純粋でどんくさい幼馴染は私が守らなきゃって思ってたのに……結局私が手ぇ出してどうすんだ!!
燈外町 猶
崩れ落ちる理性
こんなにも彼女が愛おしいのは、幼馴染という間柄だからなのだろうか。それとも彼女が愛おしいから、幼馴染という間柄で呼び合えるまで一緒にいられたのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えてしまう程に、脳内が常に彼女で満たされている。
「ひーちゃん、かえろー!」
「うん」
帰りのホームルームが終わってすぐに、彼女——
なんとなく『度を超えたスキンシップなのでは……』と不安が過ぎる瞬間があるけれど、クラスメイトの反応は——
「相変わらず羨ましい……私もあんな風に
「そう? 私はああやって
——と、全くの無問題らしい。……無問題なのか、これ。
「あのね、今日グランドで鳩が寝てたんだよ! お腹つけて! 気持ちよさそうに! 可愛かったなぁ!」
「そ」
可愛いものを語るこまが可愛すぎて話が頭に入ってこない。
「そって! ひーちゃんそっけない!」
「はいはい、ごめんごめん」
「も〜、うわわっ」
「っと。大丈夫?」
「うん。ありがとうひーちゃん!」
こまは普通に歩いているだけで、凹凸も段差もない地面に平気で躓いたりするから困る。最初に手を繋いだ理由は確かこれだったなぁ。
「それじゃ、また明日」
「ん。……ん? 待ってひーちゃん! 今日の分まだしてない!」
「あーうん。じゃあはい、どうぞ」
こまの家に着いてあとはもう『さよなら』をするだけ。このタイミングで最近、行うことがある。
「んふふ、ひーちゃぁあ〜ん」
「……ん」
ハグと呼ぶには密着率が高く、長い長い抱擁。身長の関係上、こまは私の胸元に埋まってしまっているけれど苦しくないんだろうか。
こんな、私にとっては【喜び:困惑=2:8】のような儀式が行われ始めたのは今週の月曜日からで、こま曰く、「テレビで見たの。人ってね、体に触れてる時間が長い人のことを自然と好きになっちゃうんだって! だから、ひーちゃんが私のこと好きになってくれるまでぎゅってするんだぁー!」とのこと。
……。わかってる。こまの言う好きが私とは違う好きだと言うことはわかってる。わかった上で、心の中で叫ばせてくれ。
こまにそんな適当なことを教えたのはどこのなんて番組だ! 早く有害指定されて打ち切られてしまえ!! こまが私以外にこんなことし始めたらどう責任を取ってくれるんだ!!!
「……好きに、なった?」
「まぁまぁ」
「足りない! じゃあ明日はもっとしようね! ばいばい!」
余韻もへったくれもなくパッと離れたこまは手を振って家に入っていく。こらこら、こっちばっか見てたらまた段差に……あぁ……言わんこっちゃない。
でもまた立ち上がって笑顔を振りまくこまは……眩しいくらいに輝いていて。
そんな表情を見るたびに、自分の魂にこびりついたどうしようもない感情を自覚する。
明日……明日って土曜日か。いつもは一緒にテレビ見たりゲームしたり漫画読んだりするだけだけど、あの宣言……どうなることやら。
ドキドキともザワザワともとれない胸の高まりを静めるため、深呼吸をしながら帰路についた。
×
「わぁー可愛い! これ着ていいの!?」
「ん」
「やったー! ありがとうひーちゃん!」
ありがとうはこっちのセリフなんだが? こまに合うと思って大枚叩いて買ったトレーナーの上下セット。着てもらえなかったら一生お蔵入りになるところだった。
あえてオーバーサイズにしてみたけど……
「えへへ、ぶかぶか〜」
かっっっっっっっっわいッ!!!! こまからしか得られない栄養素の過剰摂取で死ぬ!!!
……コンビニ行くときは絶対着替えさせよ。私以外の誰にも見せてはいけない……!
