一本の木

青空一星

登木

 その村には一本のそれはそれは大きな木があった。枝一本一本が太く、しっかりと生えており、葉が青々としている。風を受けると、さらさらと音をたてるような木だった。


 ある日青年が木に登ろうとすることにした。村の衆は青年の勇気を讃え、はやし立てていた。天気のいい日、遂に登り始めた。枝に体重をかけ過ぎぬよう慎重に、慎重に登っていく。日の光や鳥のさえずりが心地よく、少し楽しくなりながらも、ゆっくりと登っていった。


 村の衆が「いいぞー」「すごいぞー」と声をかけてくれる。青年は村の衆の方を向いた。青年はその高さに愕然とした。あんなに小さくなった村の衆を見て、目が眩む思いだった。「なんとか心を落ち着けなければ」そう必死に考えたが、頭が上手く回らない。その時、勢いよく鳥が目の前を通り過ぎた。青年は足を滑らせ、落ちてしまった。 


 それから数年経ち、また木に登ろうという男が現れた。村の衆は若者の事があったので、男に辞めるよう忠告したが、男は話半分も聞かず登り始めてしまった。男は若者の倍近くの速さで軽々と登っていった。村の衆は驚き、「あの男ならば頂上に立てるかもしれない」などと話し合っていた。しかし、男は油断して次の枝を掴みそこねた。男は落ち、打ち所悪くそのまま死んでしまった。


 それ以来、その木に挑戦しようという者は中々現れなかった。村の衆も諦め、木を眺める毎日となっていた。木はそんな村の衆の気持ちを受けてしまったのか、元気を無くして青々しさが消えかかってしまっていた。


 一人目の挑戦者からちょうど15年後。三人目の挑戦者が現れた。挑戦者の若者は、過去に挑戦したあの青年から話をよく聞き、木を登り始めた。木は少し元気を取り戻し、若者が体重をかけても力強く応えてくれた。若者は慎重に慎重に登り続けた。雨が降ろうと、風が吹こうと、鳥がさえずろうとも登ることを止めず。振り返りもしないまま登った。


 とうとう若者は木の頂上付近までたどり着いた。とても心地よい気分だった。これまでの努力が全て報われ、若者は一番上の枝を掴んだ。これこそ、若者が到達したという証であり、誇りとなるものだ。若者は喜びのあまり一人目の挑戦者へ振り返った。かつての青年の顔は歪んでいた。


 彼は間違えたのだ。



 その後、木は伐り倒された。木材となって、村の役に立ったのだそうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一本の木 青空一星 @Aozora__Star

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