第21話 どうしますの?
その言葉を呟いた瞬間、ファウスト様の視線が私のことを射貫いていた。それに気が付いて、私は顔がカーっと熱くなるのを実感する。誤魔化すように視線をプイっと他所に向ければ、ファウスト様はただ困惑されていた。
そりゃそうだ。私はついこの間「好きな人が出来た」という嘘をついている。なのに、ファウスト様のお顔を見て「好き」と呟いてしまったのだ。困惑されるのは当たり前だし、無理もない。
「き、キアーラ?」
ファウスト様が戸惑ったように私の名前を呼ばれる。その間も、ステップを踏む足は止まらない。そこら辺はさすがだなぁと思いながら、私は「お、お顔、お顔がですわ!」と俯きながら言う。
「ファウスト様の、お顔が、私は、好きなのですっ!」
誤魔化しになっていない誤魔化しだった。そもそも、ここで素直に告白出来ていたらこじれることはなかっただろう。けれど、真っ白になった私の頭にはここで素直に告白するという可能性を潰していた。どうにかして誤魔化そう。それしか、考えられなかった。
「……そう」
私の言葉を聞かれたファウスト様は、静かにそんな返事をくださった。気を悪くされた風もなく、彼は私が踊りやすいようにとエスコートを欠かさない。そういうところも、本当にずるかった。私の心をこんなにもかき乱してこられる。でも、私は彼の心をかき乱せない。それが、どうしようもなく苦しくて、辛くて。
(……そう。私は自分が情けなかった)
私ばっかり意識して、私ばっかり心を乱されて。そんな関係がどうしようもなく辛くて、情けなかった。どれだけ大人びようとしても、釣り合うレベルには達しない。どれだけ努力しても、ファウスト様はいとも簡単に私よりも一歩二歩当たり前に前を行く。
だからなのだろう。私の心にはいつしか情けなさが浮かび上がってきて、それは卑屈な感情を生み出していた。
「キアーラ?」
あまりにもずっと私が俯いているからだろう。ファウスト様が怪訝そうに声をかけてこられる。そのため、私はファウスト様の目を見つめた。私とファウスト様の視線が、ばっちりと交錯する。
その瞬間、私の喉がなる。言え、言え。言わなくちゃ。言わなくちゃ、今、言わなくちゃ。そう思って唇を開こうとする。
――好き。
その言葉を、口にしようとする。だけど、タイミングの悪いことに音楽が終わってしまう。踊り終えれば、私はいつもファウスト様から引きはがされてしまう。もう、言えるわけがなかった。
「……キアーラ?」
「な、な、何でもない、ですっ!」
プイっと顔を逸らして、私はファウスト様から離れようとする。この後はいつも通り、ほかの令嬢がファウスト様の元に寄ってくるから。そう思って逃げ出そうとすれば、ファウスト様は咄嗟に私の手首をつかまれた。そのままそちらに引き寄せられてしまって、私はファウスト様の胸の中に背中からダイブする。
(な、な、なっ!)
これは、ある意味醜態なのでは? そう思ってしまい暴れる私をなだめるかのように、ファウスト様は私のことを力いっぱい抱きしめてこられた。顔が熱い。心臓がバクバクと大きく音を鳴らしている。周囲の視線が、ひどく突き刺さるような気がする。
「ふぁ、ファウスト様っ! 放してくださいませ……!」
こんな公衆の面前で抱きしめられたら、私が羞恥心でおかしくなってしまう。私がそう言っているのに、ファウスト様は「嫌だ」と力いっぱいおっしゃった。
「今キアーラを放したら、どっかに行こうとするから」
読まれていた。
でも、それはファウスト様の邪魔にならないようにするためだ。彼は次期国王なのだから、コネもきちんと築かないといけない。世継ぎを作るために、私以外の妃を娶る可能性だってある。だから、私に執着してはいけないのだ。
「……いろいろと、やらなければいけませんのに?」
「そんなの、キアーラが側に居たってできる」
私の言葉に、ファウスト様は即答された。確かに、コネを作ることは私が側に居てもできること。だけど、私は嫌なのだ。ファウスト様がほかの女性と親しげに話される様子を、そばで見るのが。
「キアーラが嫌なんだったら、俺はほかの令嬢にいい顔はしないから」
本当に、私の思考回路を読まれていた。その所為で、私の顔がさらに熱くなる。それを誤魔化すかのように、私はそっぽを向いて「……私が、無理難題を言ったらどうしますの?」と問いかけた。
異国では『竹取物語』というものがあるらしい。そのワンシーンに、求婚してきた男性に無理難題を吹っ掛けるところがあった。もしも、私が無理難題を突き付けたら、ファウスト様はどんな行動をされるのだろうか?
「絶対に、叶えるから。だからキアーラ。……俺の気持ち、受け取って」
縋るようにそう言われて、私はもうどうすることもできなかった。身体から力が抜けてしまって、そのまま俯く。
(こんなの、好きになるなっていう方が無理よ……!)
本当に、そうだった。どう足掻いても、私はこのお方に敵わない。ここが公衆の面前だということもお構いなしに抱きしめてこられるこのお方に――どうしようもないほど、惹かれている。
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