第16話 勇者の休息を邪魔するものたち
「はあ、時間の流れがゆっくりだ」
俺は仲間のおかげで宿まで辿り着いた。
ベッドに横になり、ただ天井の木目を数えている。
体が動かせない。動かそうと思えば動かせるが、満足に動かせない。
仲間たちもほとんど同じような状況らしく、死んだように眠っている。
「まさか、動けなくなるほどボロボロになる日が来ようとは」
そして、それがラウルとアルカがいなくなってからなんて。
俺は無能じゃない。無能じゃないはずだ。
コボルドから情報を引き出したし、他の冒険者が苦戦する黒龍だって倒した。俺が無能なわけがない。
「そう。今は戦略的療養。ただ休む時ってだけだ」
勇者である俺にも休みは必要だ。
休みが必要だからこそ。こうして休ませてもらうための時間が世界から与えられてるのだからな。
今は俺が休むための時間のはずなのだが、外がやけにうるさい。
少しずつ騒ぎが近づいてきているような気さえする。
「一体何が」
「んん」
声がした方を見ると、どうやらカーテットが起き出していた。
「起こしてしまったか」
「いえ。大丈夫です」
カーテットは今のメンバーでは一番に警戒してくれる存在。盗賊の仲間だ。
俺が起こしたと言うよりも、周りの音で起きてきたのだろう。
「カーテット。外の様子を確認してくれないか。どうも騒がしい」
「ちょうどそう思ってたです」
俺と同じところに目をつけるとはさすが俺の仲間。
ゆっくり体を起こすと、カーテットは窓から外の様子を確認し出した。
音を立てるほど窓に接近したのか、ガタガタという振動が聞こえてくる。だが、すぐに俺に知らせることはなかった。
「おい。どうした。何が起きてる」
「巨龍です。巨龍の群れ。他にも魔王軍と思われる軍勢が街を襲ってるです」
「は? なんだそれ。天変地異でも起こったのか?」
「わからないです。ただ、町中に騒ぎが広がってる原因はおそらく巨龍と魔王軍の同時襲撃かと」
「くっ。俺の体は動かない時だというのに、好き勝手しやがって」
さすがにこれはピンチだ。ゆっくり休んでる場合じゃない。場合じゃないが体が言うことを聞かない。
このままだとなす術なくやられる。
巨龍なんて、黒龍みたいなモンスターの後に連戦するような相手じゃない。
それも群れなんて、さすがに俺ほどの勇者でもパーティ程度で相手できない。もっとパーティの集まった国家的な集団でないと。
「どうするです?」
カーテットから心配そうな視線を感じ、俺は思わず目をそらした。
きっと俺たちが勇者パーティである以上、カーテットは戦うことを望んでいるはずだ。
俺も万全な状態ならそうする。こんなピンチはこれ以上ない報酬をもらうチャンスだからだ。
だが、今の俺はそこらの一般人よりも足手まといだ。いや、鼓舞するくらいはできるかもしれないが、ここの冒険者が俺を守り切れるとも限らない。
「……逃げるぞ」
「でも」
「いいから逃げるぞ。今は何よりも俺たちが生き残る方が大事だ。街は滅んでも立て直せる。だが、勇者が死んでも生き返らせることはできない。死者は生き返らないんだ。だから俺たちは嘘つきを処罰したんだろう」
「ですけど」
「リマとペクターを起こせ。それに荷物からフードを出せ。隠密効果がある。かぶってれば俺たちの正体はバレないだろう」
「……わかったです」
色々と思うところはあるだろう。だが、命大事にが最優先だ。
俺の命を大事に。俺が回復すれば一体ずつならパーティ単位でも潰すことができるのだから。
町民よ辛抱しろ。俺が回復するのを。
「準備できたです」
「私もですわ」
「完了しました」
「よし。行くぞ。街を出て西へ向かう。そこがここから一番近くて拠点にできる場所だ。そのはずだよな」
「えーと」
「そのはずですわ」
「確認済みです」
「よし、場所はセーイット。行くぞ」
これはただの退散ではない。撤退ではない。
いずれモンスターを倒すための闘争だ。戦わずとも次に進むための闘争なのだ。
逃走とは訳が違う。
そもそも、俺の目的は魔王であって龍種じゃない。
「多少動けるな。少しは回復したってことか」
「無理しちゃダメです」
「担がれてちゃ目立って仕方ないだろう」
ペクターの回復とエンハンス魔法のおかげで、普段のように動けるようにはなった。
回復は効いていないのではなく、ものすごく効きが悪くなっているだけのようだ。
これなら、数年とかからずこの街も奪還できる。
「黒龍はいなくなった。我々巨龍がこの地域を支配する!」
「魔王様! 魔王様はどこですか! 確かにここの近くに反応があったという連絡が! 私です! 部下のセブディです!」
「我々巨龍が黒龍に負けるはずはない! が、いなくなったのなら話は早い! ここは我ら巨龍の土地!」
「私も参りました! 魔王様! 姿を表してください! 魔王様! 個人で活動されるつもりですか!」
どうやらカーテットの見立ては正しかったようだ。巨龍の主張に魔王軍と思われる者の声が聞こえてくる。
だが、どれも戯言にすぎないだろう。
反目しあっていたからと言って、同じ龍種だ。本当なら悲しんでいるはず。
それに、魔王がこんな街にいるはずがない。
「ベルトレット様」
「リマ、惑わされることはない。そもそも龍も魔王も人間にとってほとんどが信頼に足る存在じゃない」
「ですが」
「ペクター。なら聞くが、龍は俺たちを助けるために、魔王を倒してくれたか? 魔王は一度として俺たちのためを思って侵攻を止めてくれたか?」
「い、いえ」
「だろ? そういうことだ」
そう。今の出来事は、決して俺が黒龍を倒したことが原因なわけないのだ。
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【あとがき】
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