VS 狼、VS ジョーラ(1)


◆「2-15 静かな悪意 (2)」より:VS 狼


 それにしてもなんか臭い。香水のような馥郁たる香りだ。アジア系の外人がつけているような分かりやすいやつだ。人によっては好むのだろうが、俺はあまり好きじゃない。

 周りにはラフレシアは極端な例だが、咲いていても小さな野花で目立つような大輪の花の類はなく、花の咲いていないものが圧倒的に多い。他は木と土しかない。上を見ても、木に花が咲いていることも今のところは確認できない。

 武器屋にあった「匂い袋」という商品は魔物の嫌いな匂いを出して追いやるための商品だったが……状況的にその逆バージョンの魔物の好む匂いを撒いている、という線を考えてしまう。


『この匂いは魔物を引き寄せ、昂らせるものだの』


 ビンゴのようだ。


 ――シャイアンたちはなんでそんな匂いを撒いたんだろうな。


『さての。害獣や魔物をまとめて討伐するときにはこういった戦法はよく使われるが、当の本人たちがいないのではな。あやつらは奴隷商人だし、いらんものの処分かもしれんの』


 ――いらんものね。……奴隷商人たちのいらないものだろ? 正直あまり考えたくない。……吐き気がするよ。


 インがちらりとこっちを見てくる。


『その予感は当たっとるよ。中にだれか……ああ、例の双子たちがいるようだからの』


 かもしれないとは思っていたが……双子というか、姉妹なんだけどね。


 とりあえず狼を蹴散らしておくか? そう念話が届いた瞬間、狼たちは突然吠え始めたかと思うと、小屋に向けて一斉に走り始めた。

 ドアは半開きだったのか、壊れていたのかは分からないが、あっさり2,3の狼たちの侵入を許してしまう。


 二人が中にいるならまずい。


「イン! どうにかできるならしてくれ!!」


 小屋に向けて走る。後ろからまもなくキュイーンという声が無数にあがったのが耳に届く。

 小屋の中では、ダークエルフの少女――姉のディアラが右脚に噛みついてきた狼を左脚で蹴っていて、その肩越しからは妹のヘルミラが「離れて!」と叫びながら、ディアラの肩に噛み付いている狼の頭を必死に叩いていた。

 挙動不審だった一匹の狼が飛び掛かってきた。スローモーションになったので、思いっきりビンタした。ビンタされた狼が小屋の壁をぶち破って外に飛んでいく。


>スキル「平手打ち」を習得しました。


 爆音に反応して驚きで見てくる涙目のヘルミラと痛みをこらえているディアラ。

 姉妹にまだ飛び掛からずにいた数匹の狼たちは俺に襲い掛かってくることはなく、くうんくうん言いながら後ずさりをしたり、後ろにいたのは小屋を飛び出したが、すぐに詫びる鳴き声が聞こえてくる。


「大丈夫だから」


 安心させるために微笑したが、安心できるような代物だったのか、正直自信はない。

 ただ、狼を吹き飛ばしたことは俺に自信をつけさせた。スローモーションもある。狼はレベルの情報通り、俺の相手にはなるはずもない。

 ディアラの脚に噛みついている狼を思いっきり蹴ってやろうかと一瞬思ったが、思いとどまる。傷口が広がるかもしれない。落ち着け。

 姉妹に寄ると、後ずさっていた狼たちが小屋を出ていく。鳴き声はとくに聞こえない。一匹が果敢にも飛び掛かってきたので、姉妹を驚かせないように少し弱めに平手打ちで払って、壁に打ち付けた。それでも壁の木材には亀裂が走ってしまった。


 ディアラの脚に噛みついている狼の上顎をわし掴みにする。徐々に力を入れていくと、クゥーンという許しを請う声とともに脚に食い込んだ牙が抜けた。太い牙だ。血が滴っている。

 口を開けさせないよう手で鼻先を握る。予想してはいたが、俺の握力はだいぶ強いらしい。狼は口を開けることができない様子だったので、そのまま平手で軽く頭を叩いて気絶させた。肩に噛みついていた狼も同じように処置をする。


 牙が抜けたこともあってか、ディアラはいくらか安堵の表情になっていた。だがその脚と肩には、流れ出る血とともに、痛々しい牙の跡が思いっきり残っている。


>称号「救助士」を獲得しました。

>称号「狼頭領」を獲得しました。


「狼はなんとかしたぞ。ダイチ大丈夫か?」


 インが駆け寄ってくる。


「大丈夫。俺よりこの子が」

「ふむ。……ダイチの言っていた通りダークエルフなんだの」


 その言い方に情報ウインドウを出してみると、状態項目に「幻想」の言葉がなくなっていた。痛みで魔法の効果が解除されたのかもしれない。依然として「飢餓」はある。あとでパンか何かを食べさせてあげよう。


