VS 赤竜

◆「4-17 赤竜到来 (3)」より:VS ジル


 主導権とやらの譲渡が終わったようで、ジルが俺たちを見定める。ジルの周りを旋回していた大剣も元の速さに戻ったようだ。

 と、思いきや大剣たちに炎が灯り、やがて刃がオレンジ色に染まる。


 属性剣か? クライシスなら、火抵抗100%にすればいくらか回復できそうなところだが……今の俺は火抵抗「0%」だ。インはどうなんだろうな。


「ダイチ、降ろせ。私はお主のサポートに回る」

「ああ」


 インが俺に手をかざす。補助魔法だろう。


 俺も出来るし、なんなら俺の補助の方が強い様子だったが、ジルの機能停止の言葉を鵜呑みにするなら、俺は魔力だの体力だのを使いすぎず、攻撃に専念した方がいいのだろう。

 魔力が枯渇したら機能停止になるなら、魔力はもはや魔法の発動にあるためではなく、生命力だ。魔力枯渇状態で頬がこけたバーバルさんやハムラを見ていると頷けるところではあるが、使いすぎるのはよくないだろう……。


 しかし攻撃か。《掌打》か《魔力装》か。

 インの言うように、初級魔法じゃあまり期待はできないんだろう。いくら俺が何かと規格外とは言え、今回の相手はジョーラやハリィ君ではないし、ランクが違いすぎる。イン戦の時はスローモーションがあったからこそ自由に動けてた部分があるからな……。


『させないわよ』


 俺に手をかざしていたインに目掛けて大剣が飛んでくる。

 言っていた通り、インは割と身軽に避けてくれたので安堵する。間もなく、俺の方にも大剣が飛んできたので避けた。


 二、三、四。大剣は途切れなく飛んでくるが、攻撃は至って単調だ。


『ちょこまかと!』


 次々と飛んでくる大剣を避けていく。ジルは魔力が少ないらしいとはいえ、まさか攻撃方法がこれだけではないだろうが……。

 刺さった大剣は剣に意思でもあるのか、地面から勝手に抜かれ、再度攻撃に転じたり、ジルの元に戻ったりしている。ちなみに刺さりはしても、地面には剣の刺さった跡はない。不思議なものだ。


 避けながら大剣に思いっきり力を込めて《水射ウォーター》を発射させてみた。

 《水射》の水は勢いよく発射され、大剣に当たるとじゅわっと音を立てて蒸発した。大剣の火が消え、刀身のオレンジ色は元の黒色に戻った。勢いはほとんど殺せたが大剣は無事だ。


『《水撃波スプラッシュ》なんて持ってたのねぇ! ま、アダマンタイトの剣には無力だけど』


 《水射》だけどな。にしてもこの剣、アダマンタイト製なのか。黒い剣というと、ヴェラルドさんの短剣が思い出されるが。


 インは依然として俺と同じように大剣の飛来を避けながら、少しずつ俺と距離を詰めていく。近づいたところで改めて補助をかける気か?


 インが大剣を避けるべく後ろに跳躍する。だが大剣は空中で急停止し、ひらりと舞い上がった。

 舞い上がる前の大剣に当てるかのように後ろからは――


「イン!!」


 ――速い!


 俺は思わず叫んだが間に合わなかった。


 ジルの口から吐き出されたレーザーが、跳躍していて対応が遅れたインの右肩を削り取ったからだ。


「――っぐ、っふ……」

『馬鹿ねぇ。あんた今は人型なんだからまずは自分に補助をかけなさいよね。もっとも。あんたに防御魔法があっても人型じゃ私の細めたブレスの貫通力に耐えられるわけもないけど』


 急いで倒れたインに駆け寄る。


 インの右肩は焼き切られ、右胸の上部がごっそりなくなっていた。あばらと筋肉、肺が露出している。血が、止まらない……。


 腕……腕は……? 周りを見ると、少し離れた場所にインの腕があった。肩は、ない。完全に蒸発したらしい……。


 俺は何も言えずに患部を眺めていた。何も考えられなかった。戻るのか……? これ……?


