第12話 好きな子ほど、からかいたいってことですか?
私が自分で自分のことをどうしようもないバカだと思っていても、ファウスト様はにっこりと笑われるだけ。
さらには、私の手の上に置いていたご自身の手と、私の手をつながれる。
いきなりの触れ合いに、私は顔に熱が溜まっていくのを自覚した。目をぱちぱちと瞬かせて、口もパクパクと動かす。
「キアーラのそういうところ、とっても可愛らしいね」
もう、本当にどうなっているのだろうか。
これは、都合のいい夢なのだろうか。
そう思って私が視線をそっと逸らせば、ファウスト様はくすくすと声を上げて笑われる。その声がどうしようもないほどに艶っぽくて、私を意識させるには十分すぎた。
(そ、そんなことよりも、嘘だって、言わなくちゃ……!)
でも、それよりも。この間の言葉は嘘でした。本当はファウスト様のことが好きで好きで、仕方がないのです。そう、言わなくちゃ。
そう思うのに、唇は息を吐くだけであり、言葉を紡いではくれない。ファウスト様のそのお美しいお顔が私に接近してきて……私は、頭から湯気を出してしまいそうだった。
……思考回路がぼんやりとして、もう何も考えたくない。
「う、うぅぅ~!」
そして、ようやく口から出たのは何とも言えない悲鳴のようなもの。
そんな私の悲鳴を聞かれてか、ファウスト様は「からかいすぎたかな」とおっしゃり、私から身体を離された。
それにほっと安心する私もいたけれど、大部分は「残念」だった。
もしかしたら私は、今までの距離を埋めるかのようにファウスト様と接近していたかった……の、かもしれない。
「ふぁ、ファウスト様っ!」
「どうしたの?」
「こ、こ、こんな風に急接近されてしまいましたら、私、おかしくなってしまいそうですっ!」
まるで八つ当たりだった。いや、間違いなく八つ当たりだろうな。
そう思いながら私がファウスト様に怒鳴れば、彼はただニコニコと笑われるだけだった。
まるで、そんな私が愛おしいとばかりだった。
「おかしくなったら、いいのに」
その後、ファウスト様がボソッと零されたそのお言葉が、私の胸の中に染み渡っていく。
おかしくなったら、いい。
もしも、ファウスト様のおっしゃる「おかしくなったらいい」が恋に溺れるということならば……私は、とっくの昔におかしくなっている。そう、言えたらいいのに。言えるわけがなかった。
「俺はキアーラが好きすぎて、おかしいの。……だから、キアーラも俺のことを好きになって、おかしくなってくれてもいいんだよ?」
甘えるような声音でそう声をかけられて、私はもう頭がパンクしそうだった。
私の気持ちを取り戻す。
そう宣言されたファウスト様。意味は理解していたつもりだった。
でもっ! だけどっ!
(こんなの、予想外すぎるのよ……!)
こんなにもぐいぐいと来られるのは、完全に予想外だった。
その所為で、私は言いたいことも言えないでいる。顔に熱を溜めて、目に涙を溜めて。わなわなと唇を震わせて。
はたから見れば、完全におかしな女性だろうな。それだけは、わかる。
「ごめんね、キアーラが可愛いから、もっともっとからかいたくなるんだ」
それは、可愛い子ほど虐めたいとか、そういうことなのだろうか?
冷静に考えたら、それもある意味おかしいのだけれど。だけど、ファウスト様だったら許されてしまいそうだった。
実際、私はほだされかけているわけだし。
「いっそ、キアーラのことを閉じ込めて、俺だけしか見えないようにしたら、俺のことを好きになってくれるかなぁって思っちゃうし」
「そ、それは犯罪です!」
「そうだよねぇ。だから、俺だって我慢しているのに」
何だろうか。ファウスト様はスイッチが入るとかなりやばいお方だったのか。
そして、そのスイッチを入れてしまったのはほかでもない私で、きっかけは嘘。
なんというか、感情がぐちゃぐちゃに混ざってしまう。
「けれど、これで俺の気持ちは本物だってわかったよね?」
「そ、それは……」
「いっそ、このままここに住む?」
にっこりと笑われてそうおっしゃるファウスト様に、私はもう冷静ではいられなかった。
もう、嘘を撤回することなんて頭になくて。ただひたすら「ば、バカですか!?」ということしか出来なくて。普通だったら不敬罪で問われそうな暴言も、口から出てしまって。
「キアーラは相変わらずツンケンしているねぇ。可愛らしい」
まぁ、その言葉はどれもファウスト様には通じなかったのだけれど。なんというか、一人で押し問答しているようでどうしようもなく虚しい。
ファウスト様、少しくらい私の気持ちを尊重してくださってもいいじゃない!
私の言葉、聞いてくださってもいいじゃない!
そうとしか、思えなかった。
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