭の奥がまた熱を持つような感覚。

　涼平は真理子を愛撫しながら、自分のワイシャツのボタンを外した。名残惜しそうに真理子の唇から自分のものを離すと、下に着ていたＴシャツも脱ぎ捨てる。

　それから、真理子のカットソーとキャミソールをそっと脱がせて……ブラジャーだけになった上半身を、ぎゅっと抱きしめた。

　布越しではない、直に感じる涼平の肌の熱さに、真理子ははあっと吐息をもらした。

　身長もごく平均くらいだし、体つきも華奢に見えるくせに、その体は予想以上に筋肉質だった。

　涼平も、直に触れる真理子の肌に知らず息をついて、顔を埋める。首筋から胸の上に唇を這わせられるその感触がくすぐったく真理子を刺激する。

「――きれい」

　くすぐったさを何とか堪えながら、真理子は答えた。

「ほんと？

　――でもお世辞でも嬉しい」

「……お世辞なわけない」

　ぼそっと呟いた涼平の言葉にまたどきっとして――その動揺を覚られたくなくて、真理子は涼平の背中に腕を回した。

　涼平は真理子の背中に両手を回すと、ブラのホックを外した。そのまま、するりとブラジャーを外してしまう。

　露になったその胸を、涼平はじっと見つめた。

「――いや、恥ずかしいから見ないでよ」

　自分の胸を隠そうとする真理子の右手を、涼平は左手で掴んでベッドに押し付け、動かせないように押さえた。

　残る真理子の左手も、右手で胸から外してしまうと、涼平はそっとその右手で真理子の胸のふくらみを包み込み……やわやわと、その胸の柔らかさを確かめるように手を動かす。

　涼平はその胸の頂点には触れなかった。

　その頂点が次第にはっきりと勃ちあがり、真理子が切なく身をよじるのを楽しんでいるのだ。

　涼平はその指先でそうっと、乳首の先に触れた。……途端、びくん、とその体が震える。

　そのまま、ほんのすこしずつ、涼平は乳首に刺激を与え続ける。……もっと、もっと、と真理子はその先を欲するのを、必死で隠そうとするが、……もちろん、それも全て涼平に覚られている。

　涼平は片方の乳首の先を、ちろっと舌で舐めた。

「あ、あっ、あん……」

　刹那、真理子は絞り取られるような声をあげた。

　――こうして欲しかった。

　もっと、もっと……。

「声出しちゃ駄目。

　……もし誰か通ったら気付かれるよ」

　涼平は指先で乳首を挟み、転がしながら、真理子の耳元で囁いた。ぐっと声を押さえようとする真理子の反応を楽しみながら、すぐに乳首への愛撫を再開する。

　存分に、涼平は真理子の乳首を吸ってあげた。口の中で転がしたり、舌先でつついたり。吸いながら、その胸を揉みしだく。

　真理子はそのたびに体を震わせた。

「うっ……あはあ、っ……」

　必死で声を抑えているが、どうしようもなく時折声が漏れた。……その、声を我慢しなくてはならないと思う気持ちが、ますます快感を煽っていく。

　乳首を吸いながら、涼平は真理子の下半身に手を伸ばした。片手で器用にスカートのホックを外し、脱がせてしまう。もう真理子の体に残っているものは下着だけだ。

　涼平は真理子の股を大きく開かせ、その間に自分の体を入れた。その下着に指を這わせて、熱く湿っているのを確かめる。

「すごい濡れてるよ。

　――気持ちいい？」

「ん、あっ……き、きもち、い…………」

　真理子は涼平の首に両手をからめて、その髪をぐしゃぐしゃと触った。……押し寄せる快感に、もう自分が何をしているのか、自分がどういう状態なのかもはっきり認識できない。

