第23話 手紙

(……はぁ)


 その日の夜。私は私室にて寝台に倒れこんだ。


 あの後、ファウスト様は私の元に戻っては来られなかった。ロメオ曰く、トラブルが起きてしまいそちらの対処に追われてしまったということらしい。ファウスト様は王太子ということもあり、貴族同士のもめごとなどの仲裁に行かなければならない場合がある。


 そして、今回は高位貴族同士のもめごとだったため、ファウスト様が駆り出されたということらしい。


「みっともない姿を、見せてしまったわ……」


 枕に顔をうずめながら、私はそう零す。ファウスト様の前で泣いてしまった。しかも、子供のように。それを実感して、私の中にはどうしようもない感情が湧き上がってくる。……ファウスト様、私に幻滅されなかったかな? 淑女だと思っていたのに、まだまだ子供だって思われなかっただろうか?


 手鏡で見た時私の目元はほんの少しだけれど腫れていた。涙の跡が残る目元をなぞりながら、私はただぼんやりとする。


「……結局、曖昧なままだったわ」


 ファウスト様に「嘘をついて、ごめんなさい」とは言った。けれど、その噓の内容を伝えたていない。そのため、ファウスト様ももどかしい思いをされているだろうな。……婚約者のついた嘘が気にならないわけが、ないもの。


「次にお会いしたら、きちんと今日のことは謝罪して……嘘の内容も言わなくちゃ」


 手を握りしめて、私はそう決意をする。


 そうしていれば、部屋の扉がノックされてマルティーナが顔を見せた。彼女は申し訳なさそうな表情をしながら、「お手紙が届いております」と言ってくる。……お手紙?


「……誰から?」


 怪訝に思いながら私がそう返せば、マルティーナは「カッリスト様でございます」と教えてくれた。


(カッリストから、お手紙?)


 少なくとも、私の方に用事はない。カッリスト側にも私に用事があるとは思えない。私たちは幼馴染ということもあり、両親同士も仲が良い。だから、大体の用事は両親を通じて私に教えられるのだもの。


 そんな風に思い私が眉を顰めていれば、マルティーナは「どうされますか?」と問いかけてきた。なので、私は「一応、中身を見るわ」と返事をする。


(もしかしたら、お父様やお母様を通じてだと言いにくいお話なのかもしれないし)


 そう思って私が返事をすれば、マルティーナはそのお手紙を私に手渡してくれる。便箋はシンプルなものだ。宛名も「キアーラへ」という素っ気ないもの。でも、それがとても彼らしい。


 ペーパーナイフで封を開け、私は文章に目を通していく。


(……どういうこと?)


 そして、私は頭上に疑問符を浮かべてしまった。


「カッリスト様、どんなご用件でした?」


 マルティーナが穏やかにそう尋ねてくる。そのため、私は口ごもったものの、意を決して「……会いたいって」と答える。


「……はい?」

「カッリスト、私と二人きりで会いたいって……」


 眉を下げながらそう言えば、マルティーナは「どんな風の吹き回しでしょうか?」と言って頬に手を当てていた。


 今まで、カッリストが私と二人きりで会いたいと言ったことはなかった。むしろ、会おうともしなかった。その所為だろう。私の心の中で疑問がむくむくと膨れ上がっていく。


(どうして、いきなり会いたいなんて……)


 それに、二人きりというところも引っ掛かった。そもそも、婚約者がいる女性が二人きりでほかの男性と会うなどマナー違反だ。家族や親族ならば例外だけれど、カッリストと私はあくまでも幼馴染。それに……その。


(ファウスト様に、悪いわ)


 ファウスト様への罪悪感にこれ以上押しつぶされたくなかった。嘘もそうだけれど、カッリストと二人きりで会えばまた秘密を作ってしまう形になる。それは、どうしても避けたいこと。私は、ファウスト様に真摯に向き合いたい。


「とりあえず、断るわ。……ファウスト様に、悪いもの」

「……さようでございますね」


 私の言葉にマルティーナは同意してくれる。だからこそ、私は机の前の椅子に腰かけて、引き出しから便箋と封筒を出す。そのままさらさらと断りの文字を綴った。


(カッリストへのお手紙だと、こんな風にさらさらと文字が出てくるのに……ファウスト様へは、違うのよね……)


 カッリストへだと、さらさらと言葉が出てくる。しかし、ファウスト様へは違う。ファウスト様へはいろいろな思いがあふれ出しそうになってしまって、上手く言葉がまとまってくれない。その所為で、いつも素っ気ないお手紙しか出せなかった。……今後は、そこも直していきたいと思う。


「マルティーナ、これ、明日にでも出してきて頂戴」


 さらさらと文字を綴った便箋を封筒に入れて、マルティーナに手渡す。すると、彼女は「かしこまりました」と言ってくれた。


(……それに、今はカッリストのことよりもファウスト様のことだもの)


 それから、私は頭の中を切り替えてファウスト様へ想いを馳せた。


 次あったときには、きちんと嘘を撤回する。そう、決めた。


 けれど――この日以来、私はファウスト様としばらく会うことは出来なかった。

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