VS ジョーラ(2)、ジョーラ生還


◆「3-9 ジョーラ・ガンメルタ (3) - 手合わせと定着」より:VS ジョーラ


 マップで赤いマークが出現したようだ。もちろんマークは、元々は表示すらされていなかったジョーラを指している。ジョーラがマーク化するのは二回目だけど、こういう手合わせ的な状況でも赤くなるわけね。

 それともジョーラの戦闘狂的な意気込みがマークを赤くさせているのか。


 邪魔なのでマップを消て視界をクリアーにする。気持ちを落ち着けるため、ゆっくりと呼吸をした。

 三回目の深呼吸を終えてまもなくジョーラが駆けてきた。茂みのような赤髪が跳ねた。速い。


 と同時にポインターが俺の頬に当たり、右ストレートが眼前に迫ってくる。スローモーションを待ったが、発動は目の前に迫るギリギリのところだった。

 ヤバくないか、と一瞬思ったが、そんな心境はすぐに消えた。


 俺は無意識の内に避けて、ジョーラの拳を軽くさばいていたからだ。


 そんなことは分かっていたとばかりに左のパンチがポインターと同時に腹に向けて立て続けにやってくる。俺もそれを分かっていたので・・・・・・・・、再びさばいたあと、3メートルほど後ろに軽く飛びのいた。


 ディアラたちが湧く。主にインだが。


「遊ばれてるねぇ。あたしは遊びじゃないんだが」


 ジョーラはそう言うが、口元は笑っている。


 ジョーラの戦闘狂の部分に目もくれず、俺の目はジョーラの顔を見つめたままジョーラの腰と脚の動向を意識している。


 ジョーラの腰がわずかに沈んだ。

 次は跳躍しながらの蹴りだ。


「はっ!!」


 考えた通りに駆けたジョーラが勢いのままに飛び蹴りを放ってくる。蹴りは風を切る音とともに綺麗な孤を描くが、蹴りの先に俺はいない。

 蹴りの軌道上外に避けた俺に、体勢を整えながら一瞬驚く顔を見せるも、すぐに元の戦闘狂の顔に戻り飛び掛かってくるジョーラ。


 遠慮がなくなったためか、躊躇いなく放たれる怒涛のパンチの応酬に、俺は避けたり、手で払ったりする。


 ……もう二十発はもらっただろうか。ジョーラの攻撃は一度も俺に入ってこない。


 ジョーラの顔に焦りが生まれ始める。こんだけ攻撃が入らなければそりゃあね。上段蹴りが入ってきたのでかがむ。


 スローモーションはもはやほとんど発動していないのに、ジョーラの攻撃の動作から処し方まで不思議と分かる。

 始めは初めての喧嘩、もとい手合わせということでざわついていた心が、今は嘘のように冷静だ。ポインターはいつの間にかなくなっていた。


 軌道を変えてなおも繰りだされるパンチやキックを、避けたり払ったり、あるいは受け止めたりする。


「ちっ。入らないっ」


 ジョーラが焦りを吐露してきたのとは裏腹に、俺の方は体が慣れてきたようで、多少思考に余裕が出てきた。


 森で《障害走》のスキルの実験をしていた時と似ているなと思う。

 体が反応するのに任せる。ついでに言うと、気持ちの方も任せるともっとスキルが安定する。この場合、適用されているスキルは《格闘防御術》だろうか?


 もっとも、俺の意識はさほど介在していないために、《障害走》が毎回同じルートを走っていたように、俺もまた一切攻撃には移っていない。

 さしずめ今の俺は回避専門ロボットというところだろう。元々俺がジョーラを殴る気がさらさらなかった平和主義な精神面も影響しているかもしれない。


 ジョーラが一端腰を大きく沈めた。手と脚が淡い黄金色の光を放っている。攻撃スキルか?

 これまでよりも速いスピードで詰めてきたかと思うと、ジョーラは消えて――いや移動して、俺の真横からパンチを繰りだしてくる。

 ジャブ二回に、最後はアッパーだった。どれも避けると、ジョーラは腰を落として一瞬溜めたかと思うと、黄金色の軌道を描きながら再度大振りのパンチが放ってくる。大振りとはいえ、スピードも威力も増しているようだ。

 さながら格闘ゲームの技のLAラストアタックのようなその高速の大振りの一撃を俺は避けつつ、掌で上から軽く叩いた。俺に当てる予定だったらしい一撃が地面に向かい、その衝撃波により盛大に砂埃が舞う。

