第24話 アンナマリア様の過去

(今日も、会えなかったわ)


 王宮の中庭をぽつぽつと歩きながら、私は一人項垂れる。


 お妃教育が終わり、少しでもファウスト様とお会い出来れば……と思い、私はファウスト様の執務室を訪れた。けれど、ロメオに「殿下は今、重要なお仕事がありまして……」と断られてしまった。もちろん、ファウスト様は王太子殿下だから、やらなくちゃいけないお仕事は山積み。だから、仕方がないと思う気持ちが八割。でも、寂しいと思う気持ちが二割もあって。


(最近、お忙しそうだし、お身体を壊されないといいのだけれど……)


 ファウスト様は最近働きづめだとロメオから聞いている。なんでも、貴族同士の諍いが起こってしまったそうだ。そういうのを止めるのは決まって王太子の仕事となる。……ファウスト様、そりゃあお忙しいわよね。


 ふと王宮の中庭に視線を向ければ、そこには色とりどりのきれいな花々が咲き乱れていた。前は、ここでファウスト様とお茶をしたのに。今は、ファウスト様と会うことさえ難しい。


 私が、あんな嘘さえつかなければ。不意にそんなことを思ってしまって、涙が零れてしまいそうになった。


「……ファウスト様」


 ファウスト様には私以外の女性がたくさんいるかもしれない。けれど、私にはファウスト様しかいないのだ。ずっとずーっとファウスト様だけに恋い焦がれてきたのだ。……今更、ほかの人には目移りできない。


「……好き、好きなのにっ!」


 思わず、言葉が零れてしまった。


 その後、誰もいないことを確認して私は中庭に足を踏み入れる。そのまま一番大きな木の陰に向かい、その木に背を預けてゆっくりとへたり込んだ。


(どうして、私は素直になれないの? ファウスト様を前にすると、言葉が出てこなくなるの?)


 そんなことを思って、どうしようもない感情に苛まれる。そのまま自分の膝を抱きかかえ、涙をこらえる。


 幼少期から、私はあまり素直な子供ではなかった。なんというか変な意地を張ってしまって、素直な感情を表に出せなかった。両親はそんな私も可愛いと言ってくれたけれど、同年代の子供は違った。


 私のことを変なものでも見るかのような目で、見てきた。いや、私は侯爵家の令嬢なので表向きは穏やかに接してもらったと思う。でも、裏では私の陰口は容赦なくたたかれていた。……それに、いつしか彼らの目の奥に宿った感情に気が付くようになった。……まるで、奇特なものを見るような目だったと、思う。


「私だって、出来れば素直になりたいのよ……」


 ぼそっとそう言葉を零していれば、不意に「そうだったのね」と頭の上から降ってくる。……その声に覚えがあって、私はそちらに視線を向けた。……そこには、アンナマリア様がいらっしゃった。


「ねぇ、お隣良いかしら?」


 彼女はそう問いかけてくると、私の返答も待たずに私の隣に腰掛けてこられる。身に纏うドレスが汚れるのもお構いなしに、芝生の上に腰掛けるアンナマリア様。その後、彼女は「……貴女も、苦労していたのね」と言葉をかけてこられた。


 ゆっくりとアンナマリア様に視線を送れば、彼女は「……わたくし、ううん、私は、貴女のことを誤解していたのね」とボソッと言葉を零された。


「私、貴女のことを高飛車な女だって思っていたわ。……だって、お父様がそうおっしゃっていたから」


 私が何も言葉を発さないのに、アンナマリア様は今にも消え入りそうなほど小さなお言葉を紡ぐ。私は、彼女のその言葉に耳を傾けた。それは、無意識のうちの行動だった。


「……あのね、信じてもらえないかもしれないわ。だけど、貴女にならばお話したいの」


 アンナマリア様はそうおっしゃって、私のことを見つめてこられる。その表情が何処となく普段の彼女とは違うような気がして、私はこくんと首を縦に振った。


「私、本当は淑女の中の淑女とか、令嬢の中の令嬢とか、そういうタイプの人間じゃないのよ」


 ふんわりと表情を緩めながら、アンナマリア様はそう言葉を発する。


「私、本当はお転婆なの。……刺繍をするくらいならば野山を走り回っていたいわ。自分を着飾るくらいならば働きたい」

「……それ、は」

「だって、私、お父様の……ううん、ロザーダ侯爵の愛人が産んだ子供だもの」


 彼女は何でもない風にそう告げてこられた。……そう、だったのね。


「母さんは、平民だったわ。生きていくことに必死で、ロザーダ侯爵の愛人の座に収まった。だけどね、正妻からひどいいじめを受けていたの」


 何処となく遠くを見つめて、アンナマリア様はそうおっしゃる。その声音はほんの少し寂しそうであり、なんだか懐かしむような声だったような気がした。


「母さんは心を病んだわ。そのまま、自害してしまった。……残された私は、ロザーダ侯爵家の子供として育てられることになった」


 ゆっくりと紡がれる、アンナマリア様の過去。私は、自然と彼女のお話に耳を傾けてしまっていた。

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いつも余裕な婚約者に一つの嘘をついてみたら、溺愛が始まりました!? 華宮ルキ/扇レンナ @kagari-tudumi

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