閑話4 試されてる?(ファウスト視点)
(え? もしかしてこれ、俺、試されている感じ?)
目の前で真っ赤になりながら俯くキアーラを見下ろして、俺の心臓は柄にもなくバクバクと大きな音を立てていた。
こんな態度を取られると、自惚れてしまいそうになる。キアーラも、俺のことを好きでいてくれるんじゃないかって。
だけど、キアーラには俺以外に好きな人がいる。だから、自惚れてはいけないのに。いけないのに……どうしようもなく、自惚れてしまいそうになる。年甲斐にもなく、キアーラへの恋心が膨らんでいく。
「……ふぁ、ファウスト、さま……」
今にも消え入りそうなほど小さな声で、キアーラが俯きがちに俺の名前を呼ぶ。周囲の人たちは俺たちのことなど気に留めず、コネづくりに励んでいる。せっかく他国の王族とコネをつなぐ機会なのだ。それは当然だし、正直に言ってありがたい。こんな可愛らしいキアーラを、ほかの奴に見られないで済むから。
「どうしたの?」
出来る限り余裕を持っているようなフリをして、俺はキアーラに声をかける。彼女のその目が何処となくうるんでいて、どうしようもないほどの感情が胸の中に湧き上がる。
(あー、可愛い)
もうそれしか頭の中にはなかった。今すぐにでもこのまま攫ってしまいたい。そう思うけれど、それが許されるような立場ではない。今までキアーラへ想いを伝えられなかった俺が、そんなことをする資格などない。
(でも、これは……さすがに)
頭の中で悪魔と天使が囁く。それをすべて振り払い、俺はキアーラの言葉を待つ。そうすれば、キアーラは「……わ、私のこと……す、好き、なの、ですか……?」と恐る恐るといった風に問いかけてきた。
「うん、好きだよ」
冷静を装ってそう返せば、キアーラの唇がもごもごと動く。もしも、自惚れてもいいのならば。彼女の唇は『私も』と言ってくれたような気がした。いや、そんなわけないけれど。
キアーラはすごく素敵な女の子だ。ツンケンしたところはあるけれど、それは自分にも他人にも厳しい証拠。いつも次期王太子妃としての教育を必死にこなし、俺の隣に並ぼうとしている姿はいじらしい。努力家で、可愛らしくて。俺の周囲にはキアーラよりもアンナマリア嬢の方が妃には良いという輩もいるけれど、俺からすれば一番はキアーラだ。キアーラ以外の女性を娶るつもりは、これっぽっちもない。
「……キアーラ。俺は、やっぱりキアーラのことを諦められない。……俺のことを、好きになって」
「ふぁ、ファウスト様……」
「なんて、言える資格はないよね。ごめんね」
冷静になれば、俺がそんなことを言える資格はないのだ。だけど、どうしようもなくキアーラを逃がしたくなくて、俺に捕えておきたくて仕方がない。ほかの奴の元に行くなんて言えば、その輩を殺してしまいそうなくらいなのだから。
「ち、ちがっ」
俺の言葉を聞いて、キアーラが勢いよく顔を上げる。キアーラの視線と俺の視線が交わる。その瞬間、どうしようもなく心臓が早鐘を鳴らし、キアーラに顔を近づけてしまった。
だけど、キアーラはすぐに顔を背けてしまう。……俺、これでも顔はいい方だと自覚しているんだけれど。
(って、キアーラも俺の顔は好きだって言ってたっけ……)
先ほど、キアーラは俺の顔が好きだと言ってくれた。じゃあ、顔で迫ればいい? なんて、簡単すぎるな。止めだ。没。
「ふぁ、ファウスト様は、悪くない……わ、私が、悪い、の、です……」
首をゆるゆると振りながらキアーラはそう言う。……その悪いは、どういう意味? ほかの人を好きになってしまったということに、罪の意識を感じているの?
(それだったら、気にしなくてもいいのに。俺のことを好きになってくれたら、全部どうでもよくなるから)
そう思って唇を開こうとするけれど、それを伝えるのは止めておいた。
そんな懇願するようなこと、言えない。この際プライドも何もかもを投げ捨てると決めたものの、やはりまだ心の中にはためらいがあるらしい。
「……あのさ、キアーラ」
ゆっくりと彼女の名前を呼べば、キアーラの目が真ん丸になる。あぁ、愛おしい。そんな気持ちを抑えつけ、俺はキアーラの耳元に唇を寄せる。誰にも聞こえないように。キアーラにだけ、聞こえるように。
――キアーラの心を、俺は取り戻してみせるから。
宣言とばかりにそう言えば、キアーラの愛らしい頬が一気にぶわっと赤く染まった。……あぁ、可愛らしい。
このまま抱きしめて口づけなんて、許されないだろうか?
(って、許されないよなぁ)
心が通じ合っていないのにそんなことをすれば嫌われるだけだ。わかっている。わかっているんだけれどさ……。
(やっぱり、試されているよなぁ……はは)
そんな可愛らしい顔されたら、こっちも我慢の限界なんだよなぁ。
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