閑話2 吹っ切れた(ファウスト視点)
キアーラが立ち去り、俺はソファーの背もたれに背中を預けた。
だらしない格好だとはわかっていても、身体からは力が抜けてしまい、上手くソファーに腰掛けていることが出来ない。
(……俺、は)
口元を押さえこみ、キアーラの真っ赤になった顔を思い出す。彼女の戸惑うような目が脳内に思い浮かび、俺自身をどうしようもない感情に陥らせてきた。今にも泣いてしまいそうなほど表情を歪めていたなど、彼女はきっと気がついていない。
「殿下、でんかぁ!」
「うるさい」
乱暴な口調でロメオをたしなめれば、彼は「で、でも、でもっ!」と言って慌てふためく。
どうして、別れを告げられた俺よりも慌てふためくのかなぁ。内心でそう零しながらも「黙って」と端的に命令をした。
そうすれば、ロメオは「は、はい」と言ってその場で立ち尽くす。けれど、足踏みはしており、それが視界に入るたびに苛立った。
……俺は今、重要なことを考えているというのに。
「ロメオ」
「は、はいっ!」
「一度、出て行ってくれるか?」
有無を言わさぬ笑みを浮かべ、ロメオにそう命令する。なのに、奴は「……で、でもぉ」と言って渋っていた。
奴にとって、命令よりも俺とキアーラの関係の方が重要ということなのだろう。それが嫌というほど伝わってくるため、俺は「好奇心は猫をも殺すよ」と追撃を与える。
「好奇心で人の恋路に口を出したら馬に蹴られるし、殺されるよ。わかるよね?」
「へ、へぇ……」
「だから、出て行って」
もう一度そう命令をすれば、ロメオは渋々といった風に部屋を出て行く。
最後に名残惜しそうに振り返り、ぱたんと扉を閉めた。
その瞬間、また身体から力が抜けてしまいぼんやりと天井を見上げる羽目になってしまった。
「……キアーラ」
キアーラに、好きな人が出来た。
妹分の初恋は喜ぶべきことであり、兄貴分としては応援してやるのが筋なのだろうな。
わかる。わかるんだけれど……俺はキアーラが好きだから。応援することは出来ないし、別れてあげることも出来ない。
(……そもそも、逃がすつもりなんてこれっぽっちもないのにさ)
こうなった原因は俺にある。むしろ、俺以外に責任などない。
俺があいまいな態度を取り続け、キアーラの心をみすみす手放してしまった。わかる。理屈ではわかっている。
だけど、どうしようもないほどに腹が立ってしまった。キアーラの心を奪ってしまった、その輩に。
(幼馴染の奴か? それとも、この間夜会でキアーラにちょっかいを出していた奴か?)
キアーラはああ見えて大層モテる。容姿が美しいのもあるけれど、一番はその努力家な性格。
少しツンケンしているけれど、優しい態度。それは、無意識のうちに数多の男性を魅了してきた。それに気が付いてから、俺は彼女の周りを飛び回る虫けらを様々な手段を使って追い払ってきたし、人に言えないようなことだってした自覚がある。
でも、そういう行動をしたところでキアーラが別の人を好きになってしまえば、終わりだった。それに、ずっと気が付けなかった。
キアーラはずっと俺の側に居てくれる。そんな思い込みが、この事態を招いている。ようやく理解しても、遅すぎる。だけど、手遅れではないはずだ。
俺が本気だと言ったときのキアーラの表情は、照れていた。つまり、全く脈がないわけではない。今からでも、迫れば俺のことを好きになってくれる可能性は微々たるものだが、あるのだ。
(変なプライドも、意地も、何もかも捨てちまえばいい。キアーラと別れることに比べたら、なんてことない)
王太子としてのプライドも、意地も、いっそ何もかも捨ててしまおう。立場的なものや年の差的なもので縋るのはみっともないとわかっている。
だから、俺は彼女を堕とすのだ。俺の元に、俺と同じくらい、俺のことを愛してくれるように。
「目が、覚めた」
もしも、あのままキアーラが俺の側に居てくれたら。きっと、俺は現状に甘えてキアーラのことを妹扱いし続けていただろう。
本当はとっくの昔に婚約者としてしか見ることが出来なくなっていたというのに。兄貴分のまま、居座っていたのだろう。
(そう思ったら、キアーラの心を奪った輩にも感謝するべきなのかもな。……まぁ、負けないけれど)
マイナスからのスタートだったとしても、構わない。そっちの方が、燃えるし。
俺って、逆境で燃えてしまうタイプらしいから。
「さぁて、どうやって堕とそうかな……」
俺の元まで落ちてきてくれたら、世界一の幸せを約束するから。
また、俺の元に戻ってきてほしい。そのためならば、尽くして、尽くして、尽くして、溺れるほどの愛を注ぐから。
心の中でそう思いながら、俺は口元を歪めた。
人間というものは不思議なもので、吹っ切れてしまえば強いのだ。
だから、俺は吹っ切れる。不必要なものをすべて切り捨てて――キアーラの心を、手に入れるために。
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