「そんな、……顔をするな……しばし、待て…………遅いが……回復するから、の…………」


 こっからどうやって回復すんだよ……。


 ……そうだ、ポーション。上級だし、クライシス製のならすぐ腕とか生えるだろ!


 腰に手をやるが、魔法の鞄はない。部屋だ。突然のことだったし、持ってきていない。クソ!!


 俺の焦った心境はよそに、インの回復するの言葉は本当だったようで、患部からは夜露草が発生させていたような白い魔力の粒が発生し出した。出血の勢いがほとんどなくなり、骨や筋肉や皮膚が少しずつだが伸び始めていく。再生しているらしい。ご丁寧に服も復元していく。


 インが無事な左手をゆっくりと持ち上げる。思わず握ってしまうが、白い魔法陣が出現したかと思うと、緑色の膜が俺を覆って、消えた。精神防御魔法か?


 立て続けに今度は黄色い魔法陣が出現し、消えた。


 インは弱々しく笑い、


「奴は、……搦め手、一応……あるのでな……」


 と言い残して、気絶した。


「イン……イン!!! おい! イン!! イン!!!」


 気絶したインとは裏腹に、再生は遅々としたものだが、依然として止まってはいない。……ということは、生きている……、よな?? 死なないよな??


『ちっ。《保護プロテクト》か! 田舎竜が!!』


 プロテクト……? この状況で俺の心配をしてくれたのか……?


 大剣が俺たち目掛けて飛んでくる。狙いはインのようだ。


 ――おまえ!!!


 俺は拳に《魔力装》をまとわせ、わざわざインの頭上から急降下してくる大剣を思いっきり殴りつけた。


 大剣は剣先が割れ、刀身も砕かれていき、ぶっ飛んでいく。


 ……なんだ。アダマンタイトも大したことないな。


 剣の黒い欠片や粉が、インの顔にいくらか落ちた。苦しそうな顔から、丁寧に欠片や粉を払ってやる。……すぐ終わらせるからな。


『え……? なにその《魔力装》……なんなのよ……』


 俺はインを横たえて、立ち上がる。振り返ってクソ竜を睨みつけた。


 ……お前も肩切ってやるよ。



----------


◆「4-18 赤竜到来 (4)」より:VS ジル



 立ち上がった俺に向けて二本の大剣が同時にやってくる。


 ……後ろにはインがいる。まずここを離れよう。


 手袋のようになっていた《魔力装》を、手刀モードに切り替える。すぐさま剣のように伸ばした《魔力装》で薙ぐと、大剣は二つとも真っ二つに切られ、まとっていた炎は消え、勢いをなくして地に落ちた。


『何なのよそれ!! ゾフ!! もっとアダマンタイト量が多いのは!? は!? ない!?』


 何やら問答をしているジルを無視して、《魔力装》の刀身を倍以上の長さにする。特に長さの指定はしてなかったが、結果10メートルほどになってしまった。アホみたいな長さだ。


 軽く振るが、不思議と重さはない。伸び縮みもしっかりしてくれるようだ。

 もはやビームソードと蛇腹剣だな。便利なものだ。ともかくこれで馬鹿でかい奴の肩を切るには問題ないだろう。


 倒れているインの方向に攻撃がいかないよう、奴の背後へ。


 ――距離を詰める。


『ゾフ!!! 助けて!!!』


 大剣がいくつも間に入ってきたが、《魔力装》は易々と大剣を両断していった。インはジルの背ろにいる。よし。

 飛び上がりつつ、ジルの右肩を狙って振りかざす。


 肩に入ったかと思ったが……感触はなかった。


 見れば剣先――ジルの肩に入るはずの刀身が“なくなっている”。ジルの肩の前に出現している《収納スペース》で現れた手鏡のような縦長の黒い空間が、《魔力装》を消し、斬撃を無力化しているようだ。

