ウルスラと歴々


◆「8-14 ヘラフルの憩い所にて (5) - 魔導賢人とお歴々の人々」より:ウルスラと歴々



 遠慮なく見定める眼差しを送ってくるヘリバルトさんに何とも言えなくなっていると、「ホイツフェラー様、その子はどなた?」と、別の方から妙齢の女性の声。


 見てみれば、ヴィクトルさん同じ濃緑の豪華なマントを羽織り――つまり七星だ――波打つ黒髪ロングヘアーを持った、妖艶な美女だった。瞳がダリミル君と同じでオレンジだ。

 アイシャドーを塗っている人はまだ見たことがない。ちょっと薄いようではっきりとは分からないが、口紅も塗ってるんじゃないかと思う。通りがかった娼婦っぽい人の1人が唇が赤かったものだが、口紅もほとんど見たことがない。


 こちらの武装民席にいるだけあって彼女はドレス姿ではなく、アピスの革鎧の他、各種皮革製の鎧と濃紺の模様入りの衣服を下に着ている。

 鈍く輝きを放つ、絵のような模様の描かれた金色の腕当てが両腕にはあり、イヤリングにネックレスに、細いバングルに指輪にとアクセサリーが多い。さきほどハレルヤ君に挨拶してきた清楚系な美女もなかなか豪華な首飾りをしていたが、アクセサリーの総数は彼女ほどではない。


「なあに、最近できた俺の若い“マブダチ”さ。うちのクヴァルツやランハルトとも仲がいいな」


 マブダチね。俺とも仲いいよ、とヴィクトルさんが手をひらひらとさせながら自分たちの席についた。


「ヴィクトルはともかくホイツフェラー様から気に入られるとはね」

「ともかくってなんだよ。性格的に普通逆だろ?」


 まあ……そうかな? でもホイツフェラー氏も階級の垣根を越えて色んな人と仲良くなりそうではある。


 隣の席からのヴィクトルさんの抗議は無視されたようで、彼女はふうんと俺に関心を示しつつ、立ち上がって寄ってくる。

 途端に甘い香りも香ってきた。花の香りで、それほど強いものではない。香水だろうが……。


魔導賢人ソーサレスの副官ウルスラ・デッカートよ。隊長のルドン・ハイルナート様の代理で来ているわ。よろしくね」


 ウルスラさんはそう言ってニコリとする。余裕ある大人の女の微笑だ。ネックレスの小さな緑色の宝石が光った。やはりダリミル君の姉か。


 俺も名乗ったが、出てきたウルスラさんのLV63の文字に思わず声が出そうになって口をつぐむ。

 実質隊長とは聞いていたけど、やっぱり他の隊長並みに高いんだな。


「あっちは隊員のロア。うちの頼もしい剣士よ」


 魔導賢人の席にぽつんといたロアさんは律儀に立ち上がり、軽く頭を下げてくる。

 茶髪の短髪で、ヒゲが綺麗にアゴを覆っている男性だ。目も眉も、ウルスラさんよりもずっと吊り上がっていて、ぱっと見少し乱暴な男のようにも見えたが、立ち振る舞いには何の迷いも乱れもなく、着こなしている金属の鎧も合わせて実直そうな男性だった。


 もっとも、ただの勘だが、彼にはウルスラさんと同席する兵士ないし戦士としての物足りなさをも感じてしまった。

 でも、そもそもウルスラさんは隊長ではなく副官で――そういえばなぜ副隊長ではなく副官なんだろう――彼女は彼のことも隊員としか紹介していない。


 俺の湧いた疑問に答えるように、ロアさんのウインドウが出現し、彼のレベルが31だと判明する。やっぱ一隊員か。


「彼女たちは?」


 と、ウルスラさんが姉妹やインを見て訊ねてくるので紹介した。


「ダークエルフの従者とは珍しいわね。性癖が変わってるようには見えないし……あなたはフリドランの出かなにかなの?」


 性癖ね……。

 エリゼオをはじめ、通行人が言ってるのも聞いたことがあるが、ウルスラさんほどの美女の口から気軽に出てくることにはいよいよ俺が周囲からそう見えるような気がしてくる。


「そのようなものだな。あまり詳しいことは言えん出でな。まあ、変なことはせんから、気にせんといてくれると嬉しいの」


 ウルスラさんは代わりにそう説明したインをしばらく不思議そうに見ていたが、やがてホイツフェラー氏に「そうなの?」と、視線を向ける。


「うむ。残念ながら彼はもうすぐオルフェを発ってしまうそうなんだが、それでこの会合の出席を断ろうとしていたほどだ。自分はオルフェの者ではないからと言ってな。……ま、とにかく面白い奴なんだ。紹介しないのももったいない逸材でなぁ。ちょっと無理言って連れてきたってわけだ」


