第22話 罪悪感
あのパーティー以来、ファウスト様は私への独占欲をさらに露わにされるようになった。さらには、私の王太子妃としての教育の合間にお茶にも誘ってくださるようになった。そんな関係の変化を嬉しく思う半面、一体いつになったら嘘を撤回できるのかと焦ってしまう私自身もいて。私は、嬉しさと苦しさの中で板挟みになってしまっていた。
この日も、私は王宮でファウスト様とお茶をしていた。ファウスト様は王太子殿下としてのお仕事の合間を縫って、私の元に通ってくださっている。それがわかるからこそ、彼の好意を無下にすることは出来ず。私は結局ファウスト様とお茶をしてしまう。……こういう時間が続けば続くほど、胸の内側がじくじく痛むというのに。
「キアーラ」
本日は生憎の雨模様。そのため、王宮の一室で二人で向かい合ってお茶をする。私たちの間にあるテーブルには紅茶と色とりどりのお菓子が置いてある。そのうちの一つをつまみながら、私はファウスト様に視線を向けた。
「どう、なさいましたの?」
そう問いかければ、ファウスト様はにっこりと笑われた。その人のよさそうな笑みに、私の心がさらに揺れる。
――好き。
そう思う気持ちもあるのに、罪悪感が私の胸にふつふつと湧き上がってくる。
だから、上手く言葉を発せない。
「キアーラ、あんまり楽しそうじゃないなぁって、思ってさ」
私の暗い表情を見てか、ファウスト様がそうおっしゃる。もしかして、気分を害されたのだろうか? そう思ってファウスト様の目を見つめれば、彼は「体調でも、すぐれない?」と優しく問いかけてこられる。
「それとも、疲れちゃった? そうだよね。俺が無理やり押しかけてるに近いし……」
「ち、ちがっ!」
違う。疲れているわけでも体調がすぐれないわけでもない。すぐれないのは気分であり、私自身の弱さの所為だ。
そう思って慌てふためく私に対し、ファウスト様は眉を下げられると、「悩みでも、あるの?」と尋ねてくださった。
悩み。あるには、ある。だけど、ファウスト様に言えるわけがない。だって、ファウスト様への罪悪感に押しつぶされてしまいそうという悩みなのだから。
普通の人ならば、そんなにも罪悪感に押しつぶされてしまいそうならばさっさと嘘だと言ってしまえと思うだろうな。けれど、ひねくれて素直になれない私にそれはハードルが山よりも高い。ツンケンした態度を取り続けている私に、それが出来るわけがない。
時間が経てば経つほど、余計にハードルが上がっているのは実感してる。でも、言う勇気が出ないのだ。
幻滅されたらどうしよう。
そんな不安が胸の中に渦巻いて消えてくれなくて、私を押しつぶそうとしてくる。
「な、悩み、なんて……」
上手い誤魔化しが思いつかなくて、私はうつむくことしかできなかった。あぁ、ダメだ。これじゃあ、余計に心配をかけてしまう。わかっている。わかっているのに――素直になれない。
「ねぇ、キアーラ」
私が自己嫌悪に陥っていると、不意にファウスト様が優しい声音で私に声をかけてくださった。それから「……俺は、どんなキアーラでも好きだって、言ってるよね?」と力強くおっしゃる。
「ふぁ、ファウスト、さ、ま……」
「ツンケンした態度も、ちょっと高圧的な口調も、そのきれいな容姿も。俺は全部が好きだよ。……だから、どんなキアーラでも幻滅しない。たとえ、キアーラが俺のことを好いていなかったとしても」
そのお言葉に、私の情緒はもうぐちゃぐちゃだった。肩を揺らして涙を零してしまう。あぁ、もう無理だ。どうしようもないほど――私は、このお方のことが好きだ。
「ご、ごめんな、さいっ……!」
そう思ったら、口から出たのは謝罪の言葉だった。うなされるようにただ「ごめんなさい」「ごめんなさい」と繰り返せば、ファウスト様は何事かと思われたのだろう。露骨に慌て始められた。
「紅茶、熱かった? それとも、お菓子が口に合わなかった? もしかして、俺が何か気に障るようなことをしたかな?」
私の元に駆け寄ってこられて、ファウスト様は私の背を撫でてくださった。その手もどうしようもないほど優しくて、私の頭の中には謝罪以外何も思い浮かばなかった。
「う、そ、ついて、ごめんなさいっ……!」
ぽろぽろと涙を零して、震える声でそう告げる。すると、ファウスト様はその目を大きく見開かれて「……嘘、って?」と繰り返された。
そのため、私はゆっくりと『嘘』の意味を口にしようとした。でも。
「ファウスト殿下!」
不意に部屋の扉が慌ただしく開き、一人の従者がファウスト様のお名前を呼んだ。そのまま彼は私たちの様子を気にすることなくファウスト様に近づき、その耳元で何かを伝える。
従者の言葉を聞かれたファウスト様は息を呑まれた。
「……キアーラ」
ファウスト様の視線が私に注がれる。多分、ファウスト様は揺れていらっしゃる。私とお仕事。どちらを取られるかを、迷われている。それがわかるからこそ、私はゆるゆると首を横に振っていた。
「いって、ください」
「だ、だけど……」
「わ、私は……大丈夫、ですから」
目元を伝う涙を拭って、無理やり笑顔を作った。その笑顔を見られてか、ファウスト様は息を呑まれて――お部屋を、飛び出して行かれた。
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