ムニーラ料理とイノームオークの絶賛
◆「8-18 ヘラフルの憩い所にて (9) - 異国の高級料理」より:料理とイノームオークの絶賛
なかなか長い話だったが、ある程度話がまとまったあとは食事をすることになった。
「さてさて。どのような料理がやってくるのでしょうな?」
「さぞ豪勢な食事が振舞われるだろうことを見越して今日の朝食は質素なものにしてきましたよ」
「それはそれは。……まあ、私も豆のスープとラカースをかじったくらいのものですが。家計が傾いたのかと嫁に心配されましたよ」
「ほほほ」
と、貴族席の入り口から3つ目ほどの席でそんな商人か貴族と思しき2人の声。誰も彼もが楽しみにしている様子だ。
――やがて、赤いカーペットがしまわれ、代わりに置かれたテーブルには料理が運ばれてきた。
香ばしい香りとともに皿の数々が並べられていく。ビッフェ形式のようで、料理の皿はどれも大きい。
「おおぉ!? ……どれも良い肉だのう……。長い退屈な話を聞いとっただけあるのう! のうダイチ!?」
会合の話聞いてたっけか。俺まで退屈してた扱いしないでくれる??
ラディスラウスさんが軽く鼻で笑うが、その笑みには悪いものは少しもない。ヘリバルトさんも笑っている。
ラディスラウスさんはなんかいつの間にかインに好意的になっていたが、この分だとヘリバルトさんも取り込みそうだな……。
もっとも。インの言動があまり目立たないほどには、みんなの注意はしっかり料理にあった。
芳醇なハーブが香り立つバラトンキジの丸焼き。ゲラルト山産のシカだというシカ肉のクリームソース和え。レプロボス川のうなぎのパテ。具は多いがお馴染みのグヤシュスープに。
付け合わせの魚の白身の入ったザワークラフトも地味に美味かった。各料理少しずつつまんでいたものだが、インがにおいだけで美味いと断じたように、何でも美味かったものだ。
ただ、最高級だというパルミ・レッジチーズ――もちろん粉ではなかったけどパルメザンチーズだと思う――はともかく、ビールとワインは残念だったけども。
ビールはフィッタで飲んだものと変わらず常温で麦感の強い微妙なやつで、ワインはソラリ農場で飲んだものを上品にした感じの代物だったが、酸っぱいし渋いしでおよそ飲めたものではなかった。ガンリルさん宅での「飲めたワイン」はもはや幻だ。幸い、紅茶があったので口直しに淹れてもらった。
また、テホ氏のお抱えだという料理人に作らせたムニーラの料理――テホ氏が言うところの「砂漠の料理」も料理のラインナップに加わっていた。
ムニーラ料理もとい砂漠の料理は、チクピー豆という豆をつぶしてペースト状にしたマフス、マフスをつけて食べるのだというピタと名のついた薄いパン、マチュブースという大きな鶏肉入りのカレー色の焼き飯、お馴染みのケバブに、デザートのバクラワといったラインナップだった。
転生前の思い込みの知識で、砂漠の料理はスパイシーな料理かと思っていれば、いやいや意外にも食べやすく、また、さすがに甘さは控えめだが、バクラワの俺の知ってるスイーツと遜色ない美味しさにはびっくりした。
伯爵やマイアン公爵はバクラワは好みなんだそうで、堪能していた。バクラワはバターの風味豊かなパイ生地を重ねて層にし、間にピスタチオやナッツを入れてメイプルシロップやベリーシロップをかけたスイーツだ。
ちなみにマチュブースの焼き飯の「飯」はもちろんライス――米だった。
ただ、細長い米だ。バスマテというらしい。タイ米とかのあの類だが、タイ米よりもずいぶん細長かった。
このバスマテを用いたマチュブースは、大勢で食べる料理なのか今回用にこうしただけなのか、巨大な皿に入っていたのだが、茶色い米の上に初体験となったトマトなどの野菜やらろくに切ってない鶏肉やらをどかっと入れた料理で、かなりのインパクトがあった。
各種香辛料を混ぜ込んでいるらしく、食べていると、体がぽかぽかしてくるのが心地よかった。少し風合いは違うが、味はカレーに近かった。俺は食べたことはないが、インドカレーなどはこういった味わいなのだろうと思った。
ひょんなところで米を味わってしまったが、このマチュブースは姉妹がお気に入りのようだった。インも気に入っていたし、人気だね、米。よきかなよきかな。