 ふうん、なるほどね、とウルスラさんは腕を組んだ。シャランと金色の腕輪が鳴る。


「ホイツフェラー様ほどの方が無理やり連れてくるんだから相当面白い子なのでしょうね」

「保証するぞ。彼は魔導士でもあるからな」


 へえぇ、とウルスラさんが口元を緩ませて俺のことを横目で見てくる。今度は明らかに強まった好奇心がある。

 ……ふと、彼女のオレンジ色の瞳の周りに違和感。微少ながら魔力が集まっているようだ。


「……魔力量、かなりあるのね。私の《魔力量透視》じゃ捉えきれないわ」


 え? 魔力量が分かるのか? ……大丈夫か?


 攻略者のランクアップの審査でその辺見るようだが、ウルスラさんも分かるらしい。ホイツフェラー氏が飲んでいたゴブレットを降ろして、ほうと感心する。

 ウルスラさんが、デイカーも連れてくればよかったわ、と軽く息をついた。連れてきてどうするんだ……。


 不安な心境のままインをちらりと見ると、『人の子の《魔力量透視》程度ではダイチの魔力量を半分も把握できんよ』と、俺の内心を察したような内容の念話。内心で安堵した。


 そうして彼女は俺に視線を再び寄せる。美女に見られるのは悪い気分ではないが、もちろんそういう色っぽい内容の眼差しではない。

 瞳の周りの魔力は消えていた。魔力量を見たから魔力が集まったのか?


「本当ならもう少し人を連れてくるのだけど。みんなセティシアの防衛で残してきたのよね。あそこは今、兵士全くいないから。……一応、陣風騎長ストームライダーの代わりも頼まれてるのよ?」


 陣風騎長。

 他の席をちらりと見てみるが、陣風騎長の席はどれか分からない。でも、「物足りない人」が座ってる席がいくつかあるので、そのどれかなのだろう。


「――隊長のブラナリはいないわよ? あの人たちは一隊員ね。副官でもないわ」


 ウルスラさんが見た先を追うと、鎧とケープを着た、ダリミル君やユッダ君レベルの服装の人が2人ついている。陣風騎長と分かるような特徴はとくにないように思われる。


「隊長が現地にいなかったら、防衛も厳しくなるでしょうしね」

「ええ。彼すらもいないなら、また奪ってくれと言うようなものね」


 ――そんなところに店の外から、ラッパの音色が響いた。起きた頃に聞いたものとは旋律は違い、そしてなかなか途切れなかった。


「ははぁ。ディーターの奴がきたか?」

「じゃあちょっとご機嫌取りにひっこんでおこうかしら」

「奴が君に声を荒げたのは見たことないぞ」

「色目を使ってきたことは何度もあるわよ? あとでその子の面白いところもっと教えてくださいね」


 そう飄々と言って、俺にウインクしたあと、ウルスラさんはロアさんのいる自分の席についた。

 しかしホイツフェラー氏が語る俺の面白いところねぇ……戦闘関連しか浮かばないぞ。……ああ、まあ、それでいいのかもしれないけど。


 他の客からも、ディーター伯爵が来たのだろうと予想する会話が耳に入ってくる。


 ……と、間もなく店内の奥の方から、ありがとうございます、とちょっと大きめのお礼を言う声が響いてくる。

 見れば、商人がとある人物に礼を言ったようだった。とある人物とはアラビアンな例の彼だ。


 アラビアンな彼は商人に「いいよいいよ。気にするな」とひらひらと手を振った。結構気さくそうだ。


 彼がその手の地域の出身であることは、黒髪や褐色の肌、着ているサラリとした白い生地、ターバンを頭に巻いていることにより察していた。

 この世界には砂漠があるのでその辺の地域出身の商人であるように思う。というかそれしかないだろ……。


「ん? ……あいつはアズバリ・テホだな。アズバリ・ダルシャン・テホだったか。まあムニーラ出身の商人で、絨毯やムニーラ産の工芸品や奴隷の売買をやってる奴だな。ムニーラは知ってるか? 西にある地面が砂ばかりの熱帯の国だ」