　涼平は少しの間、下着の上から割れ目をなぞっていたが……ふと、下着の横からするっと指を入れて、割れ目に指を沿わせた。

　指が滑る、ぬるっとした感触が真理子にも伝わる。

「あ、ひゃっ」

　想像を絶する刺激に、真理子は思わず腰を後ろに引き、その指から遠ざかろうとした。

　涼平は両手で真理子の腰を押さえると、その下着をするっと取り去ってしまった。真理子の秘部の茂みが、暗い室内灯の明かりに晒される。

　涼平はその割れ目を指でなぞった。割れ目の中の突起には触れないように気をつけながら。

　左手は、乳首への愛撫をやめない。

　涼平の手が動くたびに、真理子は押し殺した声を漏らした。

　と、涼平は人差し指を、するっと真理子の中に差し入れた。……そのまま、ぎゅっと奥まで指を突き入れる。

「きゃ……！」

　真理子の脚が跳ねる。

「この格好、いやらしいね……

　駄目だって、声を出しちゃ」

　真理子の両脚を自分の肩に乗せて、思い切りその脚を開かせる。

　膣に差し入れた指を、ゆっくりと動かして、手前と奥に交互に刺激を与える。

　……ぴちゃ、ぴちゃっ、という音が部屋に響いた。

「ほら、この音、聞こえる？」

　真理子は快感に意識が飛びそうになりながら、辛うじて首を振った。

「い、いや……恥ずかしい……はぁっ、あんっ」

　部屋の中に、真理子の分泌液の音と荒い息、それに混じる声だけが響いていた。

　真理子の体のなかに渦巻いていた疼きが、収束してくる。

　どこか、出口へ。

　もう少ししたら、その出口は見つかりそうだった。

　セックスで絶頂を迎えたことは何度かあったが、ほんとうに数えるほどしかなく、……それも、もしかしたらいったのかな？と感じる程度だった。

　こんなふうに、絶頂を迎えなければ収められない疼きがあることを、真理子は初めて知った。初めて味わう、……体中が絶頂に向かって駆け上がりだすようなこの感覚。

　もう少しだ。

　……もう、涼平の全てが欲しい。

　涼平の指の感覚に痺れながら、真理子は、もっと大きくて荒々しいものが欲しい……と願った。

「……り、りょうへい……あ、あっ」

　涼平は、人差し指と中指をそろえて、真理子の下の口から出し入れしていた。

　時折指を曲げて、内側の襞を擦る。

「ああっ……涼平の、ほしい、ねえ、いれて……」

　涼平は指を真理子の膣から抜いた。

　真理子の上に覆いかぶさって、真理子の乳首に、自分の指についたものを擦り付ける。

「……ほんと、やらしいな、すごすぎ」

　涼平は面白くて堪らないといった口調だった。

「……それは、駄目だよ」

　涼平の口から出た言葉に、真理子は驚いて涼平を見た。

　と、乳首を強めにつままれた、その指に、また、体が忠実に反応して震える。

「だって、今日こんな展開になるとは予想もしてなかったから。

　ゴム持ってないんだよ。

　ほんと、こんなときに現実的な理由で申し訳ないけど」

　涼平は苦笑いが混ざった声をもらし、口の端を自嘲気味に曲げた。

「入れたいよ。気がヘンになりそうなくらい入れたいけど。

　……でも仕方ない。

　今入れたら、暴発させない自信がないので」

　涼平は顔を寄せて囁いた。

「……ほんとの続きは、またしよう？」　

　その声の響きに、ぞくっと全身に鳥肌が立つ。

　……自分の囁き声の効果をよく解っているのだと思う。涼平は。　

　これで終わりではないのだ。……終わらせるつもりもないのだ。

　真理子ももう抗えなかった。抗うつもりもなかった。

　涼平のものが欲しいという、どろどろとした――しかし何よりも明確な、ひとつの欲望に。

「……ん」

　頷いた真理子に、涼平は心底嬉しそうな表情をして―― 一瞬でその顔が少年のようなそれになる。