「ひーちゃん」
こまが遊びにきてから1時間程経って現在午前11時。ずずいとこちらへ迫ったこまを見て、その意図を察する。
「ん」
漫画雑誌を両手で持ったまま万歳をして彼女を受け止める体勢を見せれば、そこが定位置であるかのように飛び込んでくるこま。
勢い余ってベッドに倒れ仰向けに。意識を逸らすために漫画を読もうとしても、こまが顔を視線に割り込ませてくるので叶わない。
「もー漫画読むのやめて、ひーちゃんもぎゅってして」
何度かそんな攻防を繰り返すと、ついに言い渡されたこまからの注意。諦めて漫画をベッドの宮棚に置き、彼女に抱擁を返してみる。
「……ん」
や、やらかぁ〜……。いつもの硬いブレザー越しの感触じゃなくて……ふわふわの感触がダイレクトに伝わってくる……。
「えへへ、ひーちゃん。このまま寝ちゃおっか?」
言うとこまは頭部を胸元から私の顔の横に移動させ、抱きしめたまま、耳元で何やら唱え始めた。
「好き……ひーちゃん大好きだよ」
「っ!」
「すきすきすき。私のことも好きになっちゃえ。ね、好きになって? ひーちゃん」
「っ〜〜〜!」
む、ムリ。無理だ、クラクラする。こんなことされながらこんなこと言われて我慢できるはずがない。
「ひーちゃん?」
絡み合ったまま転がり、こまを見下ろすような体勢に。
無意識の意趣返しなのか、体重をかけて密着し全身で彼女を圧迫する。それから——
「ひゃうっ」
——目の前にあった彼女の耳たぶを甘咬みした。
「っ……」
聞いたことのない、驚きでも嫌悪でもないこまの声に……お腹の奥底が疼く。
「あっ……ね、ねぇひーちゃ、これ、なんか……変だよぅ」
燃ゆる情動は止まることを知らず、硬い歯ではなく柔らかい舌を使い、耳たぶだけでなく奥へ奥へ。
「どんな風に?」
「わ、わか……わかんないぃ」
小刻みに体を震えさせながら、彼女が私を抱く力は増していく。高まる体温と汗ばむ皮膚に、私の理性は……。
「んっ……ひーちゃ……ぁ」
「ご、ごめっ!」
なぁに無意識に胸触ってんだ私! トレーナー越しとは言えアウト過ぎる……落ち着け。落ち着け!!
……こま……意外にサイズあるし下着も肌触りとか着け心地重視なんだよねぇ……となると触り心地もたまらなく良くて……この状態でもやばいのにもし、もしも直接触るようなことがあったらもう……そんなんもう……!!
「……はずす……?」
「外さなくていい! 大丈夫!!」
潤んだ瞳の上目遣い……威力が高過ぎる……! というか葛藤バレてんじゃん恥ずかし! ……でもお陰で我に帰ることができた……一旦離れて深呼吸しよう……。落ち着け……こまの純粋さを利用して私が手を出すなんて許されない……。
「こま、嫌じゃないの……?」
「全然。嫌じゃないよ。……幸せすぎて、溶けちゃいそう……」
「ッ!!!!」
落ち着く必要、ナシ!!!
×
「
「っ!」
階下から響く母親の呑気な呼びかけにより、遠くへぶん投げていた理性が帰還した。外はすっかり夕暮れに染まっている。
「た、食べてくって〜!」
「はーい」
あまりに慌て過ぎて、当人のこまに確認もせず返事をしてしまった。
「ねぇ、ひーちゃん」
私が冷静さを失い無我夢中で堪能したせいで、こまの髪はぐしゃぐしゃ、服も乱れ荒い呼吸を繰り返している。
「……好きに、なった?」
私の腕枕に頭部を委ねながら、少し眠そうな笑みを浮かべてこまは問う。
「んー」
好きだよ。そりゃあ好きだよ大好きだよ。物心がついた時から今の今まで好きじゃなかった瞬間なんてないよ。けれど、ここで私が好きだよと伝えたら、こまが『そっか! じゃあもうぎゅってしなくてもいいね!』という可能性は十分にある。だから私は今日も——
「まぁまぁかな」
——赤らんだ頬を隠せもしないまま、そんな風に答えた。
「えー……じゃあもっともーっとぎゅってしなくちゃね」
「だね」
額を掠るように撫でると、こまは愛おしげに瞼を閉じる。
夕飯ができるまでの時間、相反する——伝わって欲しいと、伝わってくれるな——感情を込めて、もう一度、愛しい幼馴染を抱きしめた。
純粋でどんくさい幼馴染は私が守らなきゃって思ってたのに……結局私が手ぇ出してどうすんだ!! 燈外町 猶 @Toutoma
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