第14話 八つ当たり
「ど、どういうこと、ですか……?」
私が唇をわなわなと震わせながらそう問いかければ、ファウスト様は何処となく困ったような表情を浮かべられた。
「……あのね。俺ね、このパーティーでキアーラにサプライズをするつもりだったんだ」
そして、ファウスト様はそう続けられた。
その眉が下がっているのを見て、私は「あぁ、私の嘘は最悪のタイミングだったんだ」と直感で理解した。
「俺は、このときにキアーラに正式なプロポーズをするつもりだったんだ」
凛とした声でそう告げられて、私の胸がどくんと大きな音を立てた。
やっぱり、私は最悪のタイミングで嘘をついてしまったのだ。それを嫌というほど理解してしまって、私はファウスト様と視線を合わせることも出来ずに、そっと視線を下げてしまう。
その瞬間、ファウスト様が息を呑まれたような気がした。
「でも、決心がつかなかった。だから、なかなか渡せなくてさ。……そうやって躊躇い続けていたら、キアーラがほかの人を好きになった」
ファウスト様のそのお言葉に、私の胸がずきずきと痛む。嘘だなんて、撤回できそうにない。
もしかしたら、このまま嘘を押し通すのが理想なのかも……と思ったけれど、それはそれで私の良心が痛む。ダメだ。
「だけど、ちょうどいいのかも。ここで、俺はキアーラが好きだって堂々と宣言する」
まっすぐに私のことを見つめられて、ファウスト様がそうおっしゃる。でも、無理だ。
そんなことをされたら……私が、羞恥心で死ぬ。
そういう意味から、私が「む、無理ですっ!」と言えば、彼は「どうして?」と問いかけてこられた。
その声音には隠し切れないほどの怒りがこもっており、ファウスト様が勘違いされているのは私にもすぐにわかった。
「好きな奴に想いを伝えられないまま、失恋しちゃうから?」
やっぱり、ファウスト様は勘違いをされている。
そう思い、私は唇をわなわなと震わせながら、なんとか言葉を紡ごうとする。勘違いを、解こうとする。
「ち、ちが……」
「違わないよね?」
強引な態度と口調でそう言われ、私はまた口を閉ざした。
結局、私はすごまれるとなかなか自分の意見が言えないタイプなのだ。全く、面倒な人間だと自分でも思う。
けれど、それが私なのだから仕方がない。
そんなことを考えながら、私は胸の前で手を握り「は、はず、かしい、です、から……」ととぎれとぎれに言葉を紡いだ。
「そ、そんなの、恥ずかしいですっ!」
「……キアーラ?」
「公衆の面前でプロポーズだなんて……わ、私、恥ずかしくておかしくなりますっ!」
やけくそとばかりにそう告げ、私は立ち上がってお部屋から逃亡する。
後ろからはロメオの「キアーラ様っ!」という声が聞こえてきたけれど、無視して王宮の廊下を駆ける。
そして、しばらく歩いて私はその場に崩れ落ちてしまった。
未だに心臓はバクバクと大きく音を立てているし、顔は熱に浮かされたかのように真っ赤だろう。
そんな想像をしながら、私は唇を震わせながら「ば、ばかぁ……!」と自分に対して言葉を零していた。
(バカよ、本当にバカよ!)
あんな風に言うべきじゃなかった。
可愛げのある女性ならば、喜ぶべきシチュエーションだった。
なのに、私は素直になれない性格の所為で、ツンケンとした態度をとってしまった。また、ファウスト様に失望されてしまった。
(さすがにあんなことを言ったら、もうファウスト様だって私に愛想を尽かしてしまわれるわ……)
嘘をついた挙句、あんな風に八つ当たりをし、暴言だって吐いた。
こんな女性を妻にしたいなんて、思うわけがない。逆の立場だったら、私は思わない。絶対にお断りだ。
(うぅ、ばかっ! 私のバカっ!)
いつもいつもツンケンとした態度を取った後は、途方もない後悔が身を襲う。
けれど、今回はいつもの比ではなかった。
嘘を撤回することも出来ず、ファウスト様の甘いお言葉に反応することも出来ず、しまいには八つ当たりをしてしまった。
無理だ。もう無理だ。生きていけない。
(私も、好きなのよぉぉ……!)
そう思うのに、それは言葉にならない。アンナマリア様の方が似合っていることくらい、百も承知している。
だけど、アンナマリア様よりも私の方が、ファウスト様をお慕いしているの……!
それだけは、自負できる。
まぁ、態度的なものでこれっぽっちも伝わっていないだろうけれど。
(うぅ、ううぅ~!)
何ともできなくて、その場に崩れ落ちて泣きじゃくる私だったけれど、幸いなことに近くに人はいなかった。
使用人たちに見られていたら、かなりの不審者だっただろうから、それは素直に助かったと言える。それだけは、間違いない。
(ファウスト様のばかっ! ばかっ!)
八つ当たりがいいことではないとわかっているのに、私は何度も何度も八つ当たりを繰り返す。
もう、正真正銘の救いようのない女だった。素直になれない自分を棚に上げて、相手に八つ当たりをする。
救えないし、嫌われてしまうようなタイプだ。さすがにツンケンした女性が好きな人でも、愛想を尽かしてしまうのがよくわかる。
そんなことを思いながら、私はストリーナ侯爵家のお屋敷に戻るために、よろよろと立ち上がり、歩き出すのだった。
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