第3話
「今日も集まってくれてありがとー。」
二十三時、七畳の自室で配信を始める。
「今日は大学で身バレしてしまいましてね。運命的な出会いかなーとも思ったんですけど、それ以降は特に何もなかったんですよね。」
『え、つくしさん大学生なんですか?』
『自ら身バレしに来てて草』
『その子可愛かった?』
さまざまなコメントが流れる。
「結構可愛かったですよ。でもまあ、上手く話せなかったんですよね。」
目まぐるしく流れるコメントをマウスでスクロールしながら見返す。
「……みなさんに聞きたいんですけど、そういう運命的な出会いとかって、実際経験したことあります?」
ふと問いかけてみる。届いたコメントを読むと幼馴染と大学で再開して結婚したとか、落とし物を拾ったら大手企業の会社の社長だったとか。
「みなさんすごい経験してますね。」
あははと笑いながら配信を続ける。
俺も運命的な出会い……というか再会を望んで配信をしているわけだが。
『つくしもその人と結ばれたりしてw』
「いやないない、その子の名前もわからないし。」
コメントは自由だ。そうやってからかうリスナーもいる。いつも軽くあしらって流す。
「じゃあそろそろ終わろうかな。今日もみんなありがとう、お疲れ様。」
それにしても、今朝の彼女はどうして俺とどこかで会ったなんて聞いたんだろう。詳しく聞いておけばよかったな。
また会う機会があればいいな、できれば忘れないうちに。
翌日、講義が終わり帰ろうと教室のある建物から出る。卵を落とすと目玉焼きができそうなくらい熱いアスファルトを歩いていると、ブロンドの髪と黒縁メガネをかけた女性を見つけた。間違いない。
「あ、どうも、昨日は」
「あー! つくしさん!」
なんだか相手にだけ一方的に認知されているのが可笑しくて口角が自然と上がる。
「ちょっと聞きたいことがありまして。」
女性はキョトンとした様子で俺を見つめる。
「あ、名前でしたら漆垣ひなと申します!」
「へぇ、珍しい名字ですね。」
あれ……?この名字どこかで聞いたこと……。
思い出そうと頭を悩ませていると、ひなは不思議そうな顔で見つめてきた。
「あ、そうそう、どうして俺が『つくし』だってわかったんですか?」
なるほど! と目をぱちくりさせて小さく頷く。動きがいちいち大きくて愛らしい。
「先々週でしたっけ。講義で発表してたじゃないですか。初めて聴くはずの声がよく見てる配信者さんの声と一緒だったので!」
「それにしてもよく分かりましたね。」
「毎日聞いているので!」
間違えるはずもないと言わんばかりに得意満面な顔をしている。
自分のような一般人にこんなファンがいたことに驚いた。嬉しいような恥ずかしいような。
「あ、あと漆垣さんがなぜどこかで会った気がすると思ったのかが気になりまして。」
「ひなでいいですよ。」と笑うと、「配信以前にも、もっと身近でつくしさんの声を聞いていたような気がするんですよね。」
「配信以前に?」
「つくしさんが前に配信で言っていた病院によく兄のお見舞いに行っていたので、もしかしたら会ってるんじゃないかなーって。」
幼い頃は体が弱くて、ろくに外で遊べなかった。学校も休みがちだったし、入退院を繰り返していた。病院にいる時の方が多かったのを覚えている。その時に同世代の子供と関わりなんて一人しかいないが……。
「子供の頃の記憶ですし……。仲の良い友達がいたってもしかして兄のことだったりするんじゃないかなって思っただけで。本当につくしさんかどうかの判別はできてないんです。」
俺は何も確信がないまま、しかし一筋の希望を抱いてひなに尋ねてみる。
「……もしかして漆垣さんのお兄さんって『冬夜』ですか?」
「……はい! そうです!」
俯いていたひなの顔がこちらを向く。太陽のような笑顔が眩しかった。
体の温度が高くなったように感じたのは、茹だる暑さのせいではないのだろう。
やっと会える、嬉しくなって前のめりに尋ねる。
「冬夜は今どこで何してるんですか?」
ひなのまゆげが瞬きと同時にぴくりと動くのを、俺は見逃さなかった。そして、目を閉じ深呼吸をして告げられる。
「兄は……二年前に亡くなりました。」
「え。」
嫌な汗が背中を伝う。心のどこかで嘘であってくれと願った。しかし受け入れろと言わんばかりに蝉の声は大きくなり、真夏の太陽はジリジリと照りつけた。時間の流れがどうにも遅く感じた。
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