 《魔力装》を黒い空間から戻すと、刀身が現れた。もう一度今度は左肩に振りかざす。が、同じように黒い空間により衝撃が吸収され、刀身も消えた。


 厄介だな……。


『ゾフ、やるじゃない!!』


 ジルの横に回って、今度は薙いでみるが、やはりダメだった。

 黒い空間が今度は横長に出現して、刀身も斬撃の威力も消されてしまう。


 俺の動きにジルはついてこれていない。一方で、黒い空間は俺の斬りつけに合わせたたかのように現れる。


 今度は横に薙いだと見せかけて、斬り上げてみる。やはり黒い空間が来て無力化してきた。

 自動追尾の類か。手動ではないだろう。同じ七竜のジルが俺の動きについてこれないのに、ゾフがついてこれるとはちょっと思えない。この分だと黒い空間はジルの全身を覆っていると考えた方がいいか。


 見れば、ジルがこちらを向き、口を開こうとしていた。口内から緋色の灯りが漏れている。

 口を開けると同時に、インを穿ったレーザービームのような緋色のブレスが、俺の頭部目掛けて到来してきた。


 ――足を滑らせてすんでのところでブレスを躱す。インが受けた時も速いと感じたが、……相当速い。


 当然だろうが、補助ありのジョーラの攻撃よりも速さは上のようだ。これを受けるわけにはいかない。

 もし幻影魔法で気配を消そうものなら、俺は即終わるだろう……。俺をみくびっているうちにどうにかしたいところだ。


>スキル「炎熱耐性」を習得しました。


 別にくらってないけど。……髪の焦げた匂いがした。


 いかにもな炎系の攻撃を全然してこないので、あまり活用できるようには思えないが、MAXのLV10にしておく。


『ちっ。インを殺せるだけあるわね……』


 ……殺そうとした覚えなんてないけどな。


 ジルの死角に走りながら、手を腕にかざし、「俺に 《結界バリアー》」と念じて、魔法防御魔法を付与する。念のためだ。


『ゾフ! 消して!!』


 ジルの言葉から間もなく、パリンと薄いガラスでも割れたかのようなごく小さな音が聞こえたかと思うと、俺の体を覆っていた魔力の膜が霧散した。


 バフ除去か? 精神防御魔法の方を懸念するがこちらは消えていないようだ。……プロテクトはバフ除去を防ぐものだったか。イン、ありがとな。


『《保護プロテクト》のない補助なんて無駄よ!! ゾフ、すばしっこいアイツなんとかしてよ!! は? 無理? 口ごたえばっかじゃなくて何でもいいからやってみなさいよ!!』


 ほんとうるせえなこいつ……。ゾフがハゲないか心配だ。


 やはりゾフも目視では俺の速さについてこれていないようだが、そうなると、補助魔法は使えないのか。厄介だな。初期ボスなこともあって、単純な攻撃しかしてこなかったクライシスの赤竜よりずっと厄介だ。


 大剣が再び飛んでくる。


 他の手段を講じるため、《氷の魔女の癇癪ヨツンズ・スパンク》を使ってみる。魔法陣が出現し、俺の手を冷気が覆った。この魔法はクライシスにもあり、INT依存の近接系の魔法攻撃だ。

 飛び込んでくる大剣に手で薙ぐと、放たれた冷気の前で大剣が盛大に凍り、落ちた。また飛んでくる。もう少し距離を伸ばそうと思い早めに薙ぐが、さほど距離は変わらない。やっぱ近接か。


 立て続けにやってくる大剣に、今度は《氷の礫アイス・クラッシュ》を発動させてみる。

 俺の手から、無数の氷の塊が大剣を目掛けて発射され、火を消し刀身を鉄色に戻し、大剣を地に落とした。

 《氷の魔女の癇癪》とは違い、遠距離でも当てられるようだが、大剣は完全には凍っていない。ヒビは入っているが。初級魔法だしさすがに威力は落ちるか。

 もっとも、《氷の魔女の癇癪》で落とした大剣と同じく、起き上がって追撃が来ない辺り、一応使えはするか。


 ふと、突然重苦しい空気になった。視界も薄い黒い霧でも発生したかのように、薄暗くなる。だが変化は一瞬のことで、元に戻った。何だ?


