みがわりかがみ

海野夏

第1話

 失礼しまーす、って誰もいない、か……?

 あれ、ユウキ?

 もう来てたんだ、早いね。

 ……もしかして、寝てる? えっ、まさかずっと?ねぇ、ちょっとユウキ! んー、じゃないの! もうほら、起きなさいってば!

 一体いつから寝てるの?

 いくら部室が空調効いてるからって、さすがに籠りすぎでしょ、もう放課後だよ……。


 ……で、今日はいつからここにいたの? はぁ? また授業全部サボったの? ほんともう、バッカ……。昨日も一昨日もサボってたじゃない。何日授業出てないのよ。いや、真面目に数えなくていいから。

 ……まぁ、別にね? 授業出なくてもアンタが困るだけで、私には関係ないし、アンタの好きにすれば良いけど……、それはそれとして気になっちゃうじゃない。

 一体どうしたのよ。ちょっと前まできっちり休まず授業受けてたでしょ。風邪ひいて熱が有っても無理矢理来てたって、言ってたでしょ?

 別にって……、ふーん。


 ……じゃあ、気晴らしにいい話を教えてあげる。アンタにだけ特別ね。


 一言で言ってみれば、私の通っていた中学校はいわゆる「出る」学校だったのよ。

 ずーっと昔はお墓か病院か、何かヤバいのが建ってたんじゃないのって噂。

 例えば、トイレではかの有名な花子さんとか太郎さんとかの目撃証言が結構有ったし、夜中に音楽室のモーツァルトとかベートーベンとかの肖像画がにらめっこ大会してるとか、二宮金次郎の像と理科室の人体模型と骨格標本が走り高跳びとか走り幅跳びとか陸上競技を練習しているのが防犯カメラに映ってたとか。言い出したらきりがないわ。

 ネタ? 違う違う。私も見たことあるし。

 夜中に学校へ宿題を取りに行ったら、歴代校長先生の銅像と眼があって、にっこり笑いかけられたんだから、手まで振って。もうね、怖いんだか何なんだか分からなかったよね。

 それに比べてこの学校は何にも出ないみたいじゃない? 全っ然、面白くないの。

 あー…、話戻すわ。どこまで話したっけ?


 えーと、でもそれらのおかしな出来事は、どれもこれも夕方から夜にかけてしか起こらなかったし、私たち生徒に危害が及ぶようなことはなかったの。怖面白いってくらいで。逆に得するようなこともなかったけどね。

 ただし、ある一つの話だけは違った。

 よその学校でも結構有名だったと思うんだけど、「身代わり鏡」の話って知ってる?

 ……そうそう、東棟の三階と四階間の階段にある大きな鏡の話。なぁんだ、知ってるのか。残念。

 ……ん? そうかそうか、詳しく知らないのか! 教えてほしい? 教えてほしいよね。仕方ないなぁ、そこまで言われたら話してしんぜよう。……ほら変な顔しないの。


「かわりかがみ」が東棟の三階と四階の間の階段にある大きな鏡のことってのは、既に言ったでしょ。

 それはね、何の悩みもなく人生ハッピーって人には何の効果もない、ただの鏡。何をやってもいつ何度映っても何にも起こらない。

 でも、深刻な悩みを抱えている人、それこそ悩みすぎて今にも死んでしまいそうな人、そんな人には絶大な効果があるの。実は少し前に私も悩みがあってやって来たんだ。すごいわよ、人生まるっきり変わっちゃう。

 あの鏡は嫌なこと辛いこと、悩んでること全部反転させるの。今悩んでることを、状況まるごと全部ひっくり返してしまうのよ。

 あら? 目の色変わったわね。もっと疑うかと思ってた。何? 何か悩みでもあるの? まぁ、別に言わなくていいわ、そういうシリアスな話って苦手なの。

 あっ、ちょっ、ちょっと待って。まだ全部話してないでしょ。今から行ったところで、貴女方法知らないでしょ。ただ映るだけじゃ、ただの鏡のままよ。

 はい、じゃあ、話を戻すわね。で、その反転のさせ方っていうのが、鏡の前に立って鏡に手を当てて、「くるくる反転 くるくる反転 かえよかえよ かわりかがみ」と言うの。……何よ。馬鹿にしてるでしょ。馬鹿っぽい? 恥ずかしい? 私その恥ずかしいやつ、やって来たんですけど。フンッ、じゃあ、やらなきゃいいわ。今の悩みを抱えたまま生きていきなさいよ。……ごめんごめん。言い過ぎたわよ、私が悪かったわ。泣くことないじゃない。

