第5話 指輪でつぶやき

 年代、性別問わず填めていても文句を言われない指輪がある。言わずと知れた結婚指輪だ。

 自分の指にも何年も居座っているのだけれど、手を洗う時など、時々外す事がある。

外した指を見てみると、ここに居ましたとばかりに指輪の跡が残っていた。

 

いや、多分填め始めた頃よりも体型変わりすぎて、肉に食い込んで出来てしまっただけなんだが……。


 何にしても、指輪の無い指にもクッキリと指輪が刻まれているのだ。

 たまに、正直怖くなる時がある。


 逃しませんよ!

と、無言の圧力をかけられている気がして……。


 パートナーの名誉の為に言っておきますが、決して嫌って別れたい、とか思っている訳ではありませんっ!! 


 結婚指輪は、特に女性にとっては特別な想いが込もっているように思う。まあ、必ずという訳ではないのだけれど……。

 帰属欲求というのだろうか、マズローの欲求5段階説の中にある1つで「家族などコミュニティの一員として存在する欲求」だったかな。

 他人同士が同じコミュニティであるという証を求めたもの。それが結婚指輪という訳か……。


 ただ、時として重過ぎる。

 ほんの数グラムの貴金属にすぎないクセに尋常でなく重いのだ。


 これを填めた途端、妻や夫。家族か増えれば母や父となる。今まで個としての「〇〇さん」だった存在が一瞬にして消てしまう。

なんだが決められた役目を果たしきれ!と言外に言われているようだ。

「〇〇のパートナーさん」とか「〇〇の親御さん」と呼称され、藤沢充という、自分の名前を呼ばれなくなって久しい気がする。

 別にそう呼ばれる事が嫌いな訳ではないのだけれど、自分という個が置き去りにされている感は否めない。

 今までの自分を全力で否定されている感じがして、たまに無性に寂しくなる。


 帰属欲求より承認欲求の方が強いのかしら?


 ん?!

 でも、承認欲求って帰属欲求のもう1ランク上の欲求だったような……。

 だったらこの指輪を使った帰属の証に、十分満足しているという事か?


 薬指に残った指輪の跡と、無数の傷で輝きを失った微かに歪んだ指輪を眺めながら、ふと考え込んでしまう。


 雨の夜は、余計な思考を運んでしまうらしい。


 

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