第5話

 冬夜の実家は俺の実家に近い場所にあった。

 とはいえ、田舎ゆえ徒歩でも自転車でも距離が遠い。車やバイクの免許は持ってないし、電車で行っても結局駅から歩く。少し交通費が嵩むがバスで行くことにした。

 あたりには青々とした木々が生い茂っている。相変わらず蝉はミンミンと鳴いているが、大学で聞く声よりも遠かった。

 冬夜の実家は一軒家だったが山奥にあるため、途中で何度もひなに連絡をした。

 汗だくになって家を見つけると、玄関先でひなが手を振っていた。

 挨拶をしようと「ご両親は?」と尋ねると「仕事で町の方にでています。」と返された。

 そして玄関のドアを開け、「どうぞ入ってください。」と俺を招き入れた。

「良かったらどうぞ。」とひなはトレーに乗せた冷たいお茶と和菓子を置いて

「じゃあ、私は席を外しますね。」

 気を利かせて襖を閉めていった。

 俺は仏壇の前で正座をし、りんをチンと二回鳴らして、手を合わせる。

 飾ってある遺影を見つける。成長した冬夜は爽やかな好青年に見えるが、無邪気な笑顔は今にも話をねだってきそうだった。

「……なあ冬夜、お前が俺の声が好きだって、話がもっと聞きたいっていうから、配信活動始めたんだ。お前に見つけてほしくて。内容も色々工夫したさ。何がつまらなかったんだ……? 八画面配信か?」

 膝の上の拳をぎゅっと握る。目頭が熱くなる。

「……なんで先に逝ったんだよ。」

 ぽたぽたとあふれる涙はとどまることを知らない。鼻の奥がツンとした。

 目を閉じて頭を押さえていると、後ろで人の気配がした。

「あの……つくしさん、先日こんなものを見つけたんですが……。」

 腫れた目で、ひなが手に持っていたものを見る。どうやらリングノートのようだ。使い込まれていたのか、紺色の表紙は傷だらけだった。

「兄が生前書いていた日記のようでして、ご覧になりますか?」

「……はい。」

 冬夜は何を綴っていたのだろう。純粋に気になった。

 ひなから手帳を受け取ろうとした。が、手を離さなかった。

「……本当に、読みますか。」

「へ?」

 ひなは眉毛を八の字にさせて、困ったような、気まずそうな顔をしている。冬夜の直筆の日記だ、読みたいに決まっている。

「……見せられないようなこと書いてあるんですか?」

「いえ! ただ、つくしさんが傷つくかもしれないです。」

「あー……。それなら、きっと大丈夫です。」

 一呼吸置いて「多分。」と付け足す。そこまで心配されるとだんだんと不安になってくる。

 「それなら。」と渡された手帳を開く。

 ページをめくると日付と一日の出来事の他に、俺の配信内容や感想などが細かく書かれていた。

『7/25 今日はお医者さんに余命宣告をされた。半年らしい。三日坊主の僕だけど、頑張って日記をつけようと思う!』

『7/28 動画配信サイトで自動再生していたら、つくしの配信が流れてきた! 話し方も笑い方も変わってなくて安心した。つくしって名前で活動してるのもなんだか嬉しい。』

『7/29 初めての投稿から見直している。相変わらずのトーク力。少し低くなってたけどつくしの声と、あと話し方が好き。』

『8/5 リアタイして、初めてスパチャする。つくしにバレないように匿名で。』

 冬夜に見つけてもらえてたことも、俺の配信について記していたことも嬉しかったが、同時に照れくさくなって手帳を閉じてしまいたかった。ひなが心配するような内容は、今のところ見当たらない。

 しかし、ページをめくっていくと、称賛の声ばかりでもなくなっていった。

『12/4 いつも楽しみにしている雑談配信がつまらなかった。なぜだろう。』

『12/7 八画面でゲームの実況をしてた。内容は置いておいて、なんだかつまらない、というより寂しく感じた。』

 寂しい……? 何で……?

 八画面配信。パソコンのモニターに八つのゲームを表示させて同時に攻略していくという配信。人気があるフリーゲームを選んだので、あの日は画面もコメントも賑やかだった気がするが。

 その先も俺の配信に対する不満の声が続いた。

 何枚も何枚もページをめくる。めくる。すると、ある一文が目に止まった。

『こんなに近くて遠いんだ、つまらないに決まってるだろ。』

 このページには日付は書かれていない。

 掠れた字には、冬夜の本音が綴られていた。

 文字を指でなぞると水滴が落ちて乾いた跡に気がつく。

『昔は同じ病室で、カーテンを開けたらすぐそこにつくしがいたのに。』

「冬夜……。」

『でも、つくしは楽しく配信を続けてるようだし、僕がわざわざ関わりに行く必要もないかな。こっそり覗くことにしよう。』

「違う、俺は、お前に見つけてほしくて……。」

『僕が話したくても、こんな体じゃ心配させちゃうだけだし。』

 言えばよかった、俺が配信を始めた理由を。

『でもやっぱり話したいな、会いたいな。』

 小さく隅っこに書かれた本音。

「俺だって、会いたいさ。」

 どんな姿でも構わない、会って話がしたい。また昔みたいに笑って欲しい。でも叶わない現実にやるせなさを感じる。

 この日を境に、俺の配信に対するネガティブな感想はなくなった。

『1/25 宣告から半年経った。まだ生きているみたい。でも鏡をみると、自分かわからないくらいやせてた。』

『2/13 起き上がるのすらしんどい。でも、つくしの声を聞くとなんだか安心する。』

『3/3 夕飯はちらし寿司だった。いつもの半分しか食べられなかったけどおいしかった。ひなまつり配信って何笑』

 ページをめくるごとに筆圧が薄くなっていく。細かく記された病状の辛さは、きっと俺には想像できない。

『3/15 少しずつあたたかくなってきた。もうすこしでつくしの配信活動も一周年。今年は桜見れるかな。』

 次のページは白紙だった。手帳を閉じ、膝の上に置く。

 冬夜に会いたくて始めた配信活動。話や声が好きだと言ってくれたことが素直に嬉しくて、自分の長所だと思えるようになった。他のリスナーなんてどうでもいい、ただ冬夜にだけ届けばよかったのに。初めから配信の目的を話すべきだった。配信者として最低な考えだということはわかっている。でも、このやり場のない思いをぶつける手段がなく、こうしてやけになるしかなかった。

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