 でも反転の方法は本当だから、やってみたいなら今度やってみたら? どうしてもって言うなら、着いていってあげてもいいわよ。私も先輩にこの話を聞いて、やるとき着いてきてもらったもの。何でそこまでするのかって、貴女が私の大事な友達だから。苦しんでる姿なんて見たくないじゃない。

 ……は? ほくろの位置? 逆? いや覚え間違いじゃないの? ほくろの位置覚えてるとか逆に気持ち悪いでしょ。 前髪の分け目が反対? そういう気分だったのよ。利き手じゃない方で字を書いてる? 元々両利きなのよ。……何よ、何が言いたいわけ? 鏡? 鏡が何よ?

 …………ぷっ。

 あはははははははははははははははははははっいひゃはははははははははははははははっははははははははっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ、あはははははははははははははははははははっわはははははっははははっははははっはははははははははっはははっあははははははははっははははあはははあははははははははははははあはははっはははははははははははははっうぇはあははははははははあはははははははははははははははああはははははっははっ。


 鏡になんか映るわけないだろ! 向こうに行った奴はとっくに消滅してるんだからさぁ!

 どこにやったかなんて今更だよね。君はずっと気付かなかった。君の知ってるお友達は随分前からいなかったんだよ。悩みに悩んで鏡の中の僕と入れ替わって消えちゃった、最後のあの騙されたって顔、傑作だったなぁ。友達なら気付かなかった? あの子の悩みも、入れ替わっていたことも。それならその程度だったんだね。かーわいそ。


 さてさて、うーん、ちょうど良い時間帯かな。ふふっ、良かったね。「かわりかがみ」っていうのはどこの学校にもあるんだよ。「中学校の東棟の三階と四階の間の階段」? そんなの人を誘い込むための作り話に決まってるじゃないか。本当は学校ならトイレでも階段でも、教室でも職員室でも、鏡さえあればどこでも良いんだ。でも怖い話ってみんな好きだろう? みんながこの話を知ってるのは、広まってるんじゃなくて、「僕ら」が広めてるからだよ。

 おや、どこに行くの? 君も悩みから逃れるために反転したいんだろう? あぁ、鏡を探しに行こうとしたのかい? 大丈夫、鏡ならほら、目の前にあるじゃないか。ちょっと小さいかもだけど、充分だよ。サイズを気にしてたんだろ? 探しに行かなくても大丈夫。ほら座れ。

 さぁ、言ってごらん。……えー、忘れちゃったのかい? 仕方ないなぁ、なら今回は特別。代わりに僕が唱えてあげる。本当は自分で唱えないといけないんだよ。他人が唱える場合、ちょっと言い方が変わるんだから。

 まぁ、遠慮しなくても良いよ。君は大事なトモダチだから。ほら、大人しくしてて。いい子だね。

「くるくる反転 くるくる反転 替えよ換えよ 鏡 代わり身代わり肩代わり 悩める者をそちらへ 望む者をこちらへ」

 ほら、早く鏡に触れないと。交代できないじゃないか。向こうだって長い間待ってたんだから。はぁ、君は本当に手がかかるなぁ。怖いなら両手を持っててあげる。わっ、暴れんなよ。っ、痛いなぁ、頭突き食らわすなんて。ハイハイ、鏡に触れるよー。じっとしましょうねー。


 よし、成功だね。気分はどう? 最高? そりゃ良かった。あ、早く鏡に触って、向こうに行った奴を消しておかないと。うるさい子がまた出てきちゃうよ。あれ、結構暴力的だから。あ、手が出てきてる。早く早く。バイバーイ。

 よし、これで安心。

 ようこそ、こちらの世界へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みがわりかがみ 海野夏 @penguin_blue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