第17話 謎の老人に怯える勇者

 街の冒険者たちが注意を引いてくれたおかげもあり、俺たち勇者パーティは誰一人欠けることなく街を出ることができた。


 セーイットまであと少し、他の町民も一緒に逃げていることもあり、いいカモフラージュになってくれている。


「お前さん、街ではあまり見ない顔じゃな。もしや旅人か?」


「はい」


「そうだろうな。冒険者なら今も戦ってくれているだろう。せっかく来たのに災難だったな」


「いえ、旅を続けていれば災害に巻き込まれることなどいくらでもありますから」


「災害か。まあ、旅の方にはそう見えるかの」


 急に話しかけてきた老人は急に遠くを見つめだした。


 何が言いたい。お前が何を知ってるというのだ。


「これは、勇者が起こしたことだ」


「なっ!」


 急に核心をつくような老人の言葉に、思わず大きな声を出してしまった。


「驚くことも無理はない。勇者は日々、魔王討伐のために汗水垂らしている。これはどれだけ勇者を妬む冒険者でも知っていること」


「なら」


 ここは引き下がるわけにはいかない。


 この爺さんが何をどこまで知っているか聞き出さなければならない。そして、場合によっては周りの目を盗み、消さなければ。


 もちろん、ただただ俺に嫉妬しているだけという可能性もあるが、どちらにしろ話を聞く必要があるだろう。


 俺の気持ちを察してか、カーテットが刃物を光らせるのを見て、俺は首を横に振った。


「仲がいいんじゃな」


「そりゃ、四人で旅をするくらいですからね」


「そうかそうか。ワシも昔は年も性別や年齢の違う仲間たちとそんなことをしていたよ」


 楽しそうに笑う爺さん。


 まどろっこしい!


 違う。俺は今、爺さんの思い出話を聞いているんじゃない。武勇伝なんかどうでもいい。


 話せ! お前は何を知ってるんだ。


「それで、勇者が起こしたことってどういうことですか」


「気になるか? 気になるよな。だが、これは老人の妄言と思ってくれ。ワシは老いぼれ、何かの見間違いかもしれない。それに、こんなことは本来誰にも言うべきではない。何せ目の悪い老人が見たものだからな。証拠があるわけではない」


「それはなんですか!」


「やけに熱心なんじゃな。見間違いかもしれないんじゃぞ?」


「ただのファンなだけですよ」


「まあ、同業じゃなきゃそう思えるか」


 ものすごくもったいぶっている。まさか、俺の正体にまで勘づいているのか?


 そう思った瞬間背中に汗がぶわっと広がるのを感じた。


 何故かこの老人はただの老人ではない気がする。もしかしたら、逃げた方がいいかもしれない。


 そこまで考えて俺は自分の思考に疑問を持った。


 逃げる? 何を馬鹿なことを。俺がこんな爺さんに気圧されて逃げるなんて、怪我をしている今でもあり得ない。


「それじゃ、話すとするかの」


 老人は咳払いすると、俺の目を真っ直ぐ見てきた。


 フードで隠れ、どこに目があるかよく見えないはずなのに、俺の目を捉えて離さなかった。


「ワシは見たんじゃよ。勇者が仲間を刺すところを」


「なっ」


 俺の行動が見えていた? 細心の注意を払って、近くを通る人間に視界にははっきり見えないよう、魔力で壁を作っていたはずが、見られていた?


 そんなはずはない。こんな爺さんに見えていいはずがない。


「あり得ないと思うじゃろう? じゃが、ワシは見てしまった。何かの見間違えだと言ったじゃろう? おそらく勇者と同じ格好をした輩が路地裏で喧嘩をしていたんだろう。今ではそう思っておるのじゃよ」


「そ、そうですよきっと」


「どうした。声が震えておるぞ」


「い、いや、だって。そんなの信じられるわけないじゃないですか」


「だから言ったじゃろう。ボケた老人の戯言だと思ってくれと」


「もし戯言だとしても、そもそもどうして勇者を疑うことに繋がるって言うんです?」


 俺の目を離さず、老人はじっと見つめてくる。


 まるで、それはお前が一番よくわかってるんじゃないかと問われている気分になる。


 違う。俺は何一つ間違ったことをしていない。


 おかしいのは黒龍だ。巨龍だ。魔王軍だ。そして、ラウルとアルカだ。俺じゃない。断じて俺じゃない。


「その勇者が向かった先が、巨龍の言っていた黒龍のところだったからじゃよ」


「どうしてそんなことを」


「そうじゃな。こればっかりは目の良し悪しって話じゃない……」


 急に老人が黙り込むと世界は急に暗くなった。


 なっんだと。今の怪我じゃ逃げられない。体が動かない。


 俺は目を剥いて呆然と見ていることしかできなかった。


 俺の頭上には、何かの衝撃で飛んできたと思われる巨石が落ちようとしていた。魔王軍か巨龍の仕業だ。


「ちょいと剣を借りるぞ」


「え?」


 老人は突然俺から剣を奪うと天に向けて掲げた。


 その瞬間、何をしたのか、巨石は粉々に砕けてしまった。


 老人が剣を構えた姿は、伝説の勇者の背中にしか見えなかった。


「ふむ。いい剣じゃな。手入れが行き届いている」


 剣を確かめるように、そして、剣先を俺に向けるように老人は剣を眺めていた。


「あ、あっ」


 さすがの俺でも口をぱくぱくさせることしかできなかった。


 フードの効果で俺の姿は見えないはずだが、俺が剣を持っていることを見抜かれていた。剣まで見られたら、装飾から確実に俺が勇者だってバレてしまった。


 終わりだ。


 そう思ったが、老人は剣を俺に突っ返してきた。


「え?」


「ありがとうな」


「はい、え?」


 老人は歩き出した。だが、俺は歩けなかった。体から力が抜けその場にへたり込んでしまった。


「ベルトレット様!」


 駆けつけてくる仲間たち。


 俺は力なく老人の背中を見つめていた。


 確実に死ぬ場面だった。巨石に潰されて、もしくは老人に首をはねられて。


 でも、俺は生きている。


「くそっ!」


 俺は地面を思い切り殴りつけた。


 馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって!


 何が老いぼれ爺さんだ。全て知ってるくせに、俺にトドメを刺さないなんて。


 いつでもやれるってか? クソが! 馬鹿にしやがって!


「クソ! クソ! クソ! クソ!」


 俺は何度も地面を殴りつけた。


「ベルトレット様、無茶したからですよ。仕方ありませんわ」


「うるさい!」


「そう。仕方のないことなのです」


「うるさい! うるさい!」


 お前らはあの老人の言葉を聞かなかったのか。あの老人の行動を見てなかったのか。


 涙が止まらなかった。


 ただでさえアルカの喪失が大きいというのに、今もフードにかかった魔法をものともしなかった老人が恐ろしくて仕方なかった。


「立つです。追っ手が来てるです」


 こんな時に次から次に。


 俺は無理矢理運ばれる形で移動を再開することになった。


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