　その表情に、思わずどきっと胸が鳴って、……動揺を覚られないために、真理子は咄嗟に涼平の首に手を回して抱き寄せた。

　その手が、真理子の秘部に伸びて、もう極限まで勃ちあがっていたその突起にそっと触れた。

「きゃ、ひゃあっ」

　真理子の体が波打つ。……これまでに味わったことのない感覚だったのだ。

　涼平の指先は、確実に真理子のクリトリスを捉え、的確な刺激を与えてきた。……その体を知り尽くしてでもいるように。

　涼平は真理子の両脚を開き、その茂みに顔を埋めて、ぺろっ、と割れ目を舐めた。

　瞬間、体中に走る衝撃と……さらに体を締め付け、絞り上げる電流。

「きゃ……涼平、いや、やめて、恥ずかしい……ああ、はあっ」

　ガタガタと全身が震える。……その場所をを舐められたのは初めてだったのだ。

　自分の秘部を涼平の視線に晒している恥ずかしさと、初めて味わうその快感。

　涼平は割れ目を舐めながら、少しずつその場所を突起の側に寄せる。……そして、舌先で少しクリトリスを押さえた。

「ひゃあっ！」

　ベッドから跳ね上がりそうになるその体を、涼平の手が押さえた。ちょうど届いた乳首を両手できゅっと摘まれる。

　その間も、真理子の突起に切れ目なく与えられる刺激に、真理子の中の快感の渦は、一気に体の中を駆け上りはじめた。

　開かされている脚に、ぎゅうっと力が入った。

「あ、あっ、あん……」

　もう言葉にならない声を漏らしながら、知らず、真理子の瞳から涙がこぼれた。

　もう、ここが会社の仮眠室であることも、宿直中であることも、組み敷かれているのが涼平であることも……全て真理子の頭から吹き飛んでいた。

　全身が、これまで辿り着いたことのなかった高みにまで上り詰めるのがわかる。

「あっ、いく、いきそ……」

　言いながら、真理子は呆気なく頂点を超えた。

　体の奥のほうがきゅうっと収縮して……びく、びく、と跳ねた。

　どこからか声が漏れる。……自分でも初めて聞くような、鼻にかかった甘い声。

　体から完全に力が抜けて、真理子ははあっと深い溜息をついた。

　真理子が完全にいったのを見て取ると、涼平は体を離して、よしよし、と真理子の頭を撫でた。

「やらしかったよ。最高」

　ちゅっ、とおでこにキスをされて、すぐに離れていく涼平の表情を、ぼんやりと見遣る。

　この、無邪気な笑顔を顔に浮かべた目の前の男に、あっさりといかされてしまった。……しかも、これまで味わったこともないような深い絶頂に導かれた。

　真理子の背筋を一瞬だけ鳥肌が走る。……ふと、恐怖に駆られたのだ。

　涼平は真理子にタオルケットをかけてやり、少しの間真理子の頭を撫でていたが……ちらっと時計に眼をやると、すぐに起き上がった。

「もうこんな時間だ。俺、そろそろ行くわ。

　どっかで時間つぶして始発に乗るよ」

　涼平はベッドから降りると、Ｔシャツとワイシャツを着て荷物を手に持ち、……そしてまた真理子のほうに顔を寄せると、囁く。

「来週の土曜、また会える？」

　真理子は少し黙ってから口を開いた。……すぐ頷くのがためらわれたのだ。

「――今のところは空いてる」

　涼平はそんな真理子の心中も知らぬげに、嬉しそうに頷いた。

「ん。じゃまた詳細はメールする。

　またね。今日はありがとう」

　最後にまたちゅっとキスをすると、涼平はパタンと部屋から出て行った。

　真理子はしばらくそのまま動けなかった。

　だいぶ時間が経ってから、力を振り絞って立ち上がると、シャワーを浴び、寝間着に着替える。

　そのままベッドに倒れこんで、真理子はすぐに深い眠りに落ちた。

　この2週間味わえなかった、空っぽな深い深い眠りだった。