――こうした砂漠の料理を含んだ料理群には、ケプラ騎士団の面々など、入り口に近い席にいる人たちが絶賛しつつ堪能していたのが印象的だったが、この料理たちに一番喜んでいたのはイノームオークたちだろう。
まるで料理中は静粛にという決まりを守るように彼らは3人とも静かで、黙々と料理を口に運んでいた。
とはいっても、平らげた皿の数はおそらく一番ではないだろうか。彼らが食べていない時間は俺は見ていなかったほどだ。
そんなイノームオークたちをときどきからかう人たちがいた。
ホイツフェラー氏もその1人で、「マスタスよ。どうだ? なかなか食べられない料理ばかりだぞ?」とビッフェのテーブル越しに陽気に質問すると、彼は「実に、実に、美味い」と聞いたことのないような機嫌のいい調子で声も高々に感想を述べたものだから、会場内はいくらかの冷笑を含めつつも和やかさが一気に増したものだった。
「よもや盟友である子爵ではなく、食事のためにセティシアを守るのではないだろうな?? 俺はあの演説におそらくこの面子の中で一番感動したのだがな」
テホ氏が喜色を浮かべながら、野次よろしく肩をすくめてそう皮肉を言っても、
「……正直、今はエディングのことはすっかり忘れていた。すまない、エディング」
と、ベルグフォルグ氏は“クソ真面目に”バッツクィート子爵に謝罪を言うのだから、会場内は次いで爆笑の渦に包まれてしまった。
「いいよ。今日くらいは使命を忘れ、楽園にいるつもりでいてくれ」
子爵は苦笑しつつベルグフォルグ氏にそう言葉をかけたものだが、爆笑の連鎖は止まらず、会場内はしばらくイノームオークが主役になり、彼らの討伐譚や身の上話を聞く場になっていた。
そんな和やかな雰囲気の中で話された彼らの陥っていた諸問題――食料問題はなかなか痛烈だった。
彼らは空腹に耐えかねて、セルトハーレス山とロッタフル山の間にある<モルモーの森>――モルモーというのは魔族に似たLV50近い凶悪な魔物らしいが、彼らは倒していたらしい――という森で乱獲していたのだという。
その末、動物はいなくなり、魔物の肉にも手を出したのだが逆に食中毒や毒によって死ぬことになり。
次いで、一念発起して仕事を得るため人里、つまり、ジギスムント領に赴かせても住人と問題を起こして投獄されるわと、事態は思った以上に散々で深刻だったらしい。幸い凄惨な事件こそ起こさなかったものの、伯爵がうまくやっていけるか懸念していたのも納得というものだ。LV50の魔物を倒せる狼藉者だしね。
こうした彼らの屈強な外見通りのエピソードは、子爵と会って人に慣れる以前のことなので、問題はないらしかったけれども。
この話の後、話を聞いていた一部の人の間で微妙に彼らへの不信の色がうかがえ、せっかく詰まった距離も少し開いてしまったものだった。
とはいえ、子爵はそこまで動じていなかったのはさすがというところか。いずれ話す話題ではあるし、その時に訪れる一時の不信も予想していたにちがいない。
……ところで。インはイノームオークたちと同等レベルの量を食べていた。毎度のこととはいえ……どんだけだよ。
イノームオークたち以上に目立つのは困るので、壁際に席を移動してもらい、俺やホイツフェラー氏でインの姿を隠して、おかわりの食事も取ってきてやっていたのはここだけの話だ。
隣席で見ていたウルスラさんはインの食べっぷりに驚いていたものだが、「あなたも大変ね」と、やがて“兄”である俺のことを笑うようになっていた。大変だよ、ほんと。
また、嬉しいところでは、ハリィ君とディディが挨拶に来たことだ。
彼らはディーター伯爵の護衛として一緒に移動していたので、伯爵が会場に到着後は裏で警備がてら話を聞いていたらしい。
「まさかダイチさんが来ているとは思いませんでしたよ」
「俺が誘ったんだ。ダイチほど面白い奴もなかなかいないからな。な、ダイチ?」
な、ダイチと言われてもとホイツフェラー氏に苦い顔をすると、笑いが起こった。
アルマシーやハムラ、それから隊長候補だというダークエルフも来ているが、彼らは警備任務中なので、そのうち会えるだろうとのこと。
>称号「ムニーラ料理を堪能した」を獲得しました。
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