 同様に声の出所を追ったものらしく、ホイツフェラー氏が上機嫌に解説してくれる。砂漠ですよね、と相槌を打つ。


「知っていたか。感心、感心。……奴の懐を潤しているのは主に奴隷の売買だろうな。俺は詳しいことは知らんが、奴の手掛けた奴隷は躾がなっていて飛ぶように売れるらしいぞ。さっきの商人もその手の系列の商人だろう」


 奴隷か……。


 そういえば、テホ氏の後ろには涼しそうな白い着物を着たスラリとした青年が2人いるが、立っているだけだ。イスが空いてないわけではない。

 テホ氏のテーブルに同席しているのは、同様に浅黒い肌に白い中東風衣装に身をまとった商人が1人と、オルフェ人らしき商人が2人。


 奴隷に目くじら立てていた日々が懐かしく思えた。

 青年たちは奴隷ではなく従者なのかもしれないが……ああやって高価そうな着物を着せられ、奴隷の売買にしても1つの商売として大成しているのを見ると、いよいよ奴隷は立派な商売なんだなと痛感せずにはいられない。


 ついでに時間つぶしがてら、他のちょっと特徴的な商人の面々の素性も気になったので、訊ねてみた。

 どうやらホイツフェラー氏は貴族らしく(?)彼らに詳しいようだし。


「――あの首にステュムパリデスの毛皮を巻いてるのか? あいつはハマーヤン・マクリオだ。奴がいるということは、コロニオ公国のバラルディ公が参列しているのと同義だな。奴は貴族ではないが、バラルディ公とたいそう親しいらしいからな」


 コロニオ公国。海とコルヴァンがある属国だ。

 ステュムパリデスというと、アランたちがやられた魔物だよな。毛皮は白地にエメラルド色の模様が入っているようだが、綺麗だ。


「ということは彼がバラルディ公の名代ですか?」


 ホイツフェラー氏は頷いて、そうかもしれん、と答えた。


「……ここでアズバリ・テホと同じ上座にいるからにはあいつも大金持ちで、ここマイアン領の重要な出資者だ。毛織物や絹織物などの衣類の界隈ではトップの一人でもあるんだが、まあ……奴の場合は商売の手練手管よりも奴自身の性癖の方が目立ってるかもな」

「性癖?」


 また性癖?


「うむ。奴は少女をいたく好んでいてな。お前の妹くらいの歳頃の少女を集めては”奉仕”をさせているらしい」


 それはまた変わってるというか、俺のいた世界ではおなじみというか……マクリオ氏自体は精悍な顔つきで、体格もかなり良く、だいぶ男らしい部類なので意外だ。

 インを見れば、眉をあげて怪訝な顔をされる。てっきり退屈にしているかと思ってたけど。


「……俺にはつくづく理解しがたい嗜好だ。聞けば、妙齢の美女に誘われても全く心を動かされないばかりか断るというのだからな。アズバリ・テホの亜人趣味の方がまだ理解ができるってもんだ」


 ホイツフェラー氏は吐き捨てるようにそう言い放った。理解できないというのは本音らしい。

 ホイツフェラー氏は顔だけを見れば王っぽい人徳のにじみ出た顔なのだが、心はいよいよ漢らしい。マクリオ氏と2人並んだらかなり男くさいが、頼れる2人だろうに。人生で「履き物」をどう履き違えたのやら。


 少女に奉仕させるとかどこかで聞いたエピソードな気がするが。うーん……それにしても、少女好きか。


 マクリオ氏の席に同席している女性陣に目が向く。


 道理で同席している女性陣が若すぎるわけだ。マクリオ氏のテーブルには3人の女性がいるのだが、どう見積もっても彼女たちは俺の外見年齢よりも明らかに下で、インとどっこいどっこいの年齢だ。俺は娘かと思っていた。

