第20話 こぼれそうになる本音
(……何か、あるのよね)
アンナマリア様がこんなにもファウスト様に執着されるのには、明確な理由がある。それを悟ったら、何とも言えない感情が私の中で芽生えた。
しかし、そんな私を他所にファウスト様が「キアーラ」と声をかけてこられる。なので、私はファウスト様に視線を向けた。そうすれば、彼はきれいな笑みを浮かべられていた。
「……よそ見はダメだって、言ってるでしょ?」
そして、私にだけ聞こえるような音量でそうおっしゃる。しかも、何処となく囁くような声音だった所為で、私の顔にぶわっと一気に熱が溜まった。ず、ずるい。こんな風に囁かれたら……考えられるものも考えられなくなってしまう。ずるい、ずるい、ずるい!
「よそ見、している、わけでは……」
恐る恐ると言った風に私が返答すれば、ファウスト様は「同性でもよそ見はよそ見だ」とおっしゃる。うぅ、それは嫌というほど聞いたけれど……。でも、同性を見つめるくらい許してほしい。
「そ、その、気になることが、ありま、して」
だからこそ、私はファウスト様に自分の考えを正直に話すことにした。
「……なぁに?」
そんな私の言葉をファウスト様は一応聞こうとしてくださる。こういうところが、このお方の憎めないところだ。人の意見もなんだかんだおっしゃっても聞く。……ただし、嫉妬されていないとき以外。
「あ、アンナマリア様のこと、です……」
今にも消え入りそうな声でそう告げれば、ファウスト様の眉間に露骨にしわが寄った。もしかしたら、ファウスト様はアンナマリア様のことがあまり好きではないのかもしれない。それに、先ほどのこともあるしね……。
「彼女のことが、どうしたの?」
優しくそう問いかけられた。けれど、その声音はとても冷え切ったものだ。それに一瞬だけ背筋をぶるりと震わせながら、私は「……彼女、歪なのです」と俯いて答える。
「歪って?」
「……アンナマリア様、ファウスト様のことを狙っていらっしゃるように見えますが、私にはそうは見えないのです」
俯いたままそう言えば、ファウスト様は「……どういうこと?」と問いかけてこられた。なので、私は私が感じた違和感についてお話しする。
パーティーの喧騒から、私たちの会話は周囲には漏れていない。それにほっと息をつきながらお話をしていれば、ファウスト様は「……ロザーダ伯爵が、関連しているのかな」とボソッとこぼされる。
「そう、だと思います。アンナマリア様、ロザーダ伯爵がいらっしゃる時だけ、ファウスト様に言い寄っている気が、するのです」
正直、ファウスト様に私以外の女性が近づくのは嫌だ。そのレベルで、私は心が狭い。
だけど、それと同時に困っている人を放っておけない性分でもあった。ツンケンしていてお人好しで。なんというか、いろいろな要素をごちゃまぜにしたような性格。それが私、キアーラ・ストリーナなのだ。
「そう。じゃあ、俺の方でもいろいろと調べておこうかな」
私が一通り話し終えれば、ファウスト様はそうおっしゃってにっこりと笑みを浮かべられた。その表情はとても美しくて、私は彼のお顔を呆然と見つめてしまう。
「正直、キアーラ以外の女性のために動くのは……って思うけれど、キアーラが心配しているんだったら仕方がないよ」
「……心配、なんて」
「心配しているから、俺に教えてくれたんでしょう? 王族は民たちのために動かなくちゃいけないからね」
ふんわりと笑ったファウスト様が、そう言って私の頭を撫でてくださる。その手の感触が、私の胸の中の恋心を溢れさせていく。今にもファウスト様に抱き着いて「好きです!」と言いたかった。……言えるわけも、ないのに。
(私も、もう少し可愛げを身に着けなくちゃ……)
今まで幾度となくそう思い続けていた。だけど、最終的にはいつだって挫折する。可愛げのない女だと陰口をたたかれるたびに、身に着けようと頑張っているのに。……まるで、ダイエットみたい。なんて。
私たちがそんな風に話していると、音楽が流れだす。どうやら、ダンスが始まるらしい。それに気が付けば、ファウスト様は私の手をおもむろに取られる。そのまま「キアーラ、一曲踊ってくれますか?」なんて流れるような口調で告げてこられた。……な、なにこれ、かっこよすぎる……!
「……は、はぃ」
対する私は顔を真っ赤にして、俯いて答える。そんな私を軽蔑するでもなく、ファウスト様は「可愛い反応だね」なんておっしゃるのだから、本当に私が好きなのだろう。
……私も、それと同等かそれ以上に好きなのだけれどなぁ。言えないけれど。
ダンスフロアの方に向かい、音楽に合わせて踊る。ダンスはお妃教育の一環として厳しく教えられたので、踊れる方だと思う。まぁ、私よりもずっとファウスト様の方が上手なのだけれど。
(ファウスト様のお顔、本当に好き……)
至近距離で彼の顔を見るたびに、好きという気持ちが膨れ上がっていく。その所為なのだろうか。私の唇は自然と「……す、き」と呟いていた。
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