 ちなみに職業欄は、昨夜の「奴隷」から変わり、「無職」になっていた。


「回復とかできる?」


 インが脚の外傷部位に手をかざすと、手から黄色い光が淡く発光した。やがて血は止まったようだが、跡はそのままだ。血が出ていた頃よりも痛々しく見える。


『すまん。今はこれくらいしかできん』


 ――ありがと。でもつまり、回復魔法でも跡は消せるってわけか。


『一瞬でというならだいぶ高位のものになるがのう』


 インベントリでくすぶっているポーションを試してみる価値はありそうだ。


「そういえば魔狼は?」

「追い払ったぞ。襲い掛かってくることもない。“叱っておいた”からの」

「ありがと」

「うむ」


 どう叱ったのかも少し気になるが、とりあえずここから離れるべきだな。




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◆「3-7 ジョーラ・ガンメルタ (1) - 奇襲」より:VS ジョーラ


「しかし相変わらず繁盛してるようだねぇ。いいことだ。ローランドも景気よくなるってもんさ」

「お・れ・の・店だからな。奴のじゃねえ」


 ようやくというか、周りを見渡したジョーラの目線が俺とぶつかる。彼女はインのことも一瞥したようだが、ディアラとヘルミラを見ると怪訝な顔をした。

 そして再度俺を見る。ふっと表情が読めなくなり、美人顔に拍車がかかった。なんだろう。別に姉妹に手出したりしてないよ?


 幾秒も経たずに彼女は置いてあった店の槍を1本取り、突然俺のことを突いてきた。

 それと同時にポインターが俺の鼻先に当てられ、マップでも赤いマークが出現、システムが無情にも彼女は敵であると告げた。は?


 世界がスローモーションになる。


 もう穂先は30センチかそこらの距離に迫っていて、余裕は幾許もない。


 確実にスローモーションになるの遅くなってるよな……。

 避けようと思ったが、後ろにはディアラがいる。ポインター通りなら、ディアラにはおそらく当たらないと思うんだが、過信できるほど俺にはこの手の経験がまるでない。ディアラが驚いて動いてしまったらおしまいだ。


 ダークエルフの顔は無表情だったが、眼差しはゆっくりと鋭くなり、相手を射殺すかのような無慈悲なものが俺に注がれ始める。攻撃する瞬間の相手の顔をじっくり見れるのはスローモーションの欠点だな……。


 さっきまでの好印象――目の保養にはなるし、快活ではあるけど長時間の彼女の相手はちょっとくたびれそうだという好意的な初見などが一気に瓦解した。


 何か案があるわけでもないので半ば焦りつつも、槍を掴むことにする。

 ガルソンさんと旧知のようだけど、豹変したこの殺伐とした目じゃ正直店内で何するか分かったもんじゃない。


 マークが2個だったので見てみれば、後ろの金髪男も剣鞘に手をかけ、今にも剣を抜こうとしている。こっちも速い……。

 手にかけているだけだし、彼は若干焦り顔だし、金髪男は相手にしなくていいよな……?

 抜きざまになんとかスラッシュとかなんとか斬とか剣閃を飛ばすファンタジーめいたことしないよな? 一体なんだってんだ。


 槍の穂先はシンプルなものだったので、先が当たらないよう最低限首を傾げつつ、槍の柄を握り、手と腕に力を入れる。

 少し待つが完全に動かないようだったので顔を戻して改めて腰にも力を入れた。


 元の時間軸に戻る。


 俺の手の槍は微動だにしなかったので安心したが、この槍撃で発生した衝撃が俺の髪をふわりと巻き上げ、周りの商品をカタカタと振動させた。小さな木の看板と、獅子の描かれた小さなプレートが吹き飛んでテーブルから落っこちる。

 威力ありすぎるだろ……。ディアラとヘルミラが声をあげて離れたようだ。インが怖い顔で相手を注視していたので、その視線を追う。


「あんた……何者だい?」


 彼女は自分から手を出しておいて一変して低い声でそんなことを詰問してくる。だが表情は半分笑っているに見える。ちょっと不気味だ。


 何者って、俺が聞きたいんだが……。後ろの金髪男は結局剣を抜かなかったようだが、信じられない物でも見る目をしている。


>スキル「対人戦闘術」を習得しました。

>スキル「格闘防御術」を習得しました。

>スキル「武器破壊術」を習得しました。

>称号「敵意を削ぐ者」を獲得しました。

>称号「敵意を打ち砕く者」を獲得しました。


 そういえば対人戦まだだっけか。


「これ、どうにかしてほしいんだけど……ディアラたちに当たるところだったんだが」


 言っていて苛ついてきた。ほんとその通りだ。俺たち何にも敵対行動とってないのに。実力はともかく実は考え無しの問題児兵か?

 不届き者の女ダークエルフはやさぐれたような顔で、「よくそんなことを言える」とこぼした。


「寸止めだったのは分かっているだろうに」


 ……え? そうなの?


 手から力を抜いていくと握った部分の木製の柄が潰れているのに気付いた。俺握力いくつだよ。離すと落っこちてしまいそうだったので慌てて穂先を受け取る。


 しまった……。展示品なのに。


>称号「ついやりすぎてしまう」を獲得しました。


 うるさい。

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