第11話 お誘い
それからしばしの日が経ち。
私はほかでもないファウスト様に、王宮に招かれていた。
普段からいろいろな理由で訪れてはいるけれど、正式にファウスト様に招かれるのはかなり久々……かも、しれない。
「一体、どういう風の吹き回しなの……?」
そう思ったけれど、この間のファウスト様の態度とお言葉を思い出して、頬がぶわっと熱くなる。
本気で好きだと言われた。それが脳内で反復して、私の頭をしびれさせる。でも、それよりも。
今日の私には重大な任務が課せられている。そう、あのお話は嘘だったと撤回するということ。
(勇気も何も出ないのよ。だけど、このままでいいはずがないわ!)
何もわからないけれど、それだけはわかる。だから、私は今日、ファウスト様に本当は好きな人なんていないと、この間の言葉を撤回するのだ。
頑張れ、私。頑張れ、キアーラ。
そんなことを考えていると、馬車が王宮にたどり着く。ゆっくりと立ち上がって馬車を降りれば、そこにはいつも通りの表情のロメオが待機していた。彼は「お迎えに上がりました!」と言って私のことをエスコートしようとしてくれる。
ロメオは男爵家の令息だというし、エスコートもお手の物らしかった。
そして、ロメオに案内されているうちに、私はロメオに「本日は、どういうご用件かしら?」と問いかけていた。言葉が何処となく刺々しいのは、今更だ。
その証拠にロメオは特に気にすることはなく「そうですねぇ~」と言葉を発する。しかし、最後にはそのきれいな顔を歪め、立ち止まって私の方に視線を向けてきた。その表情は困っているようにしか見えない。眉が下がり、苦笑を浮かべているようにしか見えない。
「俺にも、よく分かんないんですよね。殿下ってほら、気まぐれじゃないですか」
「き、気まぐれとか、そういうことじゃないでしょう……!?」
無意識のうちにまた刺々しい言葉を使ってしまって、ハッとして後悔をする。けれど、ロメオは特に気にした様子もなく、「そんなもの、本人しかわかりませんしねぇ~」とのんびりとしていた。
前々から思っていたけれど、ロメオってかなりマイペースだわ。
「さぁて、行きますよ」
私の気持ちも知らないロメオは、また足を進めた。
仕方がないのでそれに反発することもなく、私はロメオに続いて歩く。ロメオの足取りはいつも以上にゆっくりで、私はいろいろと勘繰ってしまいそうだった。
「どうぞ~」
その後、ロメオは一つの扉の前で立ち止まり、私にそう声をかけてくる。
その扉の中にあるお部屋は、この間私がファウスト様に嘘をついて、ファウスト様に好きだと告げられたお部屋。
なんというか、いろいろと思ってしまう。
(いいえ、逃げてはダメよ、キアーラ。私はやればできる子……よ)
やれば出来るとしても、やらなくちゃ意味がないのだけれど。
内心でそう付け足しながら、私は扉を三回ノックして「キアーラです」と声をかけた。
そうすれば、中から「入っていいよ」という優しい声音の言葉が返ってくる。だから、私は意を決して扉を開く。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
定型文の挨拶をして、一礼。そして、顔を上げる。
すると、ファウスト様はその漆黒色の目を細められ、「待っていたよ」とおっしゃった。
「さぁ、こっちにおいで」
それから、ファウスト様は立ち上がられると私のことをエスコートしてくださる。
すぐそこなのに。
そう思ってしまうけれど、ほんの少し触れ合うのも嬉しくて。私はそっぽを向きながらファウスト様にエスコートされ、ソファーに腰を下ろした。
「キアーラ」
ファウスト様は何のためらいもなく、私の隣に腰を下ろされる。
肩が触れ合いそうなほどに近くて、私の頬がカーっと熱くなる。
でも、それを悟られたくなくて視線をそっと逸らした。顔も、逸らした。
「な、なんですの?」
いつもいつもツンケンとした態度を取ってしまうのは、もはや病気の域に達しているのかもしれない。
いつだってツンケンした態度を取った後は、どうしようもないほどの後悔が襲ってくるというのに。
直そうと思っても、直らないのもまた問題。生まれ持った性格は、そう簡単には変わってくれない。
「キアーラは、いつ見ても可愛らしいよね」
いつも告げられたお言葉と同じ……では、なかった。
お言葉自体は同じもの。けれど、込められた感情が全く違う。
本当に愛おしいとでも言いたげで、私のことを婚約者として褒めてくださっているのだとすぐにわかった。
……心臓が、バクバクと大きな音を立てて、私は膝の上に置いた手を握りしめていた。
「そういうツンケンとした態度も、俺は好きだよ」
そして、ファウスト様は私の手にご自身の手を重ねて、囁くようにそうおっしゃる。
……ず、ずるいの。そういうの、ずるいの。
そんなことを思うと、どうしようもなく照れくさくて、逃げてしまいたくて。
私はぐっと息を呑む。……誤魔化すように。
「そ、そんなこと、言われましてもっ……!」
嬉しくないわけじゃない。本当はすっごく嬉しい。
しかし、私のツンケンした態度はこれっぽっちも崩れてくれない。
……自分で、自分がバカなのではないかと思ってしまった。
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