第31話 勇者が放つ赤い霧

 気づけば空に浮いていた黒い柱もなくなっている。


 黒い柱自体も四天王の能力だったのかもしれない。


「誰も来ないな」


 四天王は八芒星を倒してからすぐにやってきたというのに、魔王は四天王を倒してもなかなかやってこない。


 今の俺のスキル、孤軍奮闘。その効果か、俺の傷はすっかり治り、どれだけ動いても問題ない状態になっていた。


 なっていたが、今度はタマミの膝に頭を乗せられ俺はじっとさせられていた。


 回復した今となっては正直恥ずかしい。


 避難が完了していて誰にも見られていないことがせめてもの救いか。


「ラウルちゃん照れてる」


「俺は男だからな? 女の子にこんなことされたことないからな。普通冷静でいられないから」


「今やっと中身が男の子って話本当なんだって思った」


「は? いやいや、嘘だろ?」


「ふふふ。どうでしょう」


 なんだか楽しそうだな。


 まあ、俺よりもタマミやラーブの方が息抜きは必要か。


 俺で遊ばれてるのは釈然としないが、気が休まるならいいか。


「でも、もし同性でも相当恥ずかしいだろ」


「そう?」


「ううん」


 お前らだけだよきっと。


 今は俺の方が少数派だから自信ないけど、タマミとラーブが珍しいんだよ。


 そう思いつつ、俺はタマミに体を預けた。俺があんまり緊張してたら二人の疲れも取れないだろうからな。


「ふうう!」


「来たか!」


 束の間の休息を破った声に、俺はすぐに立ち上がった。


 さすがに魔王の登場となれば二人とも俺を解放してくれた。


 だが、現れたのは荒々しく息を吐き出す四つん這いのベルトレットだった。


 俺たちを警戒するように睨みつけてきている。


「あいつ何してんだ?」


「グルルルルル」


 ベルトレットはまるで動物のように唸っている。


 目は充血したように赤く、目つきは鋭い。


 肌は浅黒く変色し、口元は赤く、鋭い歯をのぞかせている。


「こいつは本当に誰だ? ベルトレットの形をしたナニカみたいな」


 何度も見てきたせいか、かろうじてベルトレットとわかるが、自信はない。


 先ほどまでの戦いでも俺はベルトレットに違和感を感じていた。


 ベルトレットが俺をラウルだと見抜いたのも、ベルトレットが俺がアルカじゃない。そんな違和感をもっていたからだろう。


 だが、ベルトレットの中身が別人なんてこと考えられない。


 それは、ベルトレットを俺が殺した時、本人が否定していたことだ。


「お前は、誰だ?」


「グアア! アアアアア!」


 ベルトレットは突然喉を押さえながら苦しみ出した。


 悶えるようにその場を転げ回り、のたうち回り、この世の終わりのように動き回っている。


「モンスターなんて食うからそんなふうになるんだよ」


「ハガッ! アアアアア!」


 俺の言葉は耳に入っていないようだ。


 痛いのか苦しいのかどういう感情なのだろうか。


 そもそも、どうしてこうなっているのか俺としては全くわからない。


 こんな状態で俺の攻撃をかわせた理由も不明だ。


 ベルトレットに何が起きているんだ? って、今はそんな場合じゃないか。


「さて、魔王じゃなかったし、体を動かしておかないとな。次はとうとう魔王だからな。もしかしたらもういるかもしれない。警戒しないと」


「おい、待て。アレを警戒しろ。魔王はその後でいい」


 珍しく慌てた様子で神が俺に警告してくる。


「でも、アレってなに?」


「それだ。お前の仲間だったベルトレットとやらだ」


「ベルトレットが操られているってのか? 今さら?」


「それはわからないが早く!」


 ふむ。神はベルトレットを警戒しろと言う。


 まあ、確かに魔王との戦いの邪魔をされたら困る。


 それに一度は命を奪われた相手だ。


「先にやっておくか。……あれはなんだ?」


 苦しむベルトレットの体から赤い霧が放出している。


 ベルトレットがその場を転げ回っていることに変わりはないが、気づけばものすごい勢いで辺りが赤い霧に包まれ出していた。


 少し鉄臭い霧は俺たちの視界を徐々に奪っていった。


「アア! アア! アア!」


 俺が知る限りベルトレットのスキルに霧を出すようなものはなかったはずだ。


 あったとしてもこんな鉄臭い霧ではないだろう。


「なんの音?」


 タマミが不安そうに声を漏らした。


 よく聞いてみるとゴキッ。ボキッ。という骨が折れているような音がどこからともなく聞こえてくる。


 ボロボロになってベルトレットの骨が折れたのだろうか。


 だが、それにしては誰かが骨を折っているようにも聞こえる。


「一体何が起きてるんだ。ラーブ。見回りからの連絡は?」


「誰も戻ってきてない。多分、変化はこの辺でしか起きてないんだと思う」


「ってことは……」


 魔王はもう来ている?


 確かに、神が指摘した通り今の状況は尋常じゃない。


 それも、ベルトレットの苦しみが発端として起きている。


 もっと早くベルトレットに気づいておくべきだったか。


 いや、あいつは消えたと思ったら突然現れたんだった。


「また、音が」


 今度は骨の音とは違う、何かを引きちぎるような音。


 ブチブチと無理矢理引き裂くときのような聞いていて不快な音。


 思わず首を引っ込めてしまうような音。


 そして、何かのシルエット。


「誰かいるぞ。俺の後ろに下がれ」


 赤い霧の中に誰かの姿があった。


 歩いてくるのはベルトレットがいた方。


 まるでそいつが赤い霧を吸収しているかのように、辺りの霧は誰かに向けて動いていた。


「ふっふっふ。四天王を倒したのは貴様らか。いやはや、やはりと言うべきか。もっと早くに勇者以上の実力者は潰しておくんだったな」


 低い声を響かせながら首をコキコキと鳴らす大男。


 霧が晴れると、その大男は俺たちのことを見下ろしていた。


「信じられないって顔してるな。ベルトレットは誰にも操られていないはずだって。だが、あの時すでに中身が違っていたとしたら?」


「な」


「気づいていたのはお前の妹くらいだったか。その妹も今となっては、ククク。ハハハハハハ!」


「貴様」


「しかし、一人になっても現況にたどり着くとはな。恐れ入ったよ。さあ、戦いを始めようぞ」


 男、いや魔王は腕を振り上げた。


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