第30話 最後の四天王にトドメを!

 ベルトレットに噛みつかれたことで、シクサルが浮遊力を失い地面に落ちてきた。


 砂埃が舞うが、そんなことお構いなしでベルトレットは噛みつき続けている。


「お前は本当にベルトレットか? お前は人なのか?」


 じっと観察していると、ベルトレットの噛みつき攻撃は激しさを一段と増しているように見えた。


 俺には四天王すら怯えさせるその姿が人ではない何かのように見えた。


 そう、それはまるでモンスターというより、モンスターそのもののように。


「俺がベルトレット以外に見えるか? 俺が人以外に見えるのか? ラウル。それともお前は、四天王との戦いを楽しいごっこ遊びか何かだと勘違いしていたのか?」


「違う。そんなことはない。だが……」


 いつだって忘れたことはない。俺は魔王を倒すのだと。


 失った家族の悲しみを他の人間にも味合わせないために。


 だが、だが。今のベルトレットを見ているとうまく言葉にまとめられない。


 うまく答えられない。


 これは本当に戦いと呼べるようなものなのか?


「や、やめろぉ! それ以上僕に噛みつくな!」


「やめるか! よこせ血肉を!」


 シクサルの抵抗を受けてもベルトレットはやめようとしない。


 ただの噛みつきで魔王の最後の切り札を自称する四天王、エース・シクサルを怯えさせる様子はとてもじゃないが勇者には見えない。


 そうは言っても、どれだけシクサルが人間のようでもモンスターということが拭えないように。


 ベルトレットもまた、体つきは人だ。たとえ、獣のような目つきで荒々しく噛みついていたとしても、人の形であることに変わりはない。


 モンスターを倒す者は、いずれモンスターになるってことか?


