第32話 魔王襲来

 ベルトレットの姿はどこにもない。


 やはり、四天王が倒されたことで現れたコイツ、ベルトレットを装っていたコイツが。


 魔王。


「くっ」


 いきなり振り下ろされた拳は巨体の割に速かった。


 俺はそれをなんとかかわし、すぐにタマミとラーブの二人を連れて魔王から距離を取った。


「し、シニーを置いてくな!」


「ベヒも!」


「強いんだから多少はいいだろ。早く来い!」


 ヨタヨタと後に追いかけてくる二人。


 だが、魔王の攻撃の対象にはなっていないのか、二人が狙われることはなかった。


 魔王は拳を見つめたままの状態で固まっている。


 どういうことだ。


「さすがにかわすか」


「当たり前だ」


「やはり体格が変わっているせいか体が動かしづらい。少し話をしよう」


「誰が!」


 俺が死神とベヒに防御を任せ魔王に向けて走り出すと、突然、地面から壁が生えてきた。


「話をしようと言っているのだ」


「誰がお前と話すかよ!」


 即座に拳で穴を開ける。


 だが、気づいた頃には壁が幾重にも俺の前に連なっていた。


「くそ」


 俺は全て壊すことを諦め、壁を登って魔王を見た。


「なっ」


 そこにはすでにガレキの山を玉座へと変えた魔王が鎮座していた。


 頬杖をつき、こちらに冷ややかな目線を向けている。


 この場の支配者は自分と言いたげな態度。


 実際、壁を瞬時に作り出し、玉座まで作った能力は俺が今まで戦ってきた敵とは桁違いの速さだ。


「あぁ。居心地が悪かった。魔王としては恥晒しだったな。やっと出てこれた。いや、出させられたか? 細かいことはいいか。とにかく礼を言うぞ。ラウル」


「……」


 魔王はベルトレットの中にいたようだ。


 口ぶりからベルトレットの中にいたときの記憶を引き継いでいるってことだろうか。


 つまり、単にベルトレットの中にいたわけじゃない?


「しかし、神が出てくることは想定外だった。安全な場所にこもり、魔王軍の頭である余を潰させないという策略はよかったが、魔王が自ら動き、成長する前の勇者を討つのはご法度だったか」


「勇者の死など関係ない。我々神は、人に力を与え魔王という存在を潰すシステムにすぎない。自然の一部だ」


「神が自然を語るか。確かに、神が行えば全てが自然だろうな。だが、勇者の姿をしていることは見抜けない無能らしいということはよくわかったよ」


「魔王程度で調子に乗るなよ」


「人間の力を借りずに動けないやつらがよく言う」


 魔王は俺を全く警戒していないのか玉座から動こうとしない。ベルトレットの中にいたから俺のことなど見抜いているということか。


 だが、これでベルトレットが変わった理由はわかった。


 思い返せば、いつからか俺に対しての態度が変わり、アルカも色々と言ってきていた。俺はそれをただベルトレットが厳しくなっただけだと思っていた。


 さすがに俺を殺したのはおかしかったが、それもベルトレットの行動だと思っていた。


 しかし、それら全て魔王の行いだったわけだ。他の仲間のベルトレットへの入れ込み具合といい、魔王が悪事を働いていたのか。


「タマミやラーブをやったのもお前か」


「当たり前だろう。万一勇者を生き返らされては困る。自身が勇者であり魔王なのだ。蘇生魔法など使われたらどうなるかわかったものではないからな」


 つまり、二人をダンジョンへ入れたのは警戒の末の行動だったってわけか。


 見抜けなかった俺のミス。


「今は気に病んでいる場合ではない。ただ目の前の宿敵のことを考えろ」


「ハッ! 笑わせる。人につかねばこうして余をあぶり出すことさえできなかった者が今さら何ができる」


 神は無力かもしれない。


「後ろの者たちを守るんだろう?」


「ああ」


 それでも俺はタマミやラーブ。彼女たちを守る。


 思えば俺は失ってばかり、守れなかったものばかりだ。


 ベルトレットだって、俺の知らないところで別の誰かに代わっていたのだから。


 だからせめて彼女たちだけは守ってやる。


「壁を壊すので精一杯なやつに何ができる」


「お前、弱くなってるだろ」


「……」


 魔王の表情が険しくなった。どうやら図星らしい。


「魔王軍との戦いの後、決まってベルトレットとしての様子がおかしかった。今思えば部下を倒しているからというのもあったんだろうが、部下の数がお前の力と関係してるんじゃないのか?」


「……」


「いや、正しくはベルトレットとして周りを見ていたが、ベルトレット自体をコントロールはできなかった。あくまで中身もかなりそれっぽい本物にするため、今のあんたは中にいただけだったんだろ」


「……」


「部下が減ることで魔王が力を失う。納得いく論理だよな?」


 魔王の表情からどんどんと余裕がなくなっていくのが見える。


 ベルトレットも育ち切っていなかったとはいえ、勇者は勇者だった。


 人当たりが良く、誰にでも好かれ、そして誰より強かった。俺がアルカと二人じゃなきゃ戦えない中、ベルトレットは一人でも強かった。


 そんなベルトレットが力を失っていた。何故か、今日だけでもかなり苦しんでいた。


「変身を維持するのにも力を使っていたんだろ。しかし、動かずに部下の勝利を待てば、また人員は補充されると、そして静かに寿命を待ち、また次の勇者に成り代わる」


「その通りだ」


「後は、何?」


「その通りだ」


 魔王が、認めた?


「貴様の言う通り、余は勇者の姿を保つことに力のほとんどを使っていた。加えて、部下の減少で力を失っていった。だからこそ、勇者の体を修復するのに力を回せなかった。途中、黒龍なんぞに余の力を使話せられた時から、勇者として戦えなくなっていた。あの時は焦ったものだ」


「黒龍。じゃあ、この街の惨劇も」


「余が元凶だろうな」


 グッと拳を握り締める。


 だが、飛び込むスキはない。突っ込むなら話を終え、満足したその瞬間。


「勇者はクズだが力は強かった。変身した余が再現することは難しいほどに。それでも、力を失ってなお部下たちを倒していくことは想定外だった。貴様らを侮っていたようだ」


「気づくのが遅いんだよ」


「そうかもな。しかし、余はほとんど無傷だったのだし、居心地だけはよかったのかもな」


「確かに、お前に成り代わってからのベルトレットはクズだった。それはお前が演じていたからだ。お前がベルトレットを語るなよ」


「余はいわば本人だぞ。本人に語れないなら誰が語っていい? 余は貴様なんぞよりよっぽどベルトレットに詳しい」


 優越感からか、それとも言いたいことを言ったからか、魔王は椅子に深く腰かけ笑みを浮かべた。


「うっせぇ。魔王が勇者を語るなって言ってんだよ!」


 俺は右の拳を突き上げた。


 体に力が漲る。


 タマミのスキルが発動した証拠だ。


「うおおおおおお!」


 足場にしていた壁が崩れるほど、俺は強く踏み込んだ。


 眼下にあった壁が俺を邪魔するように上に伸びる。だが、それら全てを体当たりで貫く。


 ベルトレットはクズだったが、こいつが入る前は俺も憧れるような、誰もが憧れる好青年だったんだよ!


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