 とはいえ……そうなると、彼と彼女たちの間柄は少し気になる。同席している高そうなドレスを身にまとった少女たちはマクリオ氏との会話で、実に楽しそうにしているようだから。


 また、ホイツフェラー氏曰く、マクリオ氏は少女用のドレスや衣類の販路も確立していて、<エナガの花園>という組合もあるというのだから、いよいよ本気の嗜好であるのがうかがえた。ここまでくるといっそ清々しい。

 というか、テホ氏の方は亜人好きか。テホ氏は人族にしか見えないけども。……普通の人いなさそうだな。金持ちに変人は多いとは言うが。


 次は口ヒゲをつまめるほど伸ばし、俺の知っているハット帽子の倍ほどの長さもあるハット帽子をかぶった紳士を解説してもらう。帽子のせいで印象に残っていた1人だ。


「あれはオネスト男爵だな。ヒルデブランド大商会の副理事だ。武人ではないが、なかなかの好漢だぞ? 祖父がミスリルの鉱山を掘り当てて成り上がったんだが、幸運にも父親の代でも鉱山を掘り当てたもんでな。身内が金を湯水のごとく使っていたのを横目に、彼はといえば商売の勉強をしていたというしな」


 どうやらホイツフェラー氏お気に入りの人らしいが、この名前は聞いたことあるぞ。どこだったか……。


「ただ、息子が突如武人の才能を発揮して攻略者として日がな活動しているらしくてな。それが彼の悩みの種らしい。ダイチは攻略者だろう? 聞いたことくらいあるんじゃないか? 『白い鎧を着て“割と着実に”腕を上げてる大富豪の息子』とな。……くく。この息子の名声はな、ヘッセーの方まで届いてるくらいだぞ」


 ああ、白い鎧を着てたあの人か? 何が面白いのかは分からないが、笑いネタのようだ。


「アランプト丘で一緒に戦った人かもしれません」

「ほう。……アランプト丘の魔物といえば、エリートゴブリンやデミオークだったか。ダイチの腕じゃ退屈だったんじゃないのか」

「別に退屈ではなかったですよ。まあ、……そんなに強くはなかったですが」


 だろうな、とホイツフェラー氏がゴブレットを傾けながら愉快そうに笑みをこぼした。


「懐かしいですね。私も若い頃、アランプトで腕を上げていたものです」


 と、ラディスラウスさん。


「若い頃っていつだ?」

「ダイチ殿とさほど変わらない頃ですな。当時の私だと、経験を積むのも金を稼ぐのにも、あそこは都合の良い場所だったのです。パーティも組みやすい依頼でした」

「他の攻略者たちもそんな風に言っていました。ついこの前、みんなで掃討したんですが、アランプト丘にはもう魔物が出現しなくなるかもとも聞いています」

「領土化か。なくなるのなら少々寂しい話だな……」


 ラディスラウスさんは穏やかな顔で視線を落とした。みんな世話になった狩場だったんだな。


「あの方はどんな商人です?」


 次いで、貴族側で玉座から一番近い席の人物について質問する。

 ヒゲも白髪交じりで、比較的ふくよかな体型でもある彼だが、とくに目立つのは服だ。


 彼は他の人々とは衣服の豪華さのベクトルが少し違い、肩からは模様入りの帯が伸び、足元もほとんど靴しか見えないほど丈の長いチュニックを着た教会関係者っぽい格好をしている。

 もちろん実際には赤竜教の服とは違い、服は葬式で見た司祭たちよりも明らかに高そうな代物だし、ノアさんや王が着ていた質素なローブと似ている部分もない。帽子も会場内に限らず市内でもときどき被っているのを見かけるトルコ帽子っぽい縦ストライプの入った帽子をかぶっているし、肩からはマントが下がり、その留め具は金の鎖だ。


 金の鎖が伸びるマントの端も金糸で編んだ豪勢な意匠があるし、宗教家だと言われるとそれっぽくもあるのだが……今改めて見ると、彼が誰だかなんとなく察せられるところでもある。商人と聞いてしまったが、違うだろう。


 また、「別の意味」でも一番気になっていた人物でもある。


 彼のテーブルにはオークが1人いて、後ろには同じくオークが2人立っているからだ。

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