閑話3 失敗(ファウスト視点)
キアーラが突然駆け出して、部屋を出て行ってしまった。
その後ろ姿をぼんやりと見つめながら、俺は反省する。
今のは、明らかに失敗だったと。
そう思って項垂れそうになるが、そこをぐっとこらえてキアーラの顔を思い出す。彼女は、顔を真っ赤にしていた。
(あの姿、脈なしだとは思えないんだよなぁ)
顔を真っ赤にして、俺のことをきっと睨みつけたキアーラの表情はとても可愛らしかった。
その顔を思い出すたびに、にやけてしまいそうになる。が、今は先ほどの反省をするべきだ。そう自分に言い聞かせ、俺は「はぁ」とため息をついて執務机の方に向かった。
「殿下ぁ! やりすぎですってば……!」
そうすれば、ロメオが後ろからそう声をかけてくる。……そもそも、ああしたのはロメオが原因だ。
ロメオから借りた恋愛小説の男はそうやって迫っていたから。
「あれって、ロメオの所為だから」
にっこりと笑ってそう告げれば、ロメオは「殿下のバカぁ!」と言ってその場に崩れ落ちる。……まったく、可愛らしくないなぁ。
「そもそも、殿下だってサプライズするつもりだったんでしょ!?」
「あぁ、あれ、適当にその場で考えた理由」
そう。サプライズというのは、今作り上げた理由なのだ。
実際はキアーラに断られるのが怖くて、渡せなかった。それを利用しただけなのだ。
まぁ、ヘタレな部分を利用したというべきか。
(だけど、失敗だったなぁ。もうちょっと、外堀を埋めてから行くべきだった)
――はぁ。
露骨にため息をついていれば、ロメオは「殿下って、腹黒ですよねぇ」と言っていた。
ちなみに、もうすでに奴は立ち直っているようで。うん、そのメンタルの丈夫さは見習うべきことだな。
そう思いながらも、俺は「ちょっと黙っていてね」と一応奴にくぎを刺す。
(キアーラは可愛らしいからなぁ。あんなにも可愛らしい子に迫られたら、普通の男だったらすぐに恋に落ちるだろうし)
キアーラは自己評価が低い部分がある。確かにストリーナ侯爵家は妬まれやすく、幼少期から心無い言葉を浴びせられてきただろう。
でも、それを打ち消すくらいにはキアーラは可愛らしい。ある程度は自覚しているだろうけれど、俺からすれば女神か天使だ。
「あ~あ、どうしたものかなぁ……」
執務机の前の椅子に腰かけそうぼやけば、ロメオは「えぇっと、ですねぇ」と目をキラキラとさせながら口を出そうとする。先ほど俺は、ちょっと黙っていろと言ったはずなんだけれどなぁ。
「黙ってろって、言ったよな?」
「でもぉ! 殿下が悩んでいたら、力になるのが俺ですから!」
胸をポンっとたたきながらそう言うロメオだけれど、頼りになるかどうかは微妙なラインだ。
だって、さっき失敗したし。そういう意味を込めて奴を睨みつければ、ロメオは「はははっ……」と乾いた笑いを零す。
そして「今度は、大丈夫っす!」と言う。
「そう。一応聞くか」
「今度はプレゼント攻撃です!」
……うん、無難だな。だけど、それは少々いただけない。
「それはダメかな」
俺が頬杖を突きながらそう言えば、ロメオは「どうしてですかぁ~?」と問いかけてくる。
考えてもみてほしい。王家の金は世にいう税金だ。そんなのキアーラに使えるわけがない。……だって、キアーラにプレゼントを始めたら歯止めが利かなくなっちゃいそうだし。
「王家の金は税金だよ。俺の一存で使えるものじゃない」
「多少は大丈夫じゃないっすか? 殿下の使えるプライベートなお金が……」
「歯止めが利かなくなるから、却下」
にっこりと笑ってそう言えば、ロメオの顔が引きつった。その後「ど、どんだけ贈るつもりだったんすか……」と言いながら天井を見上げていた。
(プレゼントって、俺も何度か考えたんだよねぇ。けど、何もないと渡しにくくて、結局誕生日だけになってたし……)
誕生日プレゼントとして、毎年アクセサリーを贈っていた。でも、そろそろドレスとかでもいいかもなぁ。
そう思い俺がうーんと唸っていれば、ロメオは「ま、まぁ、殿下のお心のままに……」と言った。
多分、さじを投げたのだろう。まぁ、そうなるよな。
「キアーラ様。こんな男、とっとと捨てた方がいいっすよ……」
ボソッとつぶやかれたロメオのその言葉は、俺の耳にしっかりと届いていた。が、特に何かを言うつもりはない。
変なところでヘタレで、あるものといえば顔と身分と財力。年はかなり上。そんな男との結婚は、キアーラも嫌だろうからさ。
(ま、逃がすつもりはこれっぽっちもないけれどねぇ)
今更逃げようとしたところで、無駄なのだ。俺はキアーラに執着しているし、キアーラ以外を妃にとは考えていない。
つまり、キアーラは俺と結婚するしかない。俺もキアーラと結婚するしかない。終わり。めでたしめでたしでハッピーエンドだ。
そんなことを思いながら、俺はロメオに対し「お茶、持ってきて」と命令する。すると、奴は「はいはーい」と言って部屋を出て行った。その後ろ姿を眺めながら、俺は「さぁて、次は……」と零すのだった。
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