第2話 苦しい
じくじくと痛む胸を押さえながら、ファウスト様のことを見つめる。すると、彼と私の視線がばっちりと絡み合う。
その後、彼は私を安心させるようにと微笑まれた。そのふんわりとした笑みが、私は大好きだ。けれど、せめて隣にいる女性を振り払ってから、微笑んでほしかった。
そう思ってしまう私は、贅沢者なのだろうか? 嫉妬深い女なのだろうか?
心の中を支配していくドロドロとした感情を無理やり押し込める。だけど、濁流のように流れていく嫉妬心が抑えきれない。どれだけ抑えこもうとしても、押し込めようとしても。それらは容赦なく私の心をかき乱し、表に出てこようとする。……苦しかった。
苦しくて、苦しくて。どうにかなってしまいそうだ。
「ファウスト殿下。よろしければ、わたくしと一曲、どうですか?」
そんなことを思っていれば、ファウスト様の側に一人の令嬢が寄る。彼女はその美しいブルーの目を柔和に細め、ファウスト様にアピールをしていた。
彼女の名前を知らない者は、この王国にはいないだろう。アンナマリア・ロザーダ。この王国の辺境伯爵家であるロザーダ伯爵家の令嬢であり、王家も蔑ろにすることが出来ない人物。彼女はふわりとウェーブのかかった金色の髪をなびかせながら、色っぽくファウスト様に迫る。
「光栄です、レディ」
そんなアンナマリア様を特に拒否することはなく、ファウスト様はまたダンスホールの方に戻っていく。その姿を見ていると、どうしようもないほど苦しいのだ。
アンナマリア様と仲睦まじく踊っていらっしゃるファウスト様は、とてもお美しい。
アンナマリア様はとても艶っぽい容姿をされている。胸元が少し空いたドレスは、彼女の魅力を存分に引き立てていた。
私と同じ十九歳とは、思えない。
「いやぁ、アンナマリア様とファウスト殿下はとてもお似合いですなぁ」
何処からか、そんな声が聞こえてきた。
その言葉に、私の胸がチクっと痛む。いや、チクッとなんて可愛らしいものじゃない。グサッと痛んだ。
「本当に。しかし、ファウスト殿下はアンナマリア様とご婚約されませんでしたよね……」
噂好きだと有名な伯爵夫人が、そう声を上げる。すると、その周囲には同じような夫人方が集まり始め、こそこそと話をされる。私がここにいることもお構いなしなのは、私よりもアンナマリア様の味方をした方が良いと思われているからだろうな。
「アンナマリア様は教養もあり、性格も大層よろしいと噂ではありませんか」
「そうですね。噂ではロザーダ伯爵はアンナマリア様を殿下のお妃に……と望まれていたようではありませんか」
「まぁまぁ、そうなのですね。確かにストリーナ侯爵家も大層な家柄ですものね。ですが、ロザーダ伯爵家と比べますと……」
そんな話し声の数々に、私は居心地が悪くなってしまってその場をそっと離れた。
その後、ゆっくりと王宮の中庭へと出る。王宮にはよく来ているので道に迷うことはない。ただ、ぼんやりとベンチに座って空を見上げた。
(……ファウスト様も、私よりもアンナマリア様と一緒にいらっしゃった方が、いいのかしら……)
あの楽しそうに踊るお二人の姿を見ていると、そう思ってしまう。
ファウスト様はお優しい。だから、私のことを邪険にしないだけなのではないだろうか。そう、思ってしまう。
一度ネガティブな考えが思い浮かんだら、その考えはなかなか消えてくれない。私の中でくすぶって、くすぶって、くすぶり続ける。私の心を支配するのは、嫉妬の炎。めらめらと燃え上がるその炎に心を支配され、それ以外何も考えられなくなってしまう。
そんな私自身が、私は大嫌いだった。
それから、一体何分経っただろうか。もしかしたら何十分も経っていたのかもしれない。それくらい長い時間を私が一人で過ごしていると、不意に人影が私の側にやってきた。それに驚きながらも、ゆっくりと人影の顔を見つめる。
そこには……よく知った、私の幼馴染の顔があった。
「なぁに、カッリスト」
「いいや、別に」
彼――カッリスト・ベレンギは無表情のまま、無言で私の隣に腰を下ろした。
「……逃げてきたのか?」
彼は、しばらくしてそう問いかけてくる。
カッリストにはデリカシーというものがない。でも、そのとても整った容姿から女性からの人気が天井知らずな人。ちなみに、私にとっては腐れ縁の幼馴染でしかない。
「……そうよ、悪い?」
ゆっくりとそう言えば、カッリストは「全然」と言って口元を緩めていた。彼のその黒色の目が、私のことを射貫く。
それがどうしようもないほど心地悪くて、私はまたそっと彼から視線を逸らした。
「……お前は、キアーラは、あれでいいのか?」
その後、彼は凛とした声でそう尋ねてきた。
あれでいいのか。それはきっと、ファウスト様との関係のことだろう。
「……あんたに、関係ない」
今にもこぼれそうな涙を抑え込んで、そう答える。すると、カッリストは「……そっか」と小さく返事をくれるだけだった。
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