……ねぇ、なんで

CHOPI

……ねぇ、なんで

 ……ねぇ、なんで。つらいのはキミの方でしょう?

 なのに、なんで。キミはいつも、笑って隠してしまうのですか?


******


 西日が差す窓辺。まだまだ日差しが強く、熱気が籠っているのを換気しようと窓を開けると、思いの外涼しい風が肌を撫でていく。窓の外、目を凝らせばチラホラとトンボが飛んでいて、もしかすると秋の足音が聞こえ始めているのかもしれない、なんて思った。


「こんな物しか無いけど」

 そう言いながら私は、彼の目の前に麦茶と数個の氷の入ったコップを置く。彼はそれを見て『気にしなくていいのに』なんて言う。

「ごめん、気を遣わせて」

 眉をハの字にして困ったように笑う彼が謝る言葉を聞いて、『なんで』と思う。気を遣った覚えはないのに。


「……私が飲みたかっただけだよ」

 ――あぁ、少しでもキミの心を軽くすることが出来たら。思うことはそれだけ。


******


 彼は強くて、その分優しい。彼自身につらいことがあっても何でもないふりをして、笑って全てを誤魔化してしまう。その彼の優しい強さを見て、私は何も言えなくなってしまうのだ。不満も愚痴もすべてを飲み込んで、たった一言『大丈夫だよ』と言って、他人ひとを安心させるように優しく穏やかな笑顔を見せる。


 ……ねぇ。キミの本音は。どこにあるのですか?


 彼のその笑顔を見る度、心の中で何度も何度も問いかけてみた。だけど全然そんなこと、わかるはずも無くて。彼のその笑顔を見る時、私の方が泣いてしまう。本当は、彼の方が泣きたいだろう。なのに、そうやって笑って隠してしまうから。私は苦しくて、悔しくて、泣いてしまうのだ。


******


 今日も、彼は何も言わない。時折視線を彷徨わせてはいるけれど、彼の心はもう、ここにはいない。そのことが私には、痛くて、苦しい。だけど不器用な私には、何もすることが出来ない。ただ黙って彼が落ち着くのを待てば、彼は次第にこちらに戻ってきて、そしてほら。

「ごめん、もう大丈夫」

 また、そうやって。全て飲み込んで、笑うんだ。


 なんで。どうして。優しいキミが、こんなにも傷ついているのに。


 言葉に何一つ出来ない私は、音にならないそれらの代わりのように、溢れ出てくる涙を止めることが出来なくなる。ギリギリと締め付けられる胸の痛み。私にはどうしようもないやるせなさ。彼を救いたいのに救えない自分自身への怒り。せめぎ合うそれらの感情を持て余して俯いた。


「なんでいつもキミが泣くんだろうね」

 ――まるで、泣くことが苦手なオレの代わりに泣いているみたい。

 そう言う彼の声が向かい側から聞こえる。その声はどことなく困っているようなトーンを含んでいて、困らせたいわけでは無い私は、俯いたまま止まらない涙を必死に拭う。

「だーめ。擦ったら目が赤くなっちゃうから」

 彼が私の腕を優しく掴む。だけど力強く涙を拭っていたから、既に少しだけ目尻が痛い。

 

 なんで。こんな時までキミは。そんなに優しいの。


 ようやく涙が止まったころ、麦茶の氷は全部溶けていた。水滴で濡れたコップを手に取って薄まった麦茶を流し込む。普段は香ばしい香りのするそのお茶が、今日は香りを感じられなかった。

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