 ジョーラの目が丸くなっている。その目は俺を捉えてはいない。一、二発、いや五、六発は軽く入れられそうな隙があったが、俺は気にせずに距離を取った。


 地面は軽くえぐれている。こっわ。あんなの入れる気だったのかよ……。


 ジョーラが再び駆けてきて、また拳や蹴りが飛んでくる。必殺の一撃を防がれたせいか、動きが若干単調になっているようだ。


 俺はいつの間にかあげていた腕を下ろしてぶらんとさせている。

 どうもかえってこの状態が、ジョーラの攻撃の目算を立てづらくしているようで、動きを鈍らせているらしい。


 武道家でも何でもない本来の俺なら、たとえスローモーションがしっかり発動していても知り得ない情報なのだが、不思議と分かってしまう。心・技・体、明鏡止水の心とはよく言うが、スキルにも精神面への影響が多分に含まれているらしい。

 いやでも腕を上げてた方が確実に攻撃を払いやすいだろと思いもするんだが、ジョーラのパンチや蹴りの速度よりも、俺の腕を上げる速度の方が遥かに速いようで、あまり関係ないらしい。

 馬鹿みたいな話だ。つまりこの辺はSTRとかAGIとかその辺の影響な気はする。


 そんなことを考えながら楽々と拳や蹴りをいなしていると、塀の向こうにいた兵士の二人組がすげえ組み手だと言っているのが耳に入った。


「なあ。ダークエルフの方も大概やばいが……全部さばいている少年は何者だ?」

「さ、さあ……」


 あまり目立ちたくはないな。ジョーラも必死になってきたし終わらせるか。


 ジョーラが足を払ってくる。俺はそれを避けるままにジョーラの後ろに周り、手刀を首元に突きつけた。

 ジョーラと言えば、ようやく誰もいない地面に足を払い終えたところだ。《瞬歩》辺りの影響か? 瞬間速度半端ないな。

 手刀の先で、《魔力装》が発動しかかっていたので慌てて抑えた。木を真っ二つにする代物が出たらとんでもないことになる。


 ジョーラが小さな声で、参ったと言うのが聞こえた。

 ジョーラが力を抜くと、インから歓声が上がり、観戦していた兵士も声を上げる。

 戦いに魅入っていたディアラが、「ご主人様すごいです! ジョーラさんに勝つなんて」という称賛の声を送ってくる。ヘルミラもこくこくこくと無言で何度も頷いている。


>スキル「格闘術」を習得しました。

>スキル「受け流し」を習得しました。

>称号「旅の武芸者」を獲得しました。

>称号「神速の武道家」を獲得しました。

>称号「七星の大剣を負かした」を獲得しました。


 ジョーラは動かない。

 珍しく弱気というか、小さな声だったので、やりすぎたのかなと不安に思ってジョーラの顔を窺うと、


「すごいね、あんた!! あんたほどのやり手は今までいっぺんも見たことないよっ!!」


 と、思いっきり抱きつかれた。ずいぶん嬉しそうだ。

 抱擁にはだいぶ勢いがあったようで、顔はもろ胸元だ。これまで散々見せつけてくれた《格闘防御術》なんかのスキルは全く反応せず、驚きこそすれ、避ける暇もなかった。敵意がないからか?


 呼吸はしづらく、わずかな隙間から空気を入れるしかなかった。

 少し蒸れているようで、そのわずかな隙間を埋めようとするように革とわずかな汗のにおいと同時にダークエルフとはいえ変わらないらしい女の匂いがダイレクトにやってきた。


 こめかみが熱い。心臓がじんじんする。童貞かよ……。



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◆「3-21 夜露草の在り処 (2)」より抜粋


「ダイチさん。ジョーラさんを起こしてもらってもいいですか?」


 言われるままに隣で寝ているジョーラに声をかけつつ、体を軽く揺さぶる。

 ジョーラは時々苦しそうに呻くが、起きそうにない。魔法で眠らせてたしなぁ。


「魔法使ってたけど、そんな簡単に起きる?」

「はい。ジョーラさんは睡眠魔法への耐性が高い人なので。それにあまり寝起きが良い方ではないので、もう少し強めにゆすっても大丈夫ですよ」


 そう言いながら、ハリィ君は椀に夜露草の汁を注ぎ始める。

 睡眠抵抗値は、クライシスでは状態異常抵抗の「身体系異常」というものにカテゴライズされていたものだけれども。ちなみに俺の状態異常抵抗値は0%だ。上げたら睡眠時間も減るだろうか?


