第16話 ほめ殺し(?)

 その後ストリーナ侯爵家のお屋敷の応接間に向かえば、そこではファウスト様がのんびりとくつろいでいらっしゃった。側にはいつも通りと言っていいのか、ロメオが控えている。彼は私の顔を見るとにっこりと笑って従者の礼をとる。


 そんなロメオと見つめ合っていれば、ファウスト様の手がロメオに伸びて――その頭をはたいていた。


「いったぁ、何するんすか、殿下ぁ⁉」


 ファウスト様に頭をはたかれ、ロメオがわざとらしく声を上げる。しかし、それを横目にファウスト様は私に笑いかけてくださった。その後「ごめんね」と謝罪される。


「い、いえ……別に、気にしておりませんわ」


 ツンと澄まして横を向けば、ファウスト様はくすくすと笑われて私の方に近づいてこられる。その歩幅は私よりもずっと大きくて、私の前に立たれればその身長差にほんの少しドキリとする。頬が染まった私のことなど気にも留められていないのか、ファウスト様はその手を私の頬に伸ばされた。


「可愛らしいね」


 そして、そう私に告げてくださった。


「キアーラのためにと思ってドレス仕立てたんだけれど、予想通りとてもよく似合っているよ。……キアーラだったら、何でも似合うだろうなぁって思ったら、逆に考えるのが大変だったよ」


 慈愛に満ちた笑みを浮かべられて、私にそんな甘い言葉を投げつけてこられるファウスト様。その笑みがとても魅力的で、私の心臓がまたドクンと大きな音を立てた。それを悟られないようにとまたツンと横を向くのに、ファウスト様は気を悪くされた風もなくて。


「キアーラのツンと澄ました態度は、とても可愛らしいよ」


 そんな私さえ、ファウスト様は肯定してくださる。


(……こんなことに、なるのだったら)


 嘘なんて、つかなければよかった。そう思うけれど、あの嘘がなかったらいつまで経っても私とファウスト様の関係はあのままだっただろう。それを思うと、またどうしようもない気持ちになってしまって。私は私の顔を覗き込んでこられるファウスト様の目を、恐る恐る見つめてみる。美しくて、宝石のようなその目には愛しいという感情だけがこもっているようだった。


 それから、私たちは一体どれだけの間見つめ合っていたのだろうか。私からすれば、途方もない時間だった。けれど、ほかの人からすれば些細な時間だったのだろうな。


 そう思いながら、私がそっと視線を逸らせばファウスト様は「そろそろ、行こうか」とおっしゃって私の手を取ってくださる。


「……はい」


 顔を横にそむけ、私はファウスト様と視線を合わせないようにしながら、彼にエスコートされて歩いていく。ファウスト様の歩幅は先ほどよりもずっと小さくて、歩く速度もゆっくりだった。私に合わせてくださっている。それに気が付かないほど、私も鈍くない。


「今日はね、王国の高位貴族と友好国の王族を招いたパーティーなんだ」

「……そう、ですの」


 私が緊張していると思われたのか、ファウスト様は歩いている間ずっと何かしらのお話をしてくださった。ストリーナ侯爵家のお屋敷はそこそこ大きい。そのため、応接間から玄関でもかなりの距離があった。


「ロメオ、御者に出る準備をするようにと指示出しておいて」

「は~い」


 途中、ファウスト様はロメオにそう指示を出される。それに対してロメオは特に異を唱えることはなく、さっさと早歩きで歩いて行ってしまう。その後ろ姿を眺めていれば、ファウスト様は「……ロメオのこと、好き?」と問いかけてこられた。……もしかして、私の気がロメオにあるのだと思われているのではないだろうか? あり得る。


「い、いいえ、そういうわけでは、ありませんわ」


 もしもここで肯定してしまえば、ロメオに多大なる迷惑がかかってしまう。だからこそ、私は否定した。いや、実際私に好きな人などいない。というか、大好きな人ならばいる。もちろん、ファウスト様。


(なんて、言えたら本当にいいのだけれどね……)


 このツンと澄ました態度と本音を話せない口。これがあるから、私は周囲から遠巻きにされるというのに。わかっている。わかっているのよ……でも、やっぱり素直になれやしない。素直になれる魔法とかあったらいいのになぁと、思わないこともない。


 私が一人頭の中でぐるぐると考え事をしていると、不意にファウスト様が「キアーラ」と名前を呼んでくださる。だから、私が「……はい」とゆっくりと返事をすれば、彼はふんわりとした笑みを浮かべられた。


「キアーラのこと、俺は本気で好きなんだけれどなぁ」


 のんびりとした口調だった。なのに、その言葉からはひしひしと本気であるということが伝わってくる。……私の心を、かき乱す。


「ツンと澄ました態度も、ツンケンした口も、俺は好きなんだよ」

「……そうですの」

「そういうの、俺、可愛いって思っちゃうタイプだから」


 そういうタイプだなんて初耳だし、そもそもそういうタイプがいうということさえ知らなかった。


(そういうこと、おっしゃるのならば……もっと、早くしてくださればよかったのに)


 そんなことを考えてしまうけれど、ファウスト様にもファウスト様なりの考えがあったのだ。そう、私は自分に言い聞かせた。

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