第2話 発火現象

 発火現象というのは、203X年の夏から、突然始まり出した。


 宇宙由来とも噂される特殊な光線により、発火後、骨まで残さずに灰に成り果てした様に、当時から人々は驚愕し、回避できる術を模索し続けていた。


 発火する人々に、性別や年齢や体形や知能や貧富や健康状態などの共通項は無かった。

 屋外は当然だが、室内、例え地下やシェルターに籠ったとしても、その光線から逃れる事は出来ず、ランダムに照射され、皆、同様に灰と化していった。


 誰もが、次は自分の番かも知れないという覚悟の元、日々、怯えながらも、まだ発火されていないと自覚出来ている時間を精一杯生きていようとしていた。


 当時、新婚だった健治や真夜美も例外ではなく、愛情過多で盲目になりそうな蜜月期間さえも、いつ果てても後悔しない潔い心づもりで生きる事にしてきた。


「健治、今日、仕事が終わって無事戻れたら、何が食べたい?」


「夕方、真夜美が、料理出来る状況なら、豚の生姜焼きが食べたいな」


 そんな希望の有る会話が出来ているうちは、自分達はまだ十分幸せなのだと認識し、それを実感しながら過ごす事が出来ていた。


「あっ、この発火死した人って……」


 新聞に載っている、この地域の発火死亡欄を見ているうちに、気付いた様子の真夜美。


「なんだ、知り合いか?」


「ほら、1ヵ月くらい前に起きていた、1丁目の交差点付近の婦女暴行事件の指名手配犯と同じ名前じゃない……?」


「そういうば、そんな名前だったかな……犯罪者だったなら、神様、いや宇宙人様に御成敗されたのかも知れないな!」


 身内や知り合いが発火死するのは御免だが、逃走中の凶悪犯が駆逐されるというなら、無法地帯のようなこの地区に住む心配要因が減り、大歓迎したい気持ちになる2人。


「宇宙人様は、何でもお見通しだから、ここらへんの警察なんかより、よっぽど頼れる存在なのかも知れないわ! もしも、それが本当に発火死の基準なら、バカ正直なくらい貧乏暇無しで頑張っている私や健治は、絶対にその範疇にはいないわね!」


「ははは! 宇宙光線が、そうやって頼りない警察に代わって悪者退治をしてくれているだけなら、強欲でない俺達みたいなのは、ずっと生き長らえる事が出来そうだな!」


 真夜美に話を合わせながらも、その推測には半信半疑な様子も有り、軽く笑いながら受け答えていた健治。


「そうなんだけど、でも、何だか例外も有るのかしら……? だって、ほらっ、そこの角の薬局の御主人が、確か先週くらいに発火死していたのよね。すごく人当たり良くて、ご近所の人達からの評判も良い人だったのに……」


「いい人そうに見えていても、実は、中身は違う事だって有るかもな!」


「ううん! 薬局の御主人に限っては、そんな事は無いから! 私なんて、しょっちゅう検査薬とか値引きしてもらっていたし……」


 断固として、そこは譲らなかった真夜美。

 ランダムで発火された人々の中には、たまたま犯罪者も混じっている可能性が有るのだという推測が妥当なのだという結論に達した。


 結婚して約10年になるが、まだ健治と真夜美には子供がいなかった。

 真夜美の体調に異変が有る時には、妊娠を期待しながら、その行きつけの薬局で購入した検査薬を試していた。

 これから先もお腹に子供を授かるまでの間、真由実は検査薬に依存する生活が続きそうだが、薬局で、生前の店主のように、その妻が気前良く値引きしてくれる事を期待していた。

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