「……俺もいずれはあんな風に……?」


 途端、ゾクリと背筋を何かが這うような感覚に襲われ、鳥肌が立った。


 今まで正しいと信じてきたことが、もしかしたら間違っているのかもしれないという迷い。


「惑わされるな。現実を見ろ。先の敵は魔王、その部下である最後の四天王シクサルだ」


 後頭部の辺りからの声に俺は我に返った。


 そうだ。ベルトレットを倒すのは後でいい。


 タマミやラーブには悪いが。あいつはただの人間だ。魔王を倒してからいくらでも叩いてやる。


 その代わり、シクサルの移動手段を奪ってくれているのを利用させてもらおう。


「攻撃タイミングは」


「わかってる」


 俺は頬を強く叩き、シクサルとベルトレットを視界に収める。


 ベルトレットも四天王を倒すことに貢献できれば本望だろう。


 神に気づかされたのは腹立たしいが、俺は本来の目的を思い出せた。魔王を倒すこと。


 憎しみは一時的に置いておくことにしよう。


 敵は家族の仇だ。


「飛ばすぞ」


「ああ!」


 神の言葉を合図に俺の視界は真っ白になり、シクサルの目の前まで移動する。


「終わりにしてやるよ。両者共々! 散れ!」


「これで」


 さすが瞬間移動の使い手、神の瞬間移動にも対応していたようだ。


 俺の姿がギリギリ見えていたらしい。


「くっ! ふっ」


 だが、確実な手応え。シクサルはこれで終わりだ。


「巻き込んだつもりだったんだがな」


 辺りを見回してもベルトレットの姿は見当たらなかった。シクサルにくっついて噛みついていたはずだがどこへ行ったのか。


 咄嗟に避けたか、それとも俺からまもるためにシクサルが逃したか。


 いや、それならシクサルが逃げるか。


「くっ!」


 急にめまいがして、俺はその場でふらついた。


 地面のデコボコに足を引っかけバランスを崩し、世界が大きく回転した。


「うっ」


 何かにぶつかった感触。


 しかし、どういうわけか柔らかい感触。


「大丈夫? ラウルちゃん」


「全く、無理しすぎ」


 どうやらタマミとラーブが駆けつけてきてくれたらしい。


 意識はだんだんはっきりとしてくるが、二人に支えられている安心感からか力が抜けてしまう。


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃないでしょ。立ててないじゃん」


 確かに、今の俺はだらしなくも女子二人に寄りかかっている。


「そうだな。さすがに疲れた。だが、ゆっくりもしてられない。四天王の現れ方からすると魔王はすぐここにやってくるはずだ」


「封印され、場所が把握できなかった謎も解けた。部下に人間への侵攻を任せていたということなのだろう」


「しっかし気になるな」


「何が?」


 タマミとラーブが不思議そうな顔を向けてくる。それはそうか。


 二人とも見ていないし、聞いていない。


「最後の四天王シクサルが俺に切られる時、驚いたかと思ったらすぐに笑ってたんだよ」


 それはまるで何かに安心したかのように。


「噛みつきから解放されるって思ったんじゃない?」


「そうか? でも、これから攻撃されるってのに?」


「そうは言うけど、モンスターの考えは理解しにくいし」


「シニーもか?」


「シニーちゃんは甘えん坊でしょ?」


「あ、甘えてないぞ!」


 顔を赤くして照れている死神。


 こいつ、死神としての威厳とかどこに置いてきたんだ。


 まあいい。それはそれとして。


「まだある。これで、って言ってたんだ。まだ何か続けて言いそうだった」


「それも、これで噛みつかれなくて済むってことじゃない?」


「可能性はあるが、なんだか納得できないんだよな」


「倒しちゃったんだし、考えても仕方ないでしょ」


 俺が疑問に思っていると、俺はラーブにずるずると地面に横にされた。


 力の入らない体では抵抗できない。


 俺、何されるの?


 そもまま俺の頭はラーブの太ももに乗せられた。


「いや、何して、いった!」


 なんとか立ちあがろうとすると、ラーブの拳が顔にめり込んだ。


 装備をつけたままのせいで、顔が痛い。


 鼻折れてないよな。


「な、何するんだよ!」


 鼻を押さえながら、俺は相変わらずラーブの太ももの上で叫んだ。


「小さくならないか」


「なるか! なってたまるか! なんで戦力を減らそうとするんだよ」


「いやぁ。こうでもしないとラウルちゃん休まないでしょ」


「気を遣ってくれるのはありがたいが、もうちょっとやり方や場所を選べ」


 いつ魔王が来るかわからないのに、横になるって色々おかしいだろ。


「大丈夫大丈夫。私のかわい子ちゃんたちがいるから。見張りもさせてるし、気づいたら知らせてくれるよ」


「いつの間にそんなことしてたんだ」


「ラウルちゃんが戦ってる間」


 くそ。


 知らぬ間に色々進んでる。


 なんか手玉に取られてる気がして悔しい。


 お。タマミがプルプル震えている。きっと一緒に怒ってくれるに違いない。


「タマミ! ラーブになんとか言ってやってくれないか!」


「ずるいです! 私もラウルちゃんに膝枕したいのに!」


「そうじゃない!」


 そういえば俺が改めて自己紹介した時もなんか距離感近かったな。


 アルカって俺より女の子にモテてた気もする。もしや、そういうことか?


 いやいや、ただ二人とも俺を気づかってくれてるだけだな。


「ラウルちゃんに膝枕は私のでーす」


「何言ってんだよ」


「うー! せめて、頑張ったねって頭を撫でてあげます。四天王を倒すなんてすごいです」


「何してんだよ」


 まあ、褒められるためにやってきたわけじゃないが、こうしてすごいなんて言われることは悪い気はしない。


 思えば俺を褒めてくれたのはアルカと昔のベルトレットたちくらいだった。


 これまでに助けた人たちからの声援はベルトレットに向けられ、俺に対してではなかった。


 たまには、こういうのも悪くないか。


「あー。ラウルちゃん笑った。素直じゃないなぁ」


「う、うるさい!」


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