いつも余裕な婚約者に一つの嘘をついてみたら、溺愛が始まりました!?

華宮ルキ/扇レンナ

本編Ⅰ

第1話 私の婚約者は十歳年上

 私、キアーラ・ストリーナには婚約者がいる。


 十歳年上で、見た目麗しく身分もよく、それでいて性格も良い。そんな、完全無欠の婚約者が。


 私の生まれたストリーナ家は王国から侯爵の爵位を賜っており、歴史の長さも社交界での発言権も文句のない名家。そんなストリーナ家に第三子、長女として生まれたのが私だった。


 上二人が兄だったこともあり、蝶よ花よと育てられてきた私。そんな私が初めて恋をしたのは――とても美しい、王子様だった。


 ◇◆◇


 その日は、王宮で舞踏会が開かれていた。


 きらきらとしたシャンデリアがまぶしい王宮のホール。その中央で踊るのが、私の婚約者。ちなみに、相手は私ではない。


(そりゃあ、おかしくないわ。そう、おかしくないの……)


 実際、彼の身分や立場的なことを考えれば、ほかの女性を邪険にすることもできない。


 けれど、もう少し私との時間を大切にしてくれたら……と、思わないこともない。


 特に今日はほかの女性たちの動きが早くて、一曲踊った後私はすぐに引きはがされてしまったのだ。


 ぐっと手のひらを握り、俯く。今日のために仕立てた美しい青色のドレスを、彼はしっかりと見てくれただろうか。


 久々に王宮で社交の場が設けられるからと、お父様におねだりをして仕立ててもらったことのドレスに対して、彼は感想一つ言ってくれなかった。


 いや、言ってくれた。


 ただ一言。


「可愛いね」


 とだけ。


(私は、きれいだねって言われたかったのに……)


 私は彼の褒め言葉の数々が不満だった。


 そうだ。彼はいつだって私のことを子ども扱いで妹扱いする。呼び方だって、婚約したばかりの頃から変わらない。レディ扱いは無理でも、せめて普通の女性として扱ってほしかった。いつまでも「キアーラちゃん」呼びは、嫌だった。


 だから、私は大人びたドレスを仕立ててもらった。少しだけ胸元を開けて、意識してもらえるようにした。


 なのに、彼はいつも通り「キアーラちゃんは可愛いね」としか言ってくれない。……もう、虚しくて虚しくてどうにかなってしまいそうだった。


 そう思いながら、私は壁際に寄る。ちょうど三曲目が終わり、彼はまた新しい令嬢たちに囲まれている。


 彼はそれを嫌がることはなく、その漆黒色の目を柔和に細めて令嬢たちの相手をする。ちなみに、彼女たちのことは普通にレディ扱いだ。……妹扱いは、私だけ。


(こんなの、望んでいるわけじゃないのに……!)


 私はあのとき初めて恋をした。


 美しくて優しくて、完全無欠の王子様に恋をした。その後はとんとん拍子で婚約が決まって、幸せな日々が始まるものだと信じていた。


 確かに、婚約した当初の私は八歳であり、子供扱いもある意味納得だった。だけど……今の私は十九歳なのだ。子ども扱いは、もう我慢ならない。


(お酒だって飲める年なのよ? もう、ジュースばっかり飲んでいる子供じゃないのよ?)


 ワイングラスに注がれた赤ワインをぼんやりと見つめる。


 ワインの水面に映った私自身は、とても美しい。白銀色のさらさらとした腰までの髪も、美しい緑色の目もすべてが完璧。


 周囲は私のことを『白銀の姫君』と言い表す。姫君ではないけれど、今この王国に姫はいない。だから、そう呼ばれても勘違いはされない。


「……いいなぁ」


 顔を上げて、彼と踊る楽しそうな令嬢の姿を見ていると、思わずそんな言葉が零れた。


 大人っぽくて、きらきらとしていて、表情豊かで。私にはないものを、持っている。


 うらやましい、うらやましい。そんな感情が心を支配して、渦巻いて、私はどうにかなってしまいそうだった。


(ダメ、ダメよ。こんな嫉妬深さでは――王太子妃は、務まらないじゃない)


 だけど、私は自分自身にそう言い聞かせた。


 私の好きな人。私の十歳年上の婚約者は――このセルヴァ王国の第一王子兼王太子のファウスト・セルヴァ様。


 二十九歳であり、優しい性格と何処となく色っぽい整った容姿。それからその身分から女性人気が高い男性。


 私は……そんな彼が、好き。大好き。


 けれど、この感情は何処まで行っても一方通行なものなのだ。それだけは、これでもかというほど、わかった。

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