『あいつ、化け物なの……? え。重力耐性じゃないの?? 嘘でしょ……』


 重力系の何かを使ったのか。耐性スキルを習得した知らせは出てこない。どうやら、エフェクトは出たがくらったことにはなってないようだ。

 重力系の多くの魔法はクライシス準拠で言うなら、レベルが50も開いていれば大幅に命中力が落ちる。差が100ともなれば、魔力を消費するだけの無意味な魔法だ。……あんまりゾフを酷使すんなよ。


 ジルの周りを衛星のように旋回していた大剣が止まっていて隙があったので、足元に移動して、渾身の力を込めて《氷の魔女の癇癪》を打ち込んでみる。

 黒い空間を警戒したが、なぜか発動せず、まもなくジルの巨大な脚は同じく巨大な氷で覆われ、凍った。


『……いっ、ぐっ!? 冷たい!!』


 効いたか?


 俺を払うべく尻尾が飛んできたので、避けつつ尻尾にも叩きこんでおく。


『うぅ……足が寒い……。尻尾の先が冷たいいいぃ!! ……こいつガルロンドの奴なの!? ……知ってるわよ!!』


 効いてはいるようだが……《氷の魔女の癇癪》を当てた脚と尻尾の箇所の氷が、湯気を上げながら急速的に溶けている。

 炎をまとった大剣が俺の気を削ぐかのように連続して飛んでくる。《氷の礫》を使おうかとも思ったが、魔力温存のために《魔力装》を再度出現させて斬っていく。


 あとは、氷魔法は《氷結装具アイシーアーマー》だけか。これもクライシスにあった魔法だが、攻撃魔法ではなく防御力を上げて水属性の耐性を上げるだけだ。


 《魔力装》のように変形して、剣になったりしないだろうか。剣になるなら中級魔法クラスの魔法剣ということで、期待もできそうなんだが。

 ダメなら《氷の魔女の癇癪》で押し込むしかない。跳躍して顔にでも《氷の魔女の癇癪》をぶちこみたいが……インに負けた例もある。

 空中でも過度な接近は不安しかない上に防御魔法のない身でブレスを受けるわけにはいかない。


 それに俺の機能停止の問題もある。眠っている暇などはないし、眠気に抗っていてはあのブレスを受けかねない。


 俺が機能停止になる魔力量の目途は、分からない。MPは普段は10も減らすことがないくらいだが、それとは関係なく俺は倒れたり睡眠時間が伸びてきた。俺の場合は、魔力=生命力と言っていいらしいし、ステータスバーのMP数値は当てにならない。

 かといって、魔力の消費が機能停止を早めないというのも変な話だ。

 魔法の使用は無駄な魔力消費にならないよう、細心の注意を払い、隙を見て打ち込む必要がある。


 ジルが負けるか。俺が機能停止になるか。ゾフもいるし、長期戦になるかもな。


 ひとまず、《氷結装具》だ。発動させる。


 間もなく俺の体を白い鎧が覆った。ネリーミアが使ったものはプラモデルのクリアパーツのように青白かったものだが、俺のはほとんど白だ。鎧はジョーラがかつて着ていた強そうな鎧とよく似ていて、寒くはないが冷気と魔力の粒っぽい輝粉を周囲に噴出している。

 武器を出そうと念じてみるが出ない。代わりに、俺の手が白い手袋で覆われた。少し分厚い。鋲がところどころに留めてある。《氷結装具》での武器の顕現はこれが限界か。


『うぅ……冷たい……』


 ジルは必死に氷を溶かしてるらしく、意識がこちらにないようだ。


 二本の大剣が飛んでくる。避けつつ二本とも殴ると、《氷の礫》ほどもいかなったが、薄く凍らせると同時に大剣を砕いた。

 攻撃力はそれなりらしい。凍らせているようだし、一応一発入れてみるか?


 唐突に視界の左下にログウインドウの知らせが舞い込む。

 状況的に「氷魔法の使い手」とかの称号でも獲得したかと思い、軽く意識をやって文字を大きくさせると、


 〈 《アイス・クラッシュ》《ヨツンズ・スパンク》《アイシーアーマー》の3スキルの使用および熟練度の上昇により、スキル《ジェリダ・ソムノ》を習得しました。 〉


 というメッセージが出ていた。


 そういやクライシスでは《凍久の眠りジェリダ・ソムノ》の派生元だったな、と思いつつ「ネタスキルじゃないか」と、俺は思わず内心でツッコんだが、いや……と思い直した。

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