第13話 意地悪な婚約者

 そんなことを思いながら、私はファウスト様のことをきっと強くにらみつけていた。


 普通ならば怒られてもおかしくはない行為。なのに、ファウスト様はまるでそんな私さえも愛おしいと言いたげに、目元を下げられた。その表情に、私の中でくすぶっていた様々な感情が爆発してしまいそうになる。


 だから、口に出すまいとぎゅっと唇を結んでしまう。


(早く、早く言わなくちゃ……!)


 このままだと、余計に手遅れになってしまうから。


 そう思うのに、口を開けば余計なことやくすぶった感情が出てきてしまいそうで。


 口を開くことさえできないまま、私はファウスト様のお顔を見つめることしか出来なかった。


「どうしたの、キアーラ?」


 その美しい唇が、私の名前を紡ぐ。


 ゆっくりと緩められた唇が、私の視線をくぎ付けにする。あぁ、言いたい。言わなくちゃ。


 理屈では、頭ではわかっている。なのに、口からその言葉が出てこない。うっすらと唇を開いて、閉じてを繰り返す。


「ぁ」


 声にならない息が漏れた。その言葉とほぼ同時に、ファウスト様の人差し指が私の唇に添えられる。


 そのまま彼は小首をかしげられ、「もう、何も言わないでいいよ」と囁くようにおっしゃって。


「また、今度聞かせて」


 まるで甘く堕とすようにそう言われ、私はこくんと首を縦に振ってしまった。


 ダメなのに。今、言わないと手遅れになるのに。わかっているのに、その甘美な罠に落とされてしまう。


 その結果、私は静かに頷くことしか出来なかった。私はこのお方に敵わないのだと、嫌というほど思い知らされてしまう。


「さぁて、キアーラ。一つだけ、いいかな?」


 しばしの沈黙の後、不意にファウスト様はそうおっしゃると立ち上がられる。


 そのまま机に向かわれ、一つの封筒を手に取られた。その封筒には王家の家紋があしらわれており、何か重要な封筒なのだと一瞬で理解した。


「今度、他国の王族を招いたパーティーを開くことになってね」

「……は、はぁ」


 それが一体、なんだというのだ。


 そう思って私が首をかしげていれば、ファウスト様はくすくすと笑われた。


 かと思えば、「キアーラも、参加してくれるよね?」と問いかけてこられた。いや、これは問いかけではない。


 強制的なものだ。つまり、強制参加。私に断る権利などない。


「俺の婚約者として。未来の王太子妃として、キアーラはもちろん参加してくれるよね?」


 ファウスト様は戸惑う私に、追い打ちをかけられる。


 多分、私が躊躇いから言葉を詰まらせていると、彼はおっしゃっているのだろう。実際は、戸惑いからなのだけれど。


(それに、そんな風に言われたら私は断れないわ)


 ファウスト様は私の扱いを熟知されているし、どう誘えば私が断らないかも理解していらっしゃる。


 そのため、こんな風におっしゃるのだ。私の頼られたらなかなか断れないという責任感の強さを、利用されているのだ。


「……そ、その」


 普段の私だったら、憎まれ口をたたきながらも飛びついただろうな。


 それはわかるけれど、嘘をついている手前、私がファウスト様のお隣に並んでもいいのかと、無駄に考えてしまう。


 その所為で唇をはくはくと動かしていると、ファウスト様は「……それとも、好きな男と参加する?」と微妙に冷え切ったような声音でそうおっしゃる。


 ……何度も言いますが、そんな人、私にはいない。幻想が生み出した、私の空想上の人物だ。


「それは、その」

「キアーラは今のところ俺の婚約者だし、何処の男でも手が出せないよ。……キアーラは、俺と一緒に参加するしかないんだ」


 はっきりとした答えを出せない私に、ファウスト様はさらなる追い打ちをかけてこられる。


 そのお言葉を聞いて、私は「あぁ、今日、嘘を撤回するのは無理だな」と判断した。


 ファウスト様は頭に血が上られている。私が原因とはいえ、こんなときに冷静な判断が出来るとは思えない。


「……ファウスト様と、参加、します」


 だから、ツンと澄ましたような態度で私はそう答える。


 そうすれば、ファウスト様は満足気に頷かれ、「じゃあ、これ、招待状ね」とおっしゃり、私の膝の上にその封筒を置かれた。


 幸いにも封はされていなかったため、私は恐る恐るといった風にその封筒を手に持ち、封筒を開いた。


(……パーティーは、二週間後、か)


 パーティーの開催は今日から二週間後と書かれていた。


 だけど、一つだけ気になることがある。それは、この招待状が書かれた日のこと。それは……今から二ヶ月も前のことだった。


 少なくとも、私はこんなパーティーがあることを知らなかった。


「あ、あの、ファウスト、さま……?」


 また恐る恐るといった風に、彼のお名前を呼べば、彼は「どうしたの?」とにっこりと笑って返事をくださった。


 その目がやはりとても怖くて、私はそっと視線を逸らしながら封筒を抱きしめる。


「こ、この招待状の書かれた日なのですが……」

「あぁ、そのこと」


 私の指摘に、ファウスト様はくすっと声を上げて笑われる。


 一体、何がおかしいのだろうか?


 そう思って私が眉を顰めれば、ファウスト様は「キアーラには、直前に知らせたかったから」とあっけらかんと答えられた。


 そのお言葉に、私はただ戸惑うことしか出来なかった。

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