第15話 プレゼント

 それから二週間が経ち。今日は王宮でパーティーが開かれる日。


 私は朝から湯あみなどを済ませ、ドレスを身に纏い化粧をする。


「お嬢様、とてもお綺麗ですよ……!」


 ふわりとした青いドレスを身に纏えば、マルティーナが感嘆の声を上げる。今日のドレスは全体的に青い。さらには上から下に行くにつれグラデーションがかかっている。布地の触り心地もとてもよく、このドレスが一級品だと誰もがすぐにわかるはずだ。


「……そう」


 ひらひらとしたフリルのついたドレスは、少々子供っぽくも見える。しかし、身に着けるアクセサリーや髪飾りなどを工夫すればそれ相応に大人っぽくも見えた。靴のヒールはほんの少し高め。髪の毛は緩く編み込みにし、真っ青な花飾りがあしらわれている。


 姿見の前で一度くるりと回れば、その美しさに私でさえ感嘆のため息を零してしまいそうだった。ちなみに、このドレス一式はすべてファウスト様からのプレゼントである。ストリーナ侯爵家のお屋敷に届いた時は、私は度肝を抜かれたものだ。だって、宛先に「大好きなキアーラへ」と書いてあったから。……今までは「可愛いキアーラちゃんへ」だったもの。


(とはいっても、今まではアクセサリーの類しかいただいていないけれど……)


 このセルヴァ王国ではドレスを贈るのは婚約者もしくは夫しか許されない。けれど、今までファウスト様は私にドレスをくださらなかった。それも余計に、私がファウスト様に好かれていないと判断した原因なのだろう。今更、気が付いたけれど。


「青色はお嬢様にとても映えますね!」


 近くで侍女たちがそんな風に称賛の言葉をくれる。でも、私の耳にはよく入らなかった。ファウスト様にプレゼントされたドレスを身に纏ってパーティーに出るというのが、何処となくこそばゆかったから。……お手紙には「今度のパーティーで着てね」と書いてあったので、無下にすることは出来なかった。つまり、覚悟が決まっていないのだ。


「そういえば、お嬢様。本日はファウスト殿下がお迎えに来てくださるのでしたっけ?」

「え、えぇ、そうよ」


 侍女の一人にそう声をかけられて、私は慌てて返事をする。ファウスト様は「迎えに行くからね」というお手紙もくださっていた。まぁ、それが普通なのだけれど。


(今までは現地集合だったけれど、これが普通なのよね……)


 社交の場に行く際は男性が女性を迎えに行くのが暗黙のルールなのだ。まぁ、ファウスト様に限ってはお忙しい身なのでそれが免除されていた部分もあるのだけれど。だけど、どうやらファウスト様は本気になってしまわれた。その所為で、私はいろいろな危機を迎えている。


(嫉妬の的とかにならないといいけれど……)


 そう思うけれど、ファウスト様を拒むことなんてできなかった。だって、それってファウスト様に失礼じゃない。……嘘をついた時点で失礼だとかいうのはわかっているわ。それに、あの時はファウスト様が私のことを好いていると思っていなかったのだもの! 仕方がないじゃない!


 そんなことを思っていれば、不意にファウスト様の宣言が脳内で反復されて、私は顔を真っ赤にしてその場にへたり込んでしまった。ここ二週間、ずっとこうだ。時々ファウスト様の宣言を思い出しては、悶える。初めは使用人たちも心配してくれていたのだけれど、これがただの恋煩いだと気が付いてからは生温かい目で見てくるだけ。……まぁ、変に気を遣われるよりは私もこっちの方が助かっているのだけれど。


「お嬢様ったら、本当にファウスト殿下がお好きですね~!」


 いつの間にやってきていたのか、侍女頭がそう言って私に笑いかけてくる。彼女は私にとって第二の母親のような存在。だから、遠慮がない。


「す、好きよ! 好きだけれど……素直に、なれないのよ!」


 八つ当たりとばかりにそう叫べば、侍女頭は「難しいお年頃ですものね」と言って私のことを立たせてくれる。……難しい年頃、なのだろうか? そもそも、十九歳ってそういう年頃なの?


「……そうなの?」

「はい。そうですよ。十代後半はいろいろと大変でしょうし。……主に、恋とかで」


 ニコニコと笑ってそう言う侍女頭には、私の内面などお見通しなのだろうな。だから、そんな言葉を告げてくる。


 それから私はしばし侍女たちと他愛もない話をしていた。ファウスト様がいらっしゃるのはまだまだ先。そんな風に決めつけ、のんきにしていたのだけれど――。


「お嬢様。ファウスト殿下がいらっしゃいましたよ」


 まさかまさかで、ファウスト様は約束の三十分前にストリーナ侯爵家のお屋敷にやってこられたのだ。ど、どうしてこんなに早いのよ⁉ そう思ったけれど、真面目なファウスト様のことだ、私を待たせないようにと考えられたのだろうな。……別に、私は待たされても苦痛じゃないのに。


「ではでは、お嬢様。行ってらっしゃいませ~」


 侍女たちの熱い視線を浴びながら、私はファウスト様の元に向かう。たった一人、マルティーナだけは私の側についてきてくれた。……まぁ、マルティーナがいないと寂しいものね。うん。

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