第4話
とりあえず大学の外にあるカフェに入って話をする。
「兄は小児がんを患っていて、幼い頃からさまざまな病院を転々としていました。」
「そうなんですね……。」
頼んだアイスコーヒーのコリンズグラスが汗をかく。ストローで氷をクルクル回すだけで中身は一向に減らない。それに比べてひなは店員に追加のアイスティーを注文していた。
「すみません! ちょっと重いですよね。もう立ち直っていますのでお気になさらず。」
ひなの目はニコニコと笑っているが、少し下がった眉を見ると、どうしても寂しさを感じてしまう。
「それなら、ひなさんが俺と会ったことあるのって、本当だったんですね。」
「最初は、推してる配信者さんと話すきっかけにでもなればと思って声をかけたんですけど、実際はこんなに近かったなんて思いませんでした。」
若干前のめりで話すひなは、目をキラキラさせていた。表情がコロコロと変わるひなの顔は、見ていて飽きない。
「病院食で出る里芋の煮付け嫌いでしたよね。」
「そうなんですよ! 兄ったらいつも残して。」
思い出話でひなと盛り上がる。冬夜に出会ったのは、小学二年生の夏だった、と思う。隣のベッドに入院してきた。顔はぼんやりとしか覚えていないが、声ははっきりとまだ脳内再生できる。
冬夜はカーテン越しにずっと俺に話しかけてきた。名前や食べ物の好き嫌いなど、興味もなかったため、初めのうちは聞き流していた。
でも、熱心に俺のことを聞いてきた人物なんて今までいなかった。なんだかそれが嬉しくて、だんだんとこちらからも話すようになった。その時につけられたあだ名が本名の筑波慎二から取った『つくし』だ。
最初は変だと思っていたこのあだ名も、今では配信の名前にするくらい気に入っている。
自分でもよく覚えているなと思いつつ、病院での楽しかった出来事を次々に語る。
しばらくすると会話が落ち着いて沈黙が続いた。
「……冬夜亡くなったんですね。」
思い出話に花を咲かせてもその事実がチラつく。
「……はい。」
ひなの目線がどんどん落ちていく。
「でも、兄の最期は安らかでした。」
「そう、ですか……。」
冬夜に見つけてもらうために始めた配信活動。気になることを聞いてみる。
「冬夜は、俺の配信見てましたか?」
「はい、つくしさんを見つけたのはたまたまだと思うんですけど、ずっと見てましたよ。私がつくしさんを好きになったのも兄の影響ですし。」
冬夜が配信を見てくれていたということは、それを通して配信者とリスナーという形で繋がっていたということだ。なんだ、そうか、もう見つかっていたのか。
嬉しさと照れくささで顔が熱くなるのを感じた。
「でも……つまらないって言ってました。」
『つまらない』というのは俺の配信だろうか。先ほどまで浮かれていた胸の奥がざわざわして、なんだか落ち着かなかった。
「泣きながら『つまらない』って。私はつくしさんの配信大好きで面白いと思うんですけどね。」
『つくしのお話もっと聞きたいな。』
病室のカーテンの向こうから聞こえた声。
なんであの頃の冬夜は俺の話なんか聞きたがった? 昔は面白かったのか? それしか娯楽がなかった? さまざまな疑問が頭に浮かぶ。
「あの、ひなさん。……冬夜に挨拶しに行ってもいいですか。」
ひなは大きな目をぱちくりさせた。少し考えたあと、全てを察して頷いた。
「もちろん。兄も喜ぶと思います。」
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