 言われるままに少し強めに揺すっていると、ジョーラはゆっくりと目を覚ました。表情には寝起きだからもあるだろうが、少し陰りがあり、弱々しい。

 首や手足には吐血した時ほどではないが、例の黒い模様がうっすらと複数浮き出ていた。《大治療》直後よりも模様は濃くなっている。


 ゲームなら毒状態の時に回復魔法をかけても一時しのぎにしかならない。毒は時間が経つか、行動をするかで、少ないながらも体力バーを確実に減らしていくからだ。

 実際に蛇だの蜂だのの毒の類にかかったこともなければ、周りにそういう人もいなかったが、徐々に体力を削るのは実際の毒と同じだろう。


「ん……ダイチ、か? ……今際の際に浮かぶのがダイチの顔とは。……私は相当ダイチに入れ込んでいたんだな。もう少し……なにか……アプローチでもしてみればよかったか?……」


 ぼんやりとしばらく俺の顔を眺めた後、ジョーラはぼそぼそとそんな言葉をこぼした。いつものジョーラらしくないのは仕方ないとは言え、なんとも対応に困る内容だ。これから生還させようというのに。


 ハリィ君から椀を渡される。

 気付けば、アルマシーは仏のような笑みをこぼしていて、ディディは「ほらみろ俺の言った通りだろ」とばかりにひょうきんに眉をあげてくる。なんだよ君ら、もう復活する前提じゃないか。

 インは……ニヤニヤしていた。まあ、インは分かってたよ。


「ダイチさん、お願いします」


 周囲のことは置いといて、ハリィ君に言われるがままジョーラに向かう。熱そうだったので少しふうふうして冷ましてやる。


「ジョーラ、起きて。夜露草の汁だよ」

「夜露草? あったのか……」


 いったん椀を置き、ジョーラの体を起こしてやる。寝ていた割には少し体が熱い。

 毒のせいか、寝起きだからかは分からないが、目に力はないし、手元がおぼつかないようだ。不安だったので俺がそのまま椀を口に近づけてやることにした。


「……にが」

「良薬は口に苦しですよ、ジョーラさん」


 汁の苦さとハリィ君の言葉に渋面を見せたジョーラは、俺の顔を見たあと、薬を飲む自分のことを真剣に、あるいは不安げに見つめてくる面々の顔を眺める。

 夜露草の存在にも気付いたようだ。目を見開いて、「あれが夜露草か?」という質問に、ハリィ君が頷く。


「すまないな……。世話をかけた」


 今度は自分で椀を持って汁を嚥下していく。

 苦さに顔を一瞬歪ませたが、何も文句は言わなかった。汁を全て飲むと、ジョーラはしばらく空の椀を眺め、それから夜露草を眺めた。


「ずいぶん美しい花だな」

「ええ、私も驚きました。霊薬の力を持つのも頷けます」

「ああ、そうだな……」


 ジョーラの情報ウインドウを出して状態欄を見ていると、やがて「状態:アトラク毒」から「状態:健康」に変わった。

 ずいぶん効きが早い。さすが霊薬だ。なんにせよ、しっかり効いてくれたらしい。一安心だ。衰弱とかでない辺り、下山するのも問題なさそうだ。


「……ん。体が楽になった気がするな」

「姉さん! 腕の模様が」


 ディディの言葉に見てみれば、腕にうっすら出ていた模様がなくなっている。少し見せてもらうが、完全になくなったようだ。


「うん、なくなってる」


 まあ、完治したのは分かってはいるんだけどね。よかったよかった。


 ディディの「いよっし!」とかアルマシーの「よかったですね、隊長!」とか、ぱぁっと歓喜に湧く周囲。本来なら、死に至るほどの毒だしまだ喜ぶ場面ではないんだが……情報ウインドウではしっかり証明してくれているしね。このデータを疑う気にはちょっとなれない。


「ジョーラさん、夜露草はダイチさんが見つけてくれたんですよ」

「いや、俺だけが頑張ったわけじゃないよ。みんなが頑張ってくれたおかげだよ。特にハムラさん」


 などと、俺は言おうと思ったんだが、半分も言わないうちにインやおぶったディアラよりも一回り大きな重みが俺を襲った。一瞬倒れるかと思ったが、そうはならない。


「ダイチ! 本当に、ありがとう……! ……う、ひぐっ……」


 ジョーラは泣き始めた。


 体が少し震えていた。俺は背中をぽんぽんと叩いてやった。しっかり現実だと教えてやるように。


 良かったよ、しっかり生きたいと心では思ってて。


>称号「命の恩人」を獲得しました。

>称号「七星の大剣を救った」を獲得しました。

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