第10話 乱される心

「あ、あの……」

「俺は、本気だから」


 私の戸惑うような声を聞かれたファウスト様は、私の目を見つめて真剣にそうおっしゃる。


 その表情がひどく魅力的で、こんな状況なのに私の胸がときめいてしまう。


「俺は、キアーラが本気で好きだから。……このまま、易々と別れるとは思うな」


 まるで捕食者のような目をされたファウスト様が、私のことを射貫く。それだけで、私の心臓がどくん、どくんと大きな音を鳴らす。


 思わず口をパクパクと動かしていれば、ファウスト様は私の白銀色の髪をその手で梳かれた。その美しい指が、私の髪の毛を梳いている。その真実が、どうしようもなくこそばゆくて、恥ずかしくて。なのに、とっても嬉しくて。


「で、ですが……」


 その恥ずかしさを誤魔化すかのように声をかければ、彼は「なぁに?」と問いかけてこられた。


 ……特に、意味などなかった。けれど、このまま「何でもありません」というのも無理だったので、私は意を決して口を開く。


「ファウスト様、今までずっと私のこと妹扱いだったじゃないですか……!」


 聞くのは、もうこのときしかないと思った。


 そのため私がそう問いかければ、ファウスト様は少し気まずそうにご自身の髪の毛を掻かれる。彼のその視線は天井に向けられている。


 しかし、すぐに私の方に視線を戻してくださった。


「……俺って、肝心なところでヘタレみたいだから」


 今にも消え入りそうなほど小さな声で、ファウスト様がそうおっしゃる。


「確かに、ずっと昔はキアーラのことを妹としか思っていなかったよ。……でも、どんどん成長していくキアーラに心を乱されるようになったのは、真実だ」

「……は、はぃ」

「だけど、俺はキアーラよりもずっと年上だ。こんな男に迫られたって、キアーラは嬉しくないだろうな。そう、思っていた」


 ……初めて知った、真実だった。


 ファウスト様のお言葉を聞いて私が黙っていれば、彼は「だけど、後悔はしたくないよ」と凛とした声で告げてこられる。


「後悔はしたくない。このままキアーラと別れるくらいならば、変なプライドは捨てる。思い込みも、捨てる。そう、思っただけ」


 にっこりと笑われたファウスト様が、そうおっしゃる。


 いつだって私はファウスト様に迫られたら、舞い上がって喜んでいただろう。でも、それはどうやらファウスト様には伝わっていなかったらしい。


 当然と言えば、当然かもしれないけれど。だって、私はいつだってファウスト様に対してツンケンした態度を取ってきたから。


「ふぁ、ファウストさま……!」

「好きだよ、キアーラ」


 そのお言葉に、私の顔がぶわっと熱くなった。


 ずっと、ずっと望んできた。そのお言葉。ここで「わ、私も……!」と言えれば、可愛らしい女の子なのだろう。


 わかる。わかるのだけれど……言えるわけがない。


「そ、そうですの……」


 視線を逸らして、熱くなった顔を隠すように俯いて、私はまたツンケンした態度でそう言ってしまう。


 やっぱり、可愛げのない女だ。こういう女は、好かれないだろうに。


「キアーラよりも可愛らしくて美しい女性はいない。それに、なんだかんだ言っても努力家なところも、ツンケンとした態度も、俺は好き」


 また、顔に熱が溜まっていく。どうしようもない感覚に陥って、私は誤魔化すように立ち上がる。


「か、考えさせてくださいませ!」


 そして、それだけを叫んで部屋を飛び出した。


 後ろからロメオの「あーー!」という絶叫が聞こえたけれど、振り返ることなんて出来なかった。


(う、うそ、嘘よ、嘘に決まっているわ!)


 ファウスト様が、私のことを好きだなんて。


 上手く信じられない。上手く、そのお言葉を受け入れられない。


 そんなことを思いながら、私はただ真っ赤になった頬を押さえる。唇をパクパクと動かし、必死に冷静さを取り戻そうとする。


 ……無理だった。


 脳内に蘇るのは、先ほどのファウスト様の真剣な表情と、捕食者のような目。絶対に逃がさないとでも言いたげなその目に、私は囚われてしまいそうだった。もう、逃げることも出来ないような気も、した。


 いいや、違う。私には、逃げるつもりなど一切ないのだ。素直になれないだけで、そのまま捕食されても、囚われても、構わないと思っている。……本当に、素直になれないのが大きな足かせだ。


「そ、そうよ。今度会うときに、嘘でした、と言えばいいのよ……!」


 言える確信もないし、保証もない。


 けれど、挑戦しなくちゃいけないような気がした。いつまでもツンケンとした態度の私じゃ、ダメだから。


 ……ファウスト様は、そんな私のことも好きだとおっしゃってくださったけれど、直さないといけない短所なのは目に見えている。


「が、頑張るのよ。今度、お会いするときまでに覚悟を決めるのよ……!」


 小さく手を握りしめて、心の中でそう呟く。


 しかし、このときの私は知らなかった。


 ……この後に、嫌というほど愛されてしまうということを。


 嫌というほど溺愛されて――窒息寸前になってしまうことを。


 撤回することが出来ないまま、時間だけが過ぎてしまうことを。

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