第4話 面倒な女に、なりたくないのに
ここで、「私のこと、婚約者扱いしてください!」と言えれば、よかった。
だけど、言う勇気は出なかった。もしも「婚約者として、見ることが出来ない」なんて言われたら、私は一生立ち直れないだろうから。
「……ありがとう、ございます」
だから、私は無理やり笑みを作って、ファウスト様にお礼を告げた。
そんな私をどう思われたのだろうか。ファウスト様は「……行こうか」とおっしゃって、手を差し出してくださる。
多分、舞踏会の方に戻ろうとおっしゃりたいのだろう。……本当のところ、戻りたくない。
(けれど、わがままを言うわけにはいかないわ。だって、ファウスト様が長い間席を外すわけにはいかないもの)
王家主催の舞踏会なのに、王太子であるファウスト様がいないのは問題になってしまう。
そう思ったから、私は「はい」と端的に返事をして、ファウスト様の手に自身の手を重ねた。
「……キアーラ」
すぐ隣で、カッリストの戸惑うような声が聞こえてくる。そのため、私は彼に向かって頭を下げ、「ありがとう、ございました」と告げてファウスト様にエスコートされてホールの方に戻っていく。
その後、私とファウスト様は何でもない風に並んで歩く。
このセルヴァ王国の社交界は他国に比べれば緩い方らしく、度々席を外すことも珍しくはない。ほかの国は席を外すと咎められることもあるというし、その点ではこの王国に生まれてよかったと思っている。
「キアーラちゃん」
私がぼんやりとしながら歩いていると、ふとファウスト様に声をかけられる。
なので、私が「……どう、なさいました?」と返事をすれば、彼は静かな声で言葉を紡がれる。
「……彼とは、幼馴染なんだっけ」
その言葉の意味を、私はすぐに理解できなかった。けれど、少しした後にカッリストのことだと気が付く。
だからこそ、私は出来る限りにっこりと笑って言葉を紡ぐ。
「……腐れ縁、ですよ。幼馴染って言えば響きはいいかもしれません。でも、所詮は腐れ縁です」
「……そう」
「私にもカッリストにも、恋愛感情なんてありませんから」
笑みを苦笑に変え、そう言えばファウスト様は「……羨ましいなぁ」なんて零されていた。その羨ましいの言葉の意味が、私にはいまいちよく分からない。
「俺も、キアーラちゃんと年齢が近かったらよかったのに」
ボソッと零されたそのお言葉に、私の胸が高鳴る。
もしかして、ファウスト様も私と同じことを考えていらっしゃるの?
年の差さえ、なければ……って。
「……ファウスト様」
「なんて、ごめんね。何でもないよ」
もしも、私がここで「続きを教えてください」といえたら、未来が変わったのかもしれない。
なんて、私にそんな勇気がないから、未だに恋心を燻ぶらせているのだけれど。
(嫉妬したって、素直に言えたらいいのに。言えたら、こんなことには……)
何度も何度も、喉元までその言葉は出てくる。
なのに、最後の一歩が踏み出せない。そのままその言葉を呑み込んで、いつも笑みを浮かべてしまう。
そんな自分が、惨めで大嫌いだ。
以前、貴公子の方がおっしゃっていたことがある。
貴族の令嬢は面倒な女性が多いと。嫉妬深かったり、束縛をしてきたり。そういう人は、面倒だと。
あの言葉を聞いて以来、私はファウスト様への言動に気を付けるようになった。面倒な女になりたくない。その一心で、私は自分の気持ちを抑えつけてきた。
「キアーラちゃん?」
私の考えなど知りもしないファウスト様は、私の顔を覗き込んで名前を呼んでくださる。
だから、私は「……少し、疲れちゃったみたいです」と誤魔化すことしか出来なかった。
「そう。……もうちょっとだから、頑張ろうね」
「……はい」
私の頭をなでるその手つきも、子供扱いで妹扱いだった。
もう、私は子供じゃない。出逢った頃の八歳の子供じゃない。十九歳だ。
女として、見てください。
そんな言葉が喉元まで出かかって、また呑み込んだ。
(……もう、終わらせたいなぁ)
きっと、このまま婚約者という関係を続けていても、互いが辛いだけ。
私は自分の恋心に踊らされ続けて、ファウスト様は妹分としか見ることが出来ない女性と結婚する羽目に陥る。
そうなれば、二人とも幸せにはなれない。
……婚約の解消が、脳内にちらついた。
(カッリストの言葉は、最もだわ。……終わらせたい。ううん、終わらせなくちゃならない)
パーティーホールに入るなり、令嬢たちがファウスト様に群がってくる。その様子を何処となくぼんやりと他人事のように見つめながら、私は自分の手を握りしめて決意を固めた。
ファウスト様が、困ったように笑いながら令嬢の方々の相手をしていらっしゃる。
彼女たちもそれなりの権力者の娘なので、邪険には出来ない。わかっている。わかっているのに――。
(本当に、醜いわ)
私の心は、理解してくれない。嫉妬してしまう。私だけを見てほしいと、思ってしまう。何処にもいかないでって、私以外の女性に微笑まないでって、束縛してしまいそうになる。
そんな醜い自分自身が、大嫌いだった。
そして、思うのだ。
――やっぱり、この関係